第309話 出待ちと後輩ちゃん

 

「なんか…今日は今日で精神的に疲れた。家に帰ったら頼むな、後輩ちゃん」


「まっかせてくださ~い! 私が癒して差し上げます」



 ふんす、と鼻息を漏らし、両手で可愛らしくガッツポーズをした後輩ちゃん。クラスの女子が『あざと可愛い』、『また計算し尽くされている』、『可愛くてムカつく』などと大きな声で囁き合っている。


 全然隠す気がないな。むしろ、わざと聞こえるように言っている。挑発に乗った後輩ちゃんは『しゃら~っぷ!』と叫び、女子たちを睨んだ。


 バチバチと視線がぶつかり合って火花が散る。おぉー怖。


 放課後になっても、覗きに来る生徒が多いこと。俺たちは見世物じゃないぞ。本当に来ないで欲しい。目立つのは嫌いだ。それに、極少数の狙いが雪女、文化祭で女装した姿の俺と聞かされたからなおのこと。


 後輩ちゃんの気持ちがよくわかる。俺も注目されるのは嫌いだ。



「でしょでしょ? 大変なんですよ」



 女子たちと、ふしゃー、がるる、と威嚇し合っていた後輩ちゃんが、自然ナチュラルに俺の心を読んで答えた。そんなに俺はわかりやすいのか? それとも後輩ちゃんは超能力者?



「だから最近はずっと先輩の隣にいて、注目の的を分散させているんです!」


「酷いな!」


「私の彼氏になるということは、そういうことなのです! 私の盾となって守るのです! ホラーの時は、先輩は容赦なく私を盾にしますからね。こんなに超絶か弱くて可愛い彼女なのに…よよよ」


「うぐっ!?」


「ふふっ! やっぱり先輩を揶揄うのは楽しいです! それに普段、先輩がさりげなく盾になっていることはちゃんと知っています! 彼女を嘗めないでください」」



 くそう! 俺を揶揄ったのか! そして、さりげなく盾になって庇っていることにも気づいていたのか! 恥ずかしいじゃないか!


 照れ隠しと、俺を揶揄った仕返しということで、後輩ちゃんを背後から抱きしめ、お腹に手を回してギュッと抱きしめる。


 突然のことに固まってしまった後輩ちゃんの耳元に顔を近づけて、ふわっと香る甘い香りを深く吸い込みながら優しく囁いた。



「葉月のばーか」


「ひょぇぇえええ! なんですか! なんなんですか、その先輩のSっ気と色気漂う悪戯っぽい囁き声は! ヤバいです。超ヤバいです! 今先輩の顔を見たら、確実にキュン死します! 絶対Sっ気が表に出てるかっこいい笑顔を浮かべていますよ! ほらぁ! 女子たちが倒れてるじゃないですかぁ~!」



 絶対に、頑なに俺の顔を見ようとしない後輩ちゃん。目の前の女子たちの惨状を見て、泣きそうな声になっている。でも、振り向きたいと心の中で葛藤をしている雰囲気も感じる。


 普段とは違う俺を演じてみたけど、後輩ちゃんには効果抜群のようだ。ふむ、良いことを知った。


 ついでにクラスの女子たちにも効いたようだ。真っ赤な顔で座り込んで、ぼけーっと宙を眺めている。大丈夫だろうか?



「早く家に帰ろうぜ」


「は、はいですぅ~」



 再び演技をして囁くと、ビクゥっと身体を震わせた後輩ちゃんが、顔を真っ赤にしながら帰る準備を整えた。絶対に俺の顔を見ようとしないけど。


 座り込んでいる女子たちに挨拶してから、俺たちは帰路につく。


 手を繋いで帰ろうとしていると、何やら正門の辺りが騒がしい。何やら人が群がっている。一体何があったんだろう? やけに男子が多いな。制服から、他の学校か?


 俺たちを見つけた男子の何人かが駆け寄ってきた。まさか、後輩ちゃんが狙いか?



「あ、あの! もしかして、雪女さんはあなたですか?」


「えっ? 違いますけど」



 どうやら雪女とやらを探していたらしい。声をかけられた後輩ちゃんが冷たく答えた。男子たちはガックリと肩を落とす。



「はぁ…一目でも会いたい…絶対にあなただと思ったんだけどなぁ…」


「可愛いし。超可愛いし。滅茶苦茶可愛いし」


「雪女さんじゃないのは残念だけど、よかったら連絡先を交換…」


「あん? 人の彼女に何言ってんだ?」


「す、すんませんでした!」



 軽く一睨みすると、男子たちがピューッと逃げ去った。


 全く! 後輩ちゃんは俺の彼女だっつーの! 隣に手を繋いでる俺がいるだろうが!


 超ご機嫌な後輩ちゃんが、トンッと軽く肩をぶつけてくる。



「人気者ですね、雪女の颯子先輩」


「うるさい! 人気者でもないし、雪女でもないし、颯子でもない! もしかして、あの出待ちしている男子たちって全員雪女目当てとか?」



 スマホを構えてキョロキョロと誰かを探している他校の男子たち。背筋がゾクッとする。ご機嫌な後輩ちゃんはとても楽しそうだ。



「かもしれませんね。他校のようですから、女装ってことが伝わってないのかもしれません」


「うわぁ~。それあり得る。絶対にあり得る。後輩ちゃん。さっさと帰るぞ」


「了解です!」



 ピシッと敬礼した後輩ちゃんと手を繋いで、出待ちする男子たちと目を合わせないように正門からコソコソと出るのであった。



 ▼▼▼



 その日の夜。俺は癒しを求めて後輩ちゃんを背後から抱きしめていた。甘い香りに包まれ、柔らかさと温もりを楽しむ。フニフニのお腹が気持ちいい。


 俺に抱きしめられている後輩ちゃんは、ぶてっとした顔の猫のぬいぐるみ『にゃんこ先輩』を抱きかかえて、そのぽっちゃりお腹をフニフニしていた。



「先輩。もっと上を触らないんですか? 触り放題ですよ?」


「お腹で十分です」


「今ブラつけてないですよ?」


「……お腹で十分です」


「ふふっ。今迷いましたね? 先輩のえっち」


「うぐっ!」



 確かに俺はお年頃でえっちだ。でも、後輩ちゃんのほうがもっとえっちだと思う! 俺はヘタレなのだ、ふはははは!


 …………ヘタレでごめんなさい。申し訳ございません。



「今日も二人は仲良しねぇ~!」



 お風呂から上がったばかりの桜先生が、髪を拭きながらニヤニヤしている。身体が火照って暑いのはわかるが、下着とキャミソールだけなのは危険なんですが。絶世の美女が扇情的過ぎる。ノーブラなのが丸わかりだし。



「職員室でも話題になってたわよ。またかって」


「えっ? 俺たち何かした?」


「他校の生徒の出待ちの件って言ったらわかるかしら? 先生たちが出動して追い払う騒ぎになったわ」


「うわぁ~。なんか申し訳ない。明日呼び出しとかされないよね?」


「全然ないわよ。二人のために一肌脱ぎますかって、むしろ先生たちはやる気満々だったわ」



 えっ? なんで? 意味わかんないんだけど。


 桜先生が、お姉ちゃんも一肌脱ぐわ~、とキャミソールを脱ごうとしているのも意味わかんない。ヤる気満々よ~、と叫んでいるのも意味わかんない。


 あんた、そろそろ女の子の日だからお風呂も無理なの、って言ってたじゃないか! 何のためにお風呂別にしたんだよ!



「お姉ちゃん? 私たち、何も覚えがないんだけど…」


「例えば、甘々な二人を眺めていたら間食が減って痩せた、と喜んでいる女性の先生たち。二人が羨ましくて見習ってみたら夫婦仲が改善してご機嫌な先生たち。ただただ眺めてほのぼのと癒される先生たち&絶世の美女の体育女教師のお姉ちゃん。み~んな二人に感謝しているの」


「…………ウチの学校の先生たちって大丈夫なのか?」


「たぶん?」


「大丈夫に決まってるでしょ? お姉ちゃんをよく見なさーい!」



 全然大丈夫じゃないと思います。一番大丈夫じゃないと思います。更に不安になってきた。



「だから、何かあったら先生たちに頼っていいのよ? お姉ちゃんも大歓迎! 相談を待ってるわね」


「じゃあ、絶世の美女の体育女教師の姉さんに早速相談です」


「なになに? お姉ちゃんにどーんと任せなさーい!」


「姉が服を着ないで困っています。どうしたらいいと思いますか?」


「諦めなさーい! だって暑いの」



 うん。絶対に桜先生に相談したらダメだな。


 世界の真理に到達し、学校の先生とか、桜先生のこととか、とても不安になった俺でした。


 こういう時は後輩ちゃんのお腹をフニフニするに限る!


 ふぅ~。気持ちよくて癒される。流石後輩ちゃんのお腹だな!





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<題名>

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<あらすじ>

葉桜琴乃。高校二年生。学年のアイドル。

彼女には彼氏がいない、彼氏を作らないことで有名だった。

学校の七不思議にもなるほどだ。

しかし、とある金曜日の放課後。

彼女と接点がない俺は、葉桜琴乃に彼氏がいることを偶然知ってしまうのだった。

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