第315話 週末の予定と美緒ちゃん先生
後輩ちゃんと桜先生がぐてーっと伸びている。だらしなく横になっている。俺の太ももを枕にして。
俺の身体のどこかを枕にするのは、ほぼ毎日のことだから慣れてしまった。これが普通って思ってしまっている自分がいる。慣れって恐ろしい。
二人はゴロゴロしながら可愛い呻き声を上げている。
「はふぅ~」
「あふぅ~」
「うげぇ~」
「うごぉ~」
「二人とも、どうしたんだ? 物凄く疲れたって声をしてるんだが」
目を閉じていた二人が怠そうに薄っすらと目を開けた。なんかもう、全身から怠惰のオーラが溢れ出している。見ている俺もやる気が抜けていく、そんな感じだ。
声を出すのも億劫そうな二人が、それはそれは疲れた、と全身でアピールする。脱力しきっている。
「物凄く疲れているんです」
「動きたくないのよ」
「疲弊感が……」
「倦怠感が……」
「「うへぇ~」」
「なんでそんなに疲れてるんだ? 今日、何かあったか?」
「体育の授業が」
「あったじゃないの」
体育の授業は確かにあった。でも、それほどハードな内容じゃなかったはずだ。ゆる~い球技だし。ランニングもゆっくりだったろ? 何故そんなに疲れ果てている?
「超インドア派の私たちには辛いのです」
「疲れがその日に来るから、お姉ちゃんはまだ若いわねぇ~。肉体年齢は18歳かしら」
「あり得るね。ピチピチのお肌で私と一緒に先輩を誘惑するのだ~!」
「するのだ~!」
「するのか?」
「「 今日は無理~! 」」
でしょうね。指一本ですら動かしたくないように見える。口を開くのも辛そう。瞬きもしたくないから目を閉じているのか?
ぐてーッとしていた後輩ちゃんが何かに気づいた。ハッと僅かに目を開ける。
「はっ!? 今、私の身体は疲れ果てて動かない。先輩に何をされても抵抗できないじゃないですかー!」
「そうよ! その通りじゃない!」
桜先生もハッと僅かに目を見開いた。そして、ポンコツで残念な姉妹は、棒読み口調でいろいろと言い始める。
「あぁー動けませーん。どうしましょー。先輩に体中を弄られても何もできませーん。困ったなー。ちらっちらっ!」
「弟くんにお姉ちゃんのおっぱいを揉まれちゃうわー。あんなところやこんなところまで触られちゃうなー。ちらっちらっ!」
「ほうほう。そんなに触って欲しいのなら触ってあげよう!」
そう言うと、俺は後輩ちゃんと桜先生の身体を触り始めた。ふむ。触り心地が抜群ですな。癖になりそうだ。いや、もう癖になっている。
あぁ……手が離れない。触り心地最高! 至福だ。
俺が幸せな気分に浸っていると、無言の抗議の視線を感じた。二人は目を瞑っているのに。不機嫌オーラのせいだろう。
「むぅー! どうしてヘタレるんですかね? 触っていいって言ってるのに」
「ヘタレもヘタレすぎるとヘタレのヘタレの超絶ヘタレくんになるわよ、ヘタレの弟くん。あっ、ゲシュタルト崩壊が……」
「二人の身体をこんなにも触っているのに何が不満なんだ? 撫でまわしてるし、鷲掴みも出来るぞ? あぁ~気持ちいい」
「身体は身体ですけど、そこは頭です、ヘタレ!」
「確かに気持ちいいけど、男を見せなさい、ヘタレ!」
「……撫でるの止めていいか?」
「「 あぁ~ダメです! 続けて~! 」」
「はいはい」
とても幸せそうに目を瞑った二人は、子犬と子猫のように可愛い。小動物系の可愛さがある。この可愛い生き物を飼うことはできないかな? あっ、もう既に飼ってたわ。
俺は二人の頭を撫でて気持ちいい。二人は俺に頭を撫でられて気持ちいい。ウィンウィンウィンの関係だ。
ゆっくりまったり癒しの時間が過ぎていく。
あっ、そう言えば、後輩ちゃんが紅葉を観に行きたいって言っていたな。桜先生は週末予定空いてるかな? 空いてるよね。
「姉さん?」
「ほえ~?」
「週末三人で紅葉を観に行かないか? 後輩ちゃんの提案なんだけど」
「あぁーごめんなさい。週末は予定があって」
「「 はぁっ!? 」」
俺と後輩ちゃんの驚きの声が一つになった。あれだけ動きたくなさそうにしていた後輩ちゃんが飛び起きるほどだ。余程驚いたのだろう。俺も一瞬心臓の鼓動がおかしくなった。
「週末に予定がある!?」
「あのお姉ちゃんに!?」
「ちょっと! 失礼ね。お姉ちゃんも大人の女性なのです! 予定の一つや二つあるんですぅ~!」
ムスッと拗ねる桜先生。どうやら予定があるのは見栄を張ったわけではないらしい。本当に予定があるようだ。そのことが、俺と後輩ちゃんを愕然とさせる。
「男か? お姉ちゃんに男ができたのかぁ~!?」
「俺の姉さんに男がっ!?」
「あっ、それはないわ」
「「 そ、そっすか 」」
あまりに真顔ではっきり述べられたので、俺たちは呆気に取られてしまった。
安心した後輩ちゃんは、いそいそと再び俺の太ももを枕にする。
それにしても桜先生の予定かぁ。一体何だろうな。また友達と飲みに行くのか? それならばお酒は禁止にしないと!
「それで? 予定は何だ? 別に言わなくてもいいけど」
「あはは……う~んとねぇ……」
桜先生が言いづらそうに寝返りを打って顔を逸らした。恥ずかしそうな感じがする。照れくさそうな感じもする。そして、若干寂しそうだ。
「その……あの日が近いの」
「あの日?」
「女の子の日?」
「そうじゃなくて、その……両親の命日」
あっ。そういうことか。確か、桜先生のご両親は大学生の頃に事故で亡くなっている。桜先生には兄妹も祖父母もいない。ここ数年はずっと一人だった。
「お墓はないんだけどね。とても高いから。ここ数年は行けてないから、今年は行こうかなって。両親が死んだ事故現場に。死んだお父さんもお母さんも知っているだろうけど、家族ができたって報告したいの。弟くんと妹ちゃんのことを目一杯自慢しなくちゃ!」
「俺たちも行ったらダメか?」
気付いたらそんな言葉を言っていた。後輩ちゃんも、うんうん、と頷いている。桜先生はキョトンとした。
「お姉ちゃん! 私たちも行きたい! ううん、行かなくちゃいけないの! お姉ちゃんの弟と妹ですって言いたいの!」
「それに、姉さんをちゃんとお世話してますから安心してくださいって言わないと」
「そうそう! お世話してるの!」
「あ、あれ~? 年上の大人のお姉ちゃんは、年下の超絶格好いい弟くんと超絶可愛い妹ちゃんにお世話されてるの? 逆じゃない?」
「「 ……… 」」
「なんで無視するの!? なんで顔を逸らすのよぉ~! 弟くんはともかく、妹ちゃんにお世話された記憶はないわよぉ~!」
何をぉ~、と後輩ちゃんと桜先生がワチャワチャし始める。仲良し姉妹だ。
後輩ちゃんを抱きしめた桜先生が、恐る恐る言った。
「本当にいいの? 遠いわよ?」
「「 行く! 」」
「そ、そうなのね。なら、皆で行きましょうか! お父さんとお母さんが羨ましくて成仏できないくらい、幸せ絶頂期の今の私と二人の自慢話をしてあげるわぁ~!」
桜先生にクイクイっと手招きされたので、俺も体勢を移動させる。
そして、俺と後輩ちゃんは、ニコニコ笑顔の桜先生にむぎゅ~っと抱きしめられた。
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