第311話 修学旅行の話し合いと後輩ちゃん

 

「紳士淑女しょく~ん! 先日、文化祭という私たちの青春が幕を閉じた。しかぁ~し! 私たちの青春は終わらな~い! 次の私たちの青春はなんだぁ~?」


「「「 修学旅行! 」」」


「そのとぉ~り! というわけで、話し合いを始めまーす!」



 パチパチパチパチ、と盛大な拍手が鳴り響く。本当に仲がいいな俺たちのクラスは。もちろん、俺も後輩ちゃんも声をそろえて『修学旅行』と叫び、拍手をしている。


 修学旅行。それは学生生活の中で一番と言っていいほどのイベントだ。文化祭が終わった現在、これから修学旅行の話し合いが本格化する。今までもチラホラあったんだが、これからが本番だ。


 修学旅行に行くのは来年の一月半ば。とても寒い時期だ。今年度は京都散策とスキーらしい。定番だな。


 話し合いの司会進行を務める女子生徒が、大まかな流れを黒板に書いた。司会の男子? 隅っこで邪魔にならないようにサポートをしているぞ。影は薄いけど。



「京都の町を一日自由行動することが出来るんだけど、そのためには班を作る必要がありま~す。最低五人、最大七人の班を作ってくださ~い。高校生なので、好きにグループを作ってもいいそうで~す。制限時間は15分! では、好きに決めろぉ~」



 わぁっと教室が騒がしくなる。一緒に組もうぜ~、という仲間同士の会話があちこちで飛び交う。


 突然、俺の手が握られた。そのまま格闘技の勝者のように真上に挙手をさせられる。俺の手を握ったのはお隣の席の後輩ちゃんだった。



「はいは~い! 私は先輩と組みま~す!」


「「「 異議あり! 」」」



 うわっ! びっくりしたぁ。女子全員が声をあげなかったか?


 あまりの大声に後輩ちゃんもビックリして固まってしまっている。驚く顔の後輩ちゃんも可愛いな。



「葉月だけズルいと思うの。偶には私たちに譲れ!」


「そーだそーだ! 平等に! みんな平等に! あっ。今の私、五つ子の三女みたいじゃなかった?」


「キモッ」


「ないわー」


「その顔で言うな!」



 うわぁ~。辛辣。女子って怖いなぁ。ガクガクブルブル。女子たちの罵倒に男子たちも顔を真っ青にしている。


 五つ子って確か、アニメ化された漫画だったよな?



「酷~い! じゃあ、公平にいこうぜ! 今度は似てたでしょ?」


「「「 黙れ! でも、さんせ~! 」」」



 というわけで、俺はよくわからないのだが、女子たちは公平にじゃんけんで決めることになったらしい。恨みっこなしの勝負。


 女子たちは燃えていた。後輩ちゃんもいつになく真剣に集中していた。


 えぇっ…。そんなに俺と同じ班になりたいのか? なんで?


 あっ。こういう時にぴったりのセリフがあった。


『私のために争わないでぇ~』……よし! ってこれ、ヒロインのセリフだったわ。俺に似合わねぇー。



「待っててくださいね、先輩! この女どもをボコボコにしてきますから!」


「あっいや、俺は男子と組んだら争わなくて済むんじゃ……」


「「「 だめっ! 」」」


「そ、そっすか」



 女子全員にダメ出しを喰らった。おぉー怖い。


 男子からも、絶対に止めろ、と鬼気迫る顔で睨まれた。シッシッと手で追い払われる。顔が青いのは、女子たちに睨まれたせいではないはず。きっと、元から体調が悪いだけなんだ。そうに違いない。



「いい? 恨みっこなしだよ、葉月ちゃん」


「大丈夫。私は勝つから。もし負けても私は恨まない。包丁を突き付けて脅す…説得するだけだから♪」



 後輩ちゃんが怖い! 滅茶苦茶綺麗な笑顔でサラッと述べる後輩ちゃんがとても怖い! あの顔は本気だ! 俺と修学旅行の班を決めるためだけなのに、犯罪を犯そうとしている人がここにいる!


 ニコニコ笑顔後輩ちゃんと、若干顔色が悪い女子たちのじゃんけんが始まる。いくよ~、と掛け声がかかった。



「「「 じゃんけん、ぽんっ! 」」」


「よっしゃー! 流石私! 神様ありがとー! 先輩と一緒の班ですよぉ~!」



 後輩ちゃんが嬉しさのあまり飛び掛かってきた。押し倒されそうになったが、何とか耐えて優しく抱きしめる。


 二十人以上女子はいるが、後輩ちゃんの一人勝ち。奇跡の確率だ。


 よかったぁ。本当によかった。これで後輩ちゃんと一緒に修学旅行を楽しむことが出来る。


 決して、後輩ちゃんが犯罪を犯さなくてよかった、安心した、とは思っていないのである。お、思っていないぞ! 思ってないからな!



「た~くさん楽しみましょうね!」



 この笑顔はズルい! 不意打ちは卑怯だと思います!



「おう! 当たり前だ!」



 後輩ちゃんはそのまま俺の太ももの上に座り、俺は後輩ちゃんのお腹に手を回して抱きしめ、鬼のような形相でじゃんけんをしている女子たちを眺める。


 うわぁ~必死だなぁ。怖いなぁ。パッパッとじゃんけんが繰り広げられているが、ちゃんと相子だとわかっているのだろうか? 俺には見えないんだけど…。



「そういえば、先輩って留年してましたよね?」


「そういえば、留年してたな」


「去年も修学旅行に行ったんですよね?」


「去年も修学旅行に行ったな」


「どうでしたか?」


「去年は京都じゃなくて奈良だったんだが、ボケーッと過ごしてたな。誰かさんがいなかったから」


「ほうほう。その超絶可愛い誰かさんは今度の修学旅行にいますけど?」


「だから猛烈に楽しみだな」



 俺と後輩ちゃんは至近距離で微笑み合う。


 今までは学年が違って、一緒に楽しめない学校のイベントが多くあった。だけど、俺が留年したことにより、同じ学年になった。後輩ちゃんと一緒に楽しめるのだ!


 俺たちが二人きりの世界からハッと目覚めた時には、男子からは嫉妬と殺意の視線で睨まれ、女子たちはいつの間にかじゃんけん大会が終了していた。


 全員が胸焼けしたかのように何故か胃の辺りを撫でていたのだった。

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