第316話 報告と美緒ちゃん先生

 

 週末。もう11月半ばということで、厚着をしてから、俺と後輩ちゃんは桜先生の案内によって、ある山の頂上に来ていた。標高1600メートルくらいの山だ。景色はとてもいい。遠くまでよく見える。美しい平野が広がっている。


 新幹線と電車とバスを乗り継いて約4時間半。少し移動に疲れたけど、この景色を見たら疲れも吹き飛ぶな。



「綺麗ですねぇ。空気も澄んでます」


「そうだな」


「あら? 弟くん、ここは妹ちゃんに『お前のほうが綺麗だよ、キリッ☆』って言うところじゃないかしら?」



 言うところじゃないです。なんだよ、そのセリフは。特に最後の『キリッ☆』はないだろ。決め顔をしろと? 絶対に嫌です。


 そんな不満げな表情をしないで欲しい。期待顔もするな。俺は絶対に言わないから。



「えぇー! 言わないのぉ~?」


「先輩? 言ってくれないのですか?」



 後輩ちゃんもノリノリで乗ってくるな! おねだりポーズをしても言いません! ぜ、絶対にだ!



「妹ちゃんの後に、お姉ちゃんも付け加えて欲しいなぁ。ついででいいのよ、ついでで」


「絶対に言いません。後輩ちゃんも姉さんも綺麗なのは当たり前だろ。言わなくても俺の想いは伝わっていると思っていたんだが?」



 シーンと静まり返った。二人は何も言わない。


 あ、あれ? 俺、何か変なこと言った? 滑ったか?


 お隣にいる後輩ちゃんと桜先生の様子を伺うと、耳まで真っ赤になった二人が顔を逸らしていた。俺と目を合わせようとしない。



「こ、言葉にしないと伝わらないですよー」


「そ、そうよー。弟くんの想いは伝わってないわよー。だから、言葉と行動で表すことを要求します!」


「二人とも! 大好きだぞー!」



 そう言って、俺は二人の腰に手を回してむぎゅっと抱き寄せた。周りに人がいないことは確認済み。後輩ちゃんへの好きは恋愛。桜先生への好きは家族愛。


 ご要望通りに言葉と行動で表してみました。


 抱きしめられた二人は、顔を真っ赤にしてあたふたと慌てている。



「「 あわわ……あわわわわ! 」」



 俺がヘタレると思っていたらしい。予想外の事態に、脳と心が熱暴走オーバーヒートしているようだ。とても可愛い。


 しばらくして復活した桜先生が、山の頂上から地面に向かって叫んだ。



「地獄にいるお父さんとお母さん! 私は幸せよー! せいぜいそこで幸せ絶頂期の娘を直接見れなくて地団太を踏むといいわ~!」



 ここに来たのは桜先生の両親が最後に訪れた場所で、亡くなった彼らに近況報告をするためだったのだが、そんなこと言っていいのか? ご両親は悲しまない? 怒ったりしない?



「別にいいのよ! 今、お姉ちゃんがいるところが天国。それ以外は全部地獄よ!」


「前に一回聞いたな、その謎理論。そして、自然ナチュラルに心を読まないでください」


「その要求は、お姉ちゃん憲法に基づき、裁判官お姉ちゃんが却下しまーす!」



 却下されてしまった。『お姉ちゃん憲法』とか『裁判官お姉ちゃん』とかツッコミたいところだけど、ツッコんだら喜びそうなので言わない。


 後輩ちゃんといい、桜先生といい、何故心を読んでくるんだ? そんなに顔に出てる? もしかして、口に出してるとか?



「一人娘を独りにしたのよ。親不孝者じゃなくて娘不幸者よ。私には罵倒する権利があるわ。まあでも、独りになったおかげで、弟くんと妹ちゃんに出会えたわね。そこは感謝するわ!」


「それでいいの、お姉ちゃん?」


「いいのいいの! ズバズバ言う関係だったし」


「どんなご両親だったの?」


「えーっと、娘が一人暮らしをするようになって時間が空いたから、『ハネムーンよ!』と言って、何度目かわからない新婚旅行に出かけるラブラブな両親?」


「「 ……滅茶苦茶心当たりがある 」」



 ポワ~ンと思い浮かんだのはロリとダンディなバカ夫婦。似てる。本当に似てる。後輩ちゃんのご両親もそんな感じだ。だから桜先生はウチの両親にあっさりと打ち解けたのか。



「でも、私は結構心配されてたわねぇ」


「やっぱり残念でポンコツだから?」


「弟くん!? やっぱりってなに!? お姉ちゃんは残念でもポンコツでもないわ! 大人のお姉さんよ!」



 はいはい。そういうことにしておきましょう、大人のお姉さん。


 それで? 心配されていたのは何故かな? それ以外で心配ってどういうことだ? あっ! 家事能力皆無だから生活できるかってことか?



「教師になるって言ったら、『生徒に手を出さないか不安だ。美緒はアブノーマルだから』って両親に真顔で心配されました。失礼な! 思い出しただけでもムカッてするわ! 私はノーマルよ! 『手を出すなら卒業してから出すわよ!』って反論したわね。どやぁ!」



 いや、『よく言ったわ、私!』みたいなドヤ顔するところではないと思う。そして、現在進行形で生徒である俺に手を出していると思う。全然卒業してないし。


 はぁ……このポンコツで残念さが桜先生らしいよな。



「弟くんは弟くんだから問題なーし! 生徒である以前に弟くんなの! 待っててね、お父さん、お母さん。私は絶対にママになるわよー!」


「お姉ちゃん! 頑張ろうね!」


「うん、妹ちゃん!」



 むぎゅーっと姉妹が仲良くハグをしている。とても微笑ましい光景なのだが、俺はほのぼのすることはできない。桜先生がママになるということは、パパは一体誰になるんだろうね。


 深淵を覗き込むのは止めておこう。引きずり込まれそうだから。


 んっ? 二人の天使によって頭を押され、綺麗なピンク色の沼から現れた二人の小悪魔によって抱きしめられ、腰の辺りまで引きずり込まれてる映像ビジョンが思い浮かんだのだが、きっと疲れているからだろう。今日はしっかり寝ないと。



「ねえ、聞いて聞いて、お父さんお母さん! 弟くんったら超絶ヘタレなのよ。私がお世話してあげてるんだから、ご褒美として襲ってくれてもいいと思わない? ふむふむ。やっぱりそうよね! 弟くん! 両親が襲いなさいって言ってるわよ!」


「絶対に言ってない! それに、お世話してるのは俺だぁぁあああ!」



 亡くなったご両親に嘘を報告している桜先生の頭に、俺は正義の鉄槌チョップを下した。


 本当にポンコツ残念だな、この姉は! 桜先生のお父さんとお母さん。神様に出会ったら、桜先生の性格をどうにかしてほしいってお願いしてください。よろしく頼みます。


 神様もお手上げな気がするけど。


 俺と後輩ちゃんの手を握り、時折嘘を報告して俺のチョップを喰らう桜先生は、悲しみは一切なく、いつもより饒舌で、とても幸せそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る