第319話 再ゲームと後輩ちゃん
「ふんふふーん! よしっと! あとは姉さんが帰ってくるのを待つだけだ」
ガスコンロの火を止めてお鍋に蓋をする。味は完璧。見た目も良し。これで夕食は完成。桜先生はいつ帰ってくるかなぁ。今のところ連絡はないから遅くはならないはずだ。
出来る限り三人一緒にご飯を食べるようにしているから、完成してもまだ食べない。時間的にも少し早いし。
「せんぱ~い! 今日の夕食は何ですかぁ~?」
リビングでゴロゴロしていた後輩ちゃんが、料理が終わったことを察知して、キッチンにやってきた。俺を背後から抱きしめ、ヒョイッと鍋を覗き込むが、残念ながら蓋で覆われて中は見えない。
背中に感じる至福の柔らかさ。ふわっと香る甘い香り。密着されてドキドキする。
「さて、一体何でしょう? 当ててみてくださいな」
「えぇー! くんくん……くんかくんか! すぅーはぁー!」
「……俺の匂いを嗅いでない?」
「はっ!? 私ったらつい!」
ついってレベルなのか? 俺に顔を押し付けていたぞ。熱い吐息が服を通り抜けていた、くすぐったかったです。
後輩ちゃんは周囲の空気を犬のようにクンクン嗅ぐ。
「うぅ~ん……お醤油を使った? 嗅いだことがある。あぁ……お腹減ってきました」
「姉さんが帰ってくるまで待ってくださーい」
「うぅ……。先輩! 答えを教える気はありませんか? 私が当てないとダメですか?」
「偶にはこういうのもいいだろ?」
「ヒントをください! 私のおっぱいを先輩に当てているので!」
うん、さっきから楽しんでおります。寒くなって来たことで、服が厚くなったことが若干残念ではありますが。俺もお年頃の男だ。後輩ちゃんのお胸に免じてヒントを差し上げよう。
「和食の定番です」
「肉じゃが!」
「おぉ! 正解! 一発で当てたな」
「わーい! 適当だったんですが、当たりました! ご褒美を要求します!」
ご褒美? ご褒美かぁ。何が喜ぶかな? 取り敢えず、抱きしめてキスしよう。
クルリと体勢を入れ替え、正面から抱きしめた俺は、キョトンとしている後輩ちゃんにチュッとキスをする。軽く触れるだけのキス。一瞬だけ後輩ちゃんの唇の感触を楽しんだ俺は、至近距離で見つめる。
熱い吐息がぶつかり合う。
「ご褒美はどうだ?」
「……まだ足りません」
後輩ちゃんの顔は真っ赤だ。たぶん、俺の顔も赤くなっているだろう。熱い。
「先輩。こっちです」
手を握られて連れて行かれたのはリビング。促されるまま座り、ストンと後輩ちゃんが対面で座ってくる。
熱い吐息が顔にかかる。潤んで綺麗な瞳が近い。艶やかな桜色の唇が小さく囁くように甘い言葉を紡ぐ。
「……キスして」
その一言で、俺の理性はあっさりと崩壊した。後輩ちゃんにキスをする。
甘い香りを深く吸い込み、背中に腕を回して優しく抱きしめ、唇の感触を楽しむ。後輩ちゃんも俺の首や肩の辺りに両手を回してぎゅっと抱きしめている。
時間も何もわからなくなる。脳が蕩ける。ただひたすら後輩ちゃんを感じる。
どのくらいキスをしていただろうか。一分? 十分? それともそれ以上?
ある程度満足した俺は、唇でハムハムしていた後輩ちゃんの下唇を離した。あっ、と寂しげな声が後輩ちゃんの口から漏れる。
荒い息を交えながら、潤んだ瞳と至近距離で見つめ合う。
「……先輩」
「……なんだ?」
「またゲームしません?」
「何のゲームだ?」
頬を上気させた後輩ちゃんが、熱い吐息を俺の耳に吹きかけながら囁いた。
「愛してるゲームです」
愛してるゲーム。お互いに愛してるって言って、反応してしまった方が負けというゲームだ。以前、俺と後輩ちゃんは桜先生を混ぜてやったことがある。とても危険なゲームだった。
俺も後輩ちゃんに囁き返す。
「危険性はわかっているのか? 前回、俺たちは死んだぞ。キュン死したぞ」
「ええ。ちゃんと覚えていますよ。でも、そんな気分なんです」
「そんな気分ってどんな気分だ?」
「キュン死したくて、キュン死させたいんです」
くっ! そんなに小悪魔的に甘く囁かれたら、俺の中のデフォルメされた後輩ちゃん天使が負けて、後輩ちゃん悪魔が勝ってしまうじゃないか!
あっ。天使も悪魔に味方してた。この天使、堕天してるぞ。
「わかった。ただし、『好き』、『愛してる』という直接的な告白は禁止な」
「愛してるゲームなのに?」
「愛してるゲームなのに。刺激が強すぎてあっさりと終わるだろうが。俺の心臓が破裂させないでくれ」
「えぇー! じゃあ、破裂がダメなら、撃ち抜いてはいいんですね?」
右手でピストルの形を作った後輩ちゃんは、俺の心臓の真上に突き付けて『バンッ♡』と可愛らしいウィンクとともに発砲した。
ぐはっ!? 最初の一撃で俺はキュン死してしまいそうだ。
だ、大丈夫だ。瀕死だが、ギリギリ生きている。心の中で悶えているけど、表には出していない。まだ戦える。ゲームオーバーではない。
「私だけを見てないとダメなんです。私だけを見ていてください」
「ほう? 俺が一体いつ葉月から目を逸らしたというんだ?」
俺の反撃。手負いの獣ほど牙を剥く。瞳に力を込める。
はぅっ、と後輩ちゃんが射抜かれた。形勢逆転。狩人が狩られる。
「そ、それは……」
「俺から目を逸らすな。葉月の綺麗な瞳をもっと見せてくれ」
後輩ちゃんの瞳の奥を覗き込む。キョトキョトと視線を彷徨わせていた瞳と、強制的に見つめ合わせる。後輩ちゃんの瞳がトロ~ンと蕩けた。
俺は後輩ちゃんに軽くキスをしてから甘く囁く。
「葉月は可愛いな」
「当たり前です! 私は超絶可愛いのです!」
くそう! トドメだと思ったが、後輩ちゃんは自棄になったようだ。反撃される。
「私、前よりも大人になりました。綺麗になりました」
「そうだな」
「本当にそう思っています? 全然触ってこないじゃないですか! 私の身体に興味ありませんか?」
「あるに決まってるだろうが!」
「なら今すぐ証明してくださいよ、ヘタレ先輩!」
耳まで真っ赤にした後輩ちゃんが、身体を反らせて胸を強調させる。触れということらしい。
くっ! なんと言うことを要求するんだ! 難易度が高すぎるぞ! 身体にはしょっちゅう触っているじゃないか。頭ナデナデとか、ハグとか、キスとか、マッサージとか。
興味はある。ありすぎる。何度触ってみようかと思ったか。
ごくり、と喉を鳴らしたのはどっちだったのだろう。
俺は決めた。覚悟を決めた。欲に身を任せる。彼女である後輩ちゃんがいいって言ったんだ。許可したんだ。自棄になってやる!
片手でそっと後輩ちゃんの胸を覆った。服の上からでもわかる柔らかさ。
俺は今、後輩ちゃんの胸を触っている。
「ひゃぁっ……」
顔を真っ赤にして、瞳を潤ませ、唇を噛みしめている後輩ちゃん。嫌だったか、と不安に思ったが、小さく首を横に振り、俺の手に手を重ねてくる。それにより、俺の手は後輩ちゃんの胸から離すことができなくなった。
熱い。体が熱い。顔が熱い。脳が溶ける。
「……葉月」
「……先輩」
「「 ……もう無理! 」」
俺たちは同時に離れて床に倒れ込んだ。ギブアップした。フルマラソンを五回くらい連続で走ったくらいに疲れた。そんなことはしたことないですけど!
あぁ……ダメだ。手にはっきりと後輩ちゃんの胸の感触が生々しく残っている。柔らかかった。すごかった。そして、触ったことがある気がする。たぶん、無意識に何度か揉んだことがあるな。くそう! 思い出せ俺!
床でぜぇーぜぇーと息を荒げていると、玄関のドアが開く音が聞こえ、桜先生が帰ってきた。
「たっだいまー! お姉ちゃんのお帰りよー! ……って、どうしたの、二人とも?」
「ちょ、ちょっと、いろいろあって」
「しばらくこのままでいさせて……」
「ふぅ~ん? もしかして、邪魔しちゃった? 数時間ほど外に出てもいいけど?」
「「 お願いだから居てください! 」」
俺と後輩ちゃんは同時にお願いした。今、二人っきりになったら身が持たない。意識しすぎて気まずいから!
じゃあ居るけど、と不思議そうに桜先生が言った。着替えのために寝室に消えていく。
残された俺たちはまだ床に倒れたまま。お互いを見ることが出来ない。
俺と後輩ちゃんの関係は、一歩……いや、半歩ほど進んだ。
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