第303話 文化祭の終了と後輩ちゃん

 

「「「 ご来店ありがとうございました 」」」



 コスプレした少年少女が、全員で満足したホクホク笑顔のお客さんを見送る。深々とお辞儀をしたまま、完全に見えなくなるまで頭を下げ続けた。


 何という素晴らしい接客態度。普段の様子とは全然違う殊勝な態度ではないか。驚いたぞ。


 身体を小さくした俺は、思わず目を見開いてクラスメイト達を凝視してしまった。それほど別人だった。


 噛みしめるようにゆっくりと顔を上げたクラスメイト達は、一斉にその場に座り込んだ。全員が、やりきったぞ、という満足げな表情だ。



「あぁ…最後のお客さんが帰った…」


「終わった…青春したぁ!」


「楽しかった。でも、死ぬかと思った…」


「燃え尽きたぜ…真っ白にな…」



 本当に真っ白な灰になってぐったりと倒れ伏すクラスメイト達は、もう動きたくない様子で脱力している。一気に気が抜けたようだ。全て終わったことでホッと安堵の息を吐いている。



「あの~? まだ私たちがお客さんとしているんですけど…」


「俺は今すぐ逃げ出したいけど。お化け屋敷風の内装が怖い! 帰っていい? 帰っていいよね!?」



 恐怖でガクガクブルブルと震えるが、後輩ちゃんにぎゅっと手を握られ、ニコッと微笑まれた。瞳が、逃がしませんよ~、と訴えている。怖がる俺を楽しむつもりだ。


 後輩ちゃん最低! 鬼! 小悪魔! ばかぁ~! あほぉ~!



「またホラー祭りを…」


「申し訳ございませんでした、可愛くて綺麗で愛しい女神様!」


「ふむ。許してあげましょう」


「感謝します!」



 ははーっと深々と頭を下げる俺。後輩ちゃんは満足そうに横柄に頷いた。自然ナチュラルに心を読まないで欲しい。


 疲れ果てたクラスメイト達は、面倒臭そうに手をヒラヒラと振る。



「別にアンタらはいいの。クラスメイトじゃん」


「ちょっとそこで爆発しとけ!」


「動けるなら、私たちのお菓子を準備しろー! ついでに飲み物も! 打ち上げだー!」



 おぉー、と賛同の声が上がるが、とても弱々しい。手を挙げる元気もないようだ。全員の目が死んでいる。


 物凄い盛況だったらしいから、こうなるのも無理はない。


 動ける俺たちだけで準備をしますか。お菓子を準備するのは俺で、後輩ちゃんは運ぶ係。変に触らせるとポイズンクッキングのスキルを発動させてしまうから。


 全員に行き渡ったところで、文化祭実行委員の女子がヨロヨロと立ち上がる。まるで生まれたての子鹿のようだ。



「紳士淑女諸君。無事に生き残って文化祭を乗り切れたことに乾杯!」


「「「 かんぱーい 」」」



 飲み物をごくごくと飲み干し、プハァーと息を吐く。良い飲みっぷり。おっさんかっ!?


 そして、クッキーやスコーンをパクパクモグモグと一心不乱に食べ始める。多めに残しておいたから、ゆっくり味わって沢山食べてください。喉に詰まらないようにな…って、咳き込んでる人が続出してる。気をつけろ。


 甘いものを食べていると元気が出てきたようだ。少しずつお喋りが増えていく。



「いやー。今日は昨日よりもすごかったね。人が途切れなかったもん」


「時間制限したり、テイクアウトをしたり工夫してアレだからね」


「バカ夫婦の宣伝効果がほとんどだろうね。サンキューバカ夫婦!」


「「「 サンキュー! 」」」


「そして、こっちまで話が回ってきてるぞ。まぁたイチャイチャしたんだってな?」


「「「 爆発四散しろー! 」」」


「ふっふっふ。どやぁ!」



 後輩ちゃんの渾身のドヤ顔。よくこの場面でドヤ顔ができるな。後輩ちゃんを尊敬するぞ。


 ぶちっと堪忍袋の緒か、どこかの血管が切れた音が教室に響き渡り、すぐに怒号が上がる。滅茶苦茶に物が投げられる。女子は後輩ちゃんに、男子は俺に。


 痛い痛い痛い痛い! 止めろぉ~!


 少ししたらクラスメイトは落ち着いた。肩で大きく息をしている。



「今度覚えてろ。絶対に制裁してやる」


「覚悟しといてねー」


「くっくっく! こっちには颯の黒歴史があるのだ!」


「おいコラ! 俺の黒歴史って一体何だ!? 父さんと母さんは何を言ったんだ!?」



 不敵な笑みを浮かべるクラスメイトは何も言わない。とても恐ろしい。


 俺、不登校になろうかな。学校休んでいい?


 今ので体力を全て使い切ったクラスメイトは、もう動けないようだ。この光景を記憶するかのように、ゆっくりと見渡している。



「楽しかった…」


「頑張った…」


「辛かった…」


「でも、やり遂げた…」



 文化祭を何をするかの話し合いから始まり、準備をして、衣装を合わせて、お菓子を作り、この二日間を精一杯楽しんだ。


 達成感と感動が遅れてやってくる。


 一人が嗚咽を漏らし、それがクラス全体に広がっていく。俺も後輩ちゃんも涙が止まらない。


 俺たちは青春した。この思い出は一生の宝物だ。


 全員で笑いながら泣く。肩を組み、抱きしめ合い、お互いの泣き顔を見て笑う。


 皆に一言だけ言いたい。どうしても伝えなきゃならないことがある。


 誰も合図も何もしていないのに、俺たちは全員で同時に言った。



「「「 みんな! ありがと! 」」」



 俺たちは同時にキョトンとして、涙を流して笑い合った。


 こうして、俺たちの文化祭は終わった。

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