第312話 全裸の後輩ちゃん

 

「ぎょぇぇええええええええええええ!?」



 夜のアパートの一室に、若い女性の物凄い絶叫が響き渡った。断続的に悲鳴が上がる。ドタバタと暴れる音もする。


 のんびりしていた俺と桜先生はガバっと起き上がった。



「葉月っ!?」


「妹ちゃん!?」



 今の悲鳴は明らかに後輩ちゃんだった。後輩ちゃんはお風呂に入っていたはず。そろそろ女の子の日だからお風呂は別々なのだ。


 あれっ? 別々が普通じゃ……。何故一緒に入るのが普通になっているのだろうか? いつの間に一緒に入るのが普通になった?



「ぴぎゃぁぁあああああああああああああああああ!?」



 いや、そんなことはどうでもいい。今は一刻も早く悲鳴をあげた後輩ちゃんのもとに向かわねば!


 俺と桜先生はお風呂場へ駆ける。ガバっと勢いよくドアを開けると、何かがぶつかってきた。巻き込まれて床に倒れ込む。


 びっしょり濡れてスベスベなシルクのような肌触り。マシュマロのような柔らかさ。雫が落ちる濡れた黒髪。均整の取れた完璧な曲線美。


 こ、これは……ぜ、ぜぜぜぜぜぜぜ全裸の後輩ちゃんんんっ!?



「いやぁぁああああああああああああああああああ!?」



 恐怖で絶叫する後輩ちゃんが、無意識に俺の頭に手を回し、むぎゅっと抱きしめてくる。顔に当たるのは濡れた柔らかな膨らみ。


 こ、ここここ後輩ちゃんの生の胸!? 普段は服や下着で隔てられている平均よりも大きな双丘に顔が包まれているぅ!?


 はっ!? 咄嗟に掴んだ両手のこの柔らかい感触は……ま、まさか後輩ちゃんの生のお尻!?


 何というラッキースケベ。俺、死んじゃう? 今日死んでしまう? ヤバい。昇天しそう。



「こ、来ないでぇぇぇえええええええええええええ!?」


「妹ちゃん! どうしたの!?」


「あ、ああああああああれが! じ、じじじじじじじじジジィが!」



 後輩ちゃんが声をかけた桜先生のほうに、生まれたての子鹿のみたいにブルブル震えながら這い寄っていく。そのまま脚に縋りつく。その過程で、俺の身体を乗り越えることに…。


 見てしまった…。見えてしまった…。後輩ちゃんの美しい秘密の花園を…。


 ぐはぁっ!? 死にそう。俺、死んでしまいそう。


 ま、待て! 死んでいる場合ではない。後輩ちゃんは今なんて言った? ジジィと言わなかったか?



「ジジィ!? 浴室にジジィがいたのか、葉月!?」


「ち、違う! じじじじじじじGです! 奴が! 奴が出たんです! それも巨大な!」


「G? 奴? 巨大?」


「あぁ! もしかして、黒光りするゴキ……」


「その名を言っちゃダメぇえええええええええええ!?」



 顔を真っ青にして、綺麗な瞳から涙をポロポロ流す後輩ちゃんが、両手で桜先生の口を塞いだ。その反動で桜先生は床に倒れ込んでしまう。後輩ちゃんも当然倒れることになって、俺の目の前には、何も穿いていないお尻を突き出す超絶可愛い美少女の姿が……。


 見ていない。俺は何も見ていない。紳士の俺は目を逸らしたのだ。何も見ていないぞ!


 くっ! こういう時は、名前が出た奴のことを明確に想像して心を落ち着けなければ!


 黒光りするヤツが一匹、黒光りするヤツが二匹、黒光りするヤツが三匹、黒光りするヤツが四匹、黒光りするヤツが五匹、全裸の後輩ちゃんが一人……。


 畜生! Gよりも後輩ちゃんの裸のほうが刺激が強すぎて、全然効かないじゃないか!


 潔く諦めよう。



「後輩ちゃんは昆虫が苦手だったなぁ。そうか。お風呂場に奴が出ちゃったか」


「は、はいぃ。出ちゃいましたぁ」


「綺麗にしてるけど、奴はどこからか出てくるんだよなぁ。んじゃ、俺は退治してくるな。姉さん、後輩ちゃんをお願い」


「はーい。任せてー」



 これ以上この場に居たら理性が崩壊してしまう予感がしたので、俺はG退治にお風呂場へと向かった。


 浴室は、シャンプーやリンスやボディーソープや石鹸が散乱している。後輩ちゃんが暴れた後だ。ふむふむ。心なしか甘い香りが漂っているような……。後輩ちゃんの香り? いや、シャンプーとかの香りか。


 さて、無意識の妄想は止めて、今はG退治だ。ヤツはどこにいるのかなぁ? あっ。いたいた。


 散乱したシャンプーの奥に、黒光りするヤツが触覚をピョコピョコと動かして、様子を窺っていた。成虫だ。羽が生えて飛ぶ奴。それで隠れているつもりなのかな?


 俺は一番離れた場所に落ちていたボディーソープを手に取ると、上からドバドバと降りかけた。逃げ出そうとするが、ねっとりとしたボディーソープからは逃れられない。すぐに動きが弱くなる。


 スプレー系の殺虫剤よりも、こういう液体石鹸みたいなのがGにはよく効くのだ。お風呂場に出たのが運の尽き。後輩ちゃんを怖がらせた罰だ! さっさと死んどけ!


 動かなくなったのを確認して、俺はシャワーから熱湯を出す。トドメとして熱々の熱湯シャワーをブシャー! これで確実に死んだはず。熱湯は生物によく効くからな。俺の嫌いな足が沢山あるアレとか……。


 あとは、いらない紙で覆ってゴミ箱にポイすればいい。丁度明日は燃えるゴミの日だし。


 退治が終わって浴室から出ると、裸で震えて抱きつく後輩ちゃんを桜先生が優しく頭を撫でていた。


 それも大事ですが、まずタオルかなんかをかけてあげてくださいよ。また後輩ちゃんのお尻を見てしまったではないか。



「どうなの、弟くん? 退治できた?」


「出来たぞ。今からいらない紙を持ってきて、包んで捨てるとこ」


「先輩! 早く! ボーっと突っ立ってないで早くして!」


「お、おう!」



 涙目の後輩ちゃんにタメ口で命令された。なんか新鮮。


 即座に紙を持ってきて、Gを包んでゴミ箱にポイ!


 ……ゴミ箱に捨てるために一旦浴室の外に出たら、裸の後輩ちゃんが一気に俺から距離を取ったのがちょっと傷ついた。そこまで遠くに逃げなくてもいいじゃん。それと、身体は隠してください。


 もう一度浴室に戻って、シャンプーなどの位置を直し、壁から床まで熱湯シャワーで殺菌消毒。まあ、これは心の問題だ。シャワー程度の温度で殺菌消毒できないし。でも、熱湯で流したと思えば気が楽になる。


 よし! これでいいだろう!



「終わったぞー」


「ほ、本当に? もういません?」


「いないぞ、たぶん」


「たぶんっ!?」



 声を裏返して叫ぶとは……。普段聞かない金切り声だったから今のセリフは驚いた。



「ごめんごめん。いないから」


「本当ですね? 信じますよ?」



 あぁー。何も着ていない格好で、身体をもじもじさせて上目遣いにならないでくれないかな? 目のやり場に困るし、そろそろ限界なんだけど。



「なんで視線を逸らすんですか! 私のほうをちゃんと見て言ってください!」



 ち、近づいてくるなぁー! 胸も秘密の花園もバッチリ見えてしまってるからぁ~! 僅かに肌に水滴が浮かんでいるのが扇情的過ぎるからぁ~!



「先輩!」


「無理だって後輩ちゃん! せめて隠せ!」


「ふぇっ? 隠す? ………くしゅんっ!」



 キョトンとした後輩ちゃんは、ブルッと身体を震わせてくしゃみをした。前屈みになり、自分の身体を見下ろすことに……。


 全裸だったことに気づいた後輩ちゃんの時間が止まった。前屈みになり、くしゃみのために口を両手で覆った体勢の後輩ちゃんは、意図せず胸を強調させる格好になっている。


 脳が熱暴走オーバーヒートし、限界を迎えた俺の時間も同時に止まる。


 あっ。鼻の奥がツンと熱く、金臭い匂いが…。



「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああ!?」



 叫び声と同時に、空気を斬り裂いて放たれた後輩ちゃんの強烈な右の拳が、俺の鼻に突き刺さった。


 真っ赤な鮮血がウォータージェットのように勢いよく噴き出す。


 後輩ちゃんの全裸がぼやけていく。


 俺は、鼻血による大量出血と殴られた脳震盪により、意識を失ってしまったのだった。

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