第302話 最後の客と後輩ちゃん

 

 ベストカップルコンテストが終了した後、人目の付かないところで後輩ちゃんにくっつき、ボーっとして疲弊した心を癒した俺は、何とか復活をすることが出来た。


 全回復には及ばないが、何とか人前に出れるくらいの元気が出てきた。


 実の両親のイチャイチャと暴露。公衆の面前での後輩ちゃんとの告白合戦。ダメージは深刻だった。


 隣に座っている後輩ちゃんにボソッと問いかける。



「………後輩ちゃん。復活したか?」


「………ええ。何とか。先輩は?」


「………俺も何とか」


「「 はぁ… 」」



 俺たちは同時に深い深い、マリアナ海溝よりも深いため息をつく。


 まだダメージは残っている。精神的な疲れが肉体に影響を及ぼしている。このまま家に帰って閉じこもりたい。


 でも、俺たちには宣伝という大事な仕事がある。いつまでも仕事をサボるわけにはいかない。サボっていたら、クラスメイト達からなんて脅されるか…。もっと面倒なことになるだろう。


 力を振り絞ってベンチから立ち上がるが、脳が拒絶をする。人前に出たくないと訴えている。


 疲れた表情の後輩ちゃんと見つめ合った。



「後輩ちゃん。もうちょっとだけいいか?」


「いいですよ。私もお願いしようと思っていたところでした」


「「 むぎゅ~! 」」



 周囲には誰もいないから、心置きなく後輩ちゃんを抱きしめることが出来る。この柔らかさと温もりと甘い香りが俺を癒してくれる。一生このままがいい。


 後輩ちゃんがクンクンと俺の身体の匂いを嗅ぎ、子猫のようにスリスリと顔を擦り付けてくる。その顔は蕩けて幸せそう。とても可愛い。


 しばらく後輩ちゃんを堪能した俺は、名残惜しいがハグを終えることにする。


 離れようとするが、後輩ちゃんが俺の身体を抱きしめたまま離さない。服をむぎゅっと掴まれている。うぅ~、と可愛らしい唸り声を上げて、顔を埋めている。



「後輩ちゃん。そろそろ…」


「ダメです。ダメなんです」


「いや、でも…」


「まだ離しません!」



 やれやれ、と思いながら、優しく後輩ちゃんの頭を撫でる。甘えん坊ですなぁ。


 周囲を念入りに確認。よし。誰もいない。覗いている気配も感じられない。今なら大丈夫そう。


 俺はそっと後輩ちゃんに呼びかける。



「後輩ちゃん」


「ほえっ?」



 潤んだ瞳で上目遣いする後輩ちゃん。破壊力が凄まじい。男装して凛としているから、なおさらグッとくる。男装女子っていいよね。


 最後にもう一度周囲を確認して、安全を確かめる。


 安全を確保したので、後輩ちゃんを無言で見つめた。瞳が綺麗だ。


 後輩ちゃんは俺がしたいことを即座に理解したらしい。軽く顎を上げ、瞳を閉じる。


 そんな後輩ちゃんに、俺はそっとキスをした。触れるだけの優しいキス。


 しっとりと濡れた柔らかな唇。甘い香り。熱い吐息。軽くハムハムと甘噛みすると、後輩ちゃんもやり返してきた。


 心置きなくキスをすると、お互いに示し合わせていないのだが、同時にゆっくりと顔を離す。後輩ちゃんの唇でハムハムされていた俺の下唇がプルンと離れた。


 後輩ちゃんは名残惜しそうに舌で唇を舐める。



「続きは家に帰ってから」


「あぁ…いけずです先輩」


「俺だって我慢してるんだからな。帰ったら貪ってやる」


「ふふっ。楽しみにしてますよ。でも、あっさりと眠ってしまう気がします」



 その可能性も十分にある。だって昨日は徹夜したから。そう言えば、一睡もしてなかった。ベッドに倒れ込んだ途端寝てしまうかも。それならば、明日キスすればいいか。


 俺と後輩ちゃんは宣伝用の看板を持ち、指を絡めて恋人つなぎをする。



「残り時間もわずかだし、頑張りますか」


「了解です!」



 俺たちは、再び人混みの中に足を踏み入れた。


 その途端、一斉に注目が集まる俺たち。キラキラと興味津々な女子も多いが、大半は胸や口元を押さえている。気持ち悪くなったのだろうか? 男子は甘ったるそうな顔をしつつも、嫉妬と殺意の視線が物凄い。今にも殺されそう。


 注目が集まるのは好都合だ。さっさと宣伝してこの場から離れよう。



「ごちゃ混ぜ喫茶にぜひいらっしゃって」


「美味しいお菓子がございますよ」



 雪女と執事吸血鬼を演じて、宣伝しながら学校中を回る。


 お菓子美味しかった、という声がちらほら聞こえる。何度も通った猛者もいるらしい。ありがたいことだ。


 歩き回っていると、大行列している廊下にたどり着いた。ワイワイガヤガヤと賑わい、コスプレした少年少女たちが声を張り上げたり、忙しそうに働いている。よく見ると、ウチのクラスの生徒だった。


 教室からは離れているんだけど、この行列ってもしかして…。


 一人の女子が俺たちに気づいた。



「あぁー! 良いところに来たよ、二人とも! これ持って最後尾に並んでくれない? ありがと」



 俺たちは何も言っていないんだけど、プラカードを押し付けられて、列の最後尾に押しやられた。俺たちは訳が分からないのに、その女子は小走りで消え去る。どうやら教室の応援に行ったらしい。


 後輩ちゃんと顔を見合わせてキョトンとする。


 仕方がないから列に並び、渡されたプラカードを確認する。そこには『申し訳ありませんが、ここで販売を終了させていただきます』と書かれていた。



「もう終わりのようだな」


「みたいですね」


「これから来たお客さんを追い払えばいいのか」


「ですね」



 楽なようで大変な仕事だ。俺たちは、列の最後尾で、新たに来たお客さんにペコペコと頭を下げ、謝罪と説明をすることになった。落胆するお客さんの顔はちょっと辛かった。


 二日間行われた文化祭もそろそろ終わる。

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