第308話 噂になってる俺と後輩ちゃん

 

 文化祭の振り替え休日の次の日、学校には燃え尽き症候群を発症している生徒たちが至る所にいた。ぼけーっと心ここにあらずというか、疲れきって怠そうな生徒たち。


 もしかしたら、昨日打ち上げがあったのかもしれない。眠そうだったり、目の下にはっきりと隈がある生徒も見受けられる。


 ちょっとゾンビみたいで怖いんですけど! ホラーは無理なんですけど!


 そんな異様な雰囲気の中、朝一からウチのクラスだけは平常通りだ。元気いっぱいなエロ親父の女子たち。相変わらず女子の尻に敷かれている男子たち。文化祭で更に仲が良くなって、昼休みになった今、ワイワイガヤガヤと盛り上がっている。



「ほれほれ~! 触らせろぉ~! ぐへへ~」


「良いのう。良いのう。旦那! 嫁のおっぱいは絶品ですぞ!」


「何という腰のくびれ! エッッッロォォオオ! お尻も最っ高!」


「いやぁ~! 私は先輩のモノなのぉ~! 先輩! 助けてぇ~」



 後輩ちゃんの助けを求める声が、女子の壁の向こうから聞こえてくる。幸い、女子たちも配慮しているようで、他の男子には一切見えないように鉄壁のガードをしている。声だけしか聞こえない。


 もし、少しでも見えるようなら即座に俺が介入する。俺は独占欲が強いのだ。


 助けろって言われても、何をされているのかわからないからなぁ。後輩ちゃんを助け出したこともあるけど、実際は俺を揶揄うための演技だったこともあった。その時は女子全員の頭にチョップを落としたけど。


 ふむ。助けるべきか。助けないべきか。悩む。どうすればいい?



「せ、先輩? 聞こえてますか? は、早く助けて! あっ、そこはダメぇ~! や、止めろぉぉおおおおおお!」



 後輩ちゃんの雄叫び。そろそろ助けてあげますか。俺は女子たちに向かって声を張り上げる。



「おーい! 俺の彼女を返してくれ~!」


「「「 えぇー! いいよー! 」」」



 女子の群れからペイっと一人の超絶美少女が吐き出された。若干制服に皺が寄って、セミロングの黒髪が乱れている。


 涙を浮かべた後輩ちゃんは、むぎゅっと俺に抱きついてきて、スリスリと顔を擦り付ける。ここは学校なんだけど…。



「うわ~ん! せんぱぁ~い! 遅いですよ~! 荒ぶる淫乱なセクハラ親父の女子たちに滅茶苦茶に……」


「滅茶苦茶に?」


「されてませんけどね。いやぁ~暑かったです。おしくらまんじゅうにはちょっと早いですよ」



 あっけらかんと言い放ち、泣き真似を止めた後輩ちゃんは、極々自然に俺の太ももの上に座ってくる。まるでここが定位置だと言わんばかりに。いや、定位置なんですけどね?


 それにしても、何もなかったんですか。そうだろうと思いましたよ。


 後輩ちゃんは俺の太ももに座って、女子たちにあっかんべーをして、ついでにドヤ顔をして煽る。女子たちの頬がピキっと引き攣り、こめかみに青筋が浮かんだ。


 女子同士の戦争が勃発しそう。週一回は巻き起こってるからなぁ。じゃんけんとか、トランプとか、そういうゲームで決着をつけるから平和だ。負けたら過酷な罰ゲームが待ち受けているらしいが、俺は全く関係ないからどうでもいい。



「ご飯食べるぞー。俺はお腹減った」


「「「 はーい! 」」」



 後輩ちゃんと女子は小学校低学年並みに素直で元気な返事をした。即座に昼食を取り出して、いつも通り、皆で食べ始める。ウチのクラスはみんな仲がいい。



「ところで一つ気になることがあるんだが」


「ほえっ? 何でしょう? もぐもぐ」



 俺のお弁当からおかずを盗んだ後輩ちゃんが、可愛くお口をモグモグさせながら、コテンと首をかしげた。


『くっ! あざとい! あざと可愛い』、『計算し尽くされた角度……やるな』、『それを天然っぽく自然と出せるのか…何という女だ』、『ちょっと! みんなうるさいよ! しゃら~っぷ!』という女子と後輩ちゃんのやり取りは聞かなかったことにする。今は何もなかった。



「ゴホン! 気になっていることなんだが、アレって何事だ?」



 俺は今日ずっと気になっていたことをそっと指さした。全員がその方向を見て、あぁアレね、と納得する。


 今日、休み時間になるたびに、ウチの教室の前に多くの生徒たちが集まってきたのだ。中を覗き込もうと押し合いになっているらしい。一体何事なんだろう?



「あぁーそれは颯、お前が原因だ」


「うわぁっ!? びっくりしたぁ。一体いつから居たんだ、裕也?」



 俺の隣には、いつの間にか裕也が座ってご飯を食べていた。全然気が付かなかった。ウチのクラスに溶け込みすぎじゃないか? 全然違和感ないんだけど。というか、イケメンなのに影が薄くないか?



「いつって、最初から居たんだが、まあいい。あの生徒たちはお前が原因だ。あと義姉ねえさん」


「私ですか?」


「そう。このクラスに超絶甘々なバカ夫婦がいることが文化祭でわかったからな。覗きに来てるのが二割」


「に、二割? って、俺たちはまだ夫婦じゃないし。結婚してないし。ただのカップルだ!」


「「「 ……えっ? 」」」



 おいコラ! なんだその『えっ?』は!? 『あんたらがただのカップル? ありえねー』って言った奴出てこい! 心の声が漏れ出してるぞ! どこからどう見ても俺と後輩ちゃんは普通のカップルだろうが!



「ゴホン! いろいろ言いたいことはあるけど、ひとまず置いといて、押し掛けた生徒のうち七割がお菓子を求めてるってさ」


「お菓子ですか? 先輩が作ったクッキーやスコーン? 文化祭で販売した?」


「そう。あまりにも美味しくて、手に入らないかな、って来てみたらしい。お前、依存させる何かを混ぜてないよな?」


「入れるわけないだろうが! 何のメリットがあるんだよ!?」


「だよなぁ。でも、お前の料理って依存しそうなほど美味いんだよなぁ」


「「「 うんうん! 」」」



 全員が頷いちゃったよ。後輩ちゃんも深く納得してる。そりゃそうか。後輩ちゃんはもう餌付けされてるし。



「私は先輩( の料理 )を食べないと生きていけない身体になってしまいました」



 顔を赤くして恥じらうように言うな! 演技をするな! 意図的に誤解させるように一部の言葉を省略するな! ほら! 『きゃー!』って黄色い歓声が上がってるじゃないか!



「俺たちが噂になってこの原因になっていることはわかった。んで? 残りの一割は何で押し掛けて来たんだ?」



 俺は後輩ちゃんをスルーして、裕也に問いかけた。俺たちのイチャイチャ目当てが二割。お菓子目当てが七割。ということは、残り一割は何が目当てだ?


 裕也は楽しそうにニヤッと笑った。それでもイケメンなのがムカつく。滅ぶべし!



「残りの一割はな、これは男子なんだが、とある雪女ちゃんが目当てなんだとさ」



 ………………聞かなきゃよかった! 知りたくなかったぞ、そんな情報!

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