第306話 オカズと後輩ちゃん

 

 朝食というには遅すぎる食事の席には、微妙な空気が漂っていた。どう接すればいいのかわからない、という気恥ずかしさと戸惑いの空気だ。


 顔を真っ赤にして背中を丸め、小さくなっている後輩ちゃんと、後輩ちゃんの顔を見ることが出来ずに、両鼻にティッシュを詰めている俺。


 本当にどうすればいいんだ!?


 何故こうなっているのかというと、先ほど、脱衣所で鉢合わせして、俺は後輩ちゃんの胸を見てしまったのだ。後輩ちゃんは目を回して倒れ、俺は鼻血を噴き出した。


 鮮烈な光景は未だに忘れられない。気を抜いたらフラッシュバックしてしまう。あぁ…また鼻血が。



「うぅ~また想像しましたね…」


「ご、ごめん…」



 ぷくーっと頬を膨らませ、恨みがましく涙目で睨む後輩ちゃん。ただ可愛いだけだ。チーズパンにハムハムと小動物のように齧りついている。



「もぐもぐ……くっ! こうなったら仕返しを! 私だって見てやります! 頑張りますから!」


「もう見たと思うんだが…。というか、食事中にこの話題はダメだろ! 今から禁止だ!」


「ほう? この話題とは一体どんな話題なのでしょうか? 詳しく教えてくださいよぉ~」



 くっ! セクハラ彼女の後輩ちゃんめ! 自爆覚悟で揶揄ってくるなよ。ニヤニヤと笑っているけど、俺が詳しく説明し始めたら一体どうするつもりなんだ!?


 食事中じゃなければ、俺も自爆覚悟でやり返すのだが…。流石に今は無理。鼻血が噴き出そうだし。



「んぅ~後でな」


「ちっ! 面白くないです」



 悪い顔で舌打ちをする後輩ちゃん。可愛いんだから舌打ちなんかしないの。行儀悪いぞ。


 パクパクもぐもぐと食事の音だけがしばらくの間響き渡る。


 再び気まずい沈黙が…。俺は耐えきれなくなって、ずっと黙っている桜先生を会話に巻き込む。



「姉さんはさっきから黙ってどうしたんだ? 具合悪いのか?」


「食パンをハムハムしてるから、お腹が痛いってわけではなさそう…。はっ!? 女の子の日!?」



 後輩ちゃんよ。今、そういう話題は食事中に止めようって言ったばかりだよね?


 別に嫌ってわけではないぞ。とても大切なことだから。桜先生が女の子の日だったら、いつも通りいろいろと配慮します。


 チーズパンを食べ終わり、新たな食パンをそのままハムハムしていた桜先生は、悟りを開いたかのように穏やかな笑顔で言った。



「んぅ~? お姉ちゃんのことは気にせずに、二人でイチャイチャしてていいのよ~。二人を見ているだけでご飯三杯はいけるわ! 食パンなら五枚は余裕よ!」



 ………どういうことだ? よく意味が分からないのだが。



「もしかして、俺たちの様子をオカズにして主食を食べているって認識でオーケー?」


「おーけーおーけー。おふこーす」



 流暢な平仮名英語だな。発音がビックリするほど平仮名だったぞ。


 それにしても、ふむ。桜先生は俺たちの様子を眺めてご飯を食べていたらしい。半分冗談で推測を述べてみたんだが、あっさりと肯定されてしまった。


 この残念でポンコツな姉の頭の中は大丈夫なのだろうか? 前々から思っていたけど! 絶対に手遅れですよね!?



「二人のやり取りって本当に甘いわねぇ。口の中が甘ったるくなるわ。ホイップクリームよりも練乳よりも甘いわぁ。おかげで食パンが甘くておいしいです。もはやデザートね」



 桜先生が美味しそうに食パンをハムハムする。小動物みたいで可愛い。


 口の中が甘いとか、デザートとか、その気持ちは全然わからないです。


 一つだけ言えるとすれば、食パンはそのままでも美味しいと思います。


 そう言えば、ジャムとか練乳とか買ってなかったなぁ。今度買い物に行ったときに買っておこう。買い出しリストにメモしておかなくちゃ。



「あっ! 練乳だったらお姉ちゃんのおっぱ…」


「しゃら~っぷ! しゃらっぷ、しゃらっぷ、しゃら~っぷ!」



 絶対にそう言うと思った! 俺は桜先生の言葉を大声で遮って、それ以上言わせない。思わず平仮名英語になってしまったじゃないか。正確には『shut up!』だ。キツイ表現だから、英語圏ではむやみに使わないほうがいいらしい。


 脳内ピンクのポンコツ姉め! あんたのおっぱいはまだ出ないだろうが! いや、出ても何もしないですけど!



「なら妹ちゃんのおっぱ…」


「しゃら~っぷ!」



 絶対に再びそう言うと思った! 後輩ちゃんも悪戯っぽく微笑んで平均よりも大きな胸を持ち上げないで! ちょっと恥ずかしそうなのが可愛いだろうが!


 あっ…。さっきの出来事が浮かび上がって…。



「ぐふっ!?」


「あぁっ!? 先輩の鼻血が噴水のように!」


「ティッシュティッシュ! って、もう無いじゃない! ベッドの脇のを持って来るわね」



 後輩ちゃんと桜先生がドタバタと慌て始める。俺は噴き出す鼻血を止めようと、鼻を押さえることしかできない。


 意識してしまったからか、近寄ってきた後輩ちゃんの胸に視線が行き…。



「ぐほっ!?」


「あぁっ!? 鼻血が高圧洗浄機みたいな勢いに! お姉ちゃ~ん! 急いで~! Hurry up ですよ~!」


「持って来たわ! 大丈夫なの弟くん!?」



 二人がワタワタと介抱してくれる。桜先生が持って来たティッシュを鼻に詰め込む。流した血も綺麗に拭き取る。


 うぅ…出血のし過ぎで体がだるい。貧血だな。今日は大人しくしておこう。



「先輩? 大丈夫ですか?」


「ブホォッ!?」


「せんぱぁ~い!」


「弟くぅ~ん!」



 俺の鼻血が止まるまで、しばらく時間がかかるのであった。バタリ…。

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