第301話 ベストカップルと後輩ちゃん

 

『ぜぇ…ぜぇ…俺のほうが好きだ…』


『はぁ…はぁ…私のほうが好きです…』



 言い争いに疲れきった俺たちは、ぜぇぜぇはぁはぁと息を荒げながらお互いに主張する。どちらが好きか戦争が再び勃発し、俺たちは意見を一歩も譲らなかった。


 もう何度言っただろう? 時間さえも分からない。


 俺たちはキッと睨み合う。



『後輩ちゃんの頑固者!』


『先輩のわからずや!』


『『 ふ~んだっ! 』』



 ぷいっと顔を同じ方向に逸らした俺たちは、とある光景が目に入ってきて目をパチパチと瞬かせる。そこには、大勢の観客がいる体育館が広がっていた。全員が口や胃の辺りを押さえ、死んだ魚のような目をしている。


 一体何があったんだ!? 何かを吐きそうな顔色をしているぞ!


 そこで俺と後輩ちゃんは同時に気づく。この観客の前で相手のことを好き好きと何度も連発してしまったことに。


 今さらながら恥ずかしさがこみ上げてくる。顔だけでなく体まで赤くなるのを感じる。体が熱い。猛烈に熱い。



「私たちの息子と娘が可愛すぎるよ、隆弘くん!」


「そうだね。流石僕たちの息子と娘だね」



 ぐはっ! 両親の言葉によって限界を迎えた俺は、膝から崩れ落ちた。


 両親にこの言い争いを見られるのはまだ良い。いや、良くないけど! 少なくとも、身内だし、それが家の中だったらここまでのダメージは受けなかったはずだ。


 しかし、今は体育館のステージの上。生徒の半数以上が詰めかけているに違いない。そして、俺と後輩ちゃんの言葉はマイクに乗っていた。スピーカーから大音声で俺たちの告白合戦を聞かれてしまっていたのだ。


 あぁ…もうダメだ。終わった…。俺たちの学校生活が終わった…。



『二人とも~! 可愛かったわよ~!』



 とても聞き覚えのある声が体育館に響き渡る。桜先生の声だ。エプロン姿の桜先生は、俺たちの様子をいつの間にか覗きに来ていたらしい。うっとりとした表情で、俺たちに向かって手を振っていた。


 その声で限界を迎えた後輩ちゃんの顔が真っ赤になって、両手で覆い隠し、しゃがみ込んだ。



「うぅ~!」


「後輩ちゃん…」


「うぅ~! 先輩の馬鹿ぁ~!」



 ごめん。俺は馬鹿だわ。でも、後輩ちゃんも馬鹿だと思う。俺たちは馬鹿だ。バカップルだ。



『大変素晴らしいイチャラブでしたぁ。決着がついて欲しいとも思っていましたが、やっぱりここは引き分けで終わったほうがバカップル感があっていいですよね! というわけで、だいぶん時間オーバーしてしまいましたが、雪女さんと吸血鬼さんの時間を終了しま~す! ごちそうさまでした』



 司会者のニヤニヤ声が体育館にハウリングする。


 俺と後輩ちゃんは司会者の言葉に耳を傾ける余裕がない。今すぐ帰りたい。いっそ殺してくれぇ~!



『ここで本来なら挙手でベストカップルを決めたいところなのですが、もう皆さんお決まりですよね?』



 会場中が、うんうん、と砂糖を口いっぱい頬張ったような顔で頷いた。


 口の中をどうにかしようとペットボトル飲料をがぶ飲みしている人もいる。そんなに勢いよく飲んで甘くないのか? 全然甘さを感じていなさそうだけど。



『さっさと終わらせろと催促が来たので、ちゃっちゃと終わらせましょう! ベストカップルに相応しいのは一体どのカップルなのかっ!? T&Fさんたちだと思う人手を挙げて~! は~い!』


『『『 は~い! 』』』



 何故順番通りに聞かない!? そして、何故観客全員が挙手をする!? なにこれ? やらせか? 観客はサクラなのか? それとも、司会者が観客を買収したのか!?



『満場一致でベストカップルはT&Fさんに決定! おめでとうございま~す!』



 マイクを向けられたロリの母さんが、目を丸くしてキョロキョロと慌てている。一体何故自分たちが選ばれたのかわかっていないようだ。父さんもダンディに首をかしげている。


 説明を求めるために、四つん這いで打ちひしがれる俺を見ても、理解できていないから答えられないのですが。



『えっ? えっ? なんで? どうして? 何故私たちなの? どう見ても息子夫婦のほうがラブラブだったよ! 悔しいことに!』



 母さんに言っておきたいことがあります。俺たちはまだ結婚してないので夫婦ではありません。そして、恥ずかしいから悔しがらないでください。対抗心を燃やすな!


 俺たちが思っている疑問に答えるように、司会者が歯切れが悪そうにマイクに向かってしゃべる。



『いやー、そのですね…。誰がどう見ても雪女さんと吸血鬼さんのカップルのほうがラブラブで甘々でした』


『なら何でっ!?』


『だってですねぇ。このコンテストはベストカップルを決めるコンテストなのです。あれはどう見ても夫婦なのです! カップルじゃないのです! 私たちが求めているのは結婚前の恋人同士なのです!』


『『『 うんうん! 』』』



 観客が全員頷いているよ。いやいや! 俺たちは結婚前の恋人同士なんだけど。みんなが選んだ父さんと母さんが結婚している夫婦なんですけど。



『あぁ~。なるほどねぇ~』



 母さんも納得するな! しれっと父さんも頷くな! もうヤダこの両親…。



『というわけで、ベストカップルは結婚しているにもかかわらず、付き合いたてのような雰囲気を醸し出すT&Fさんの組に決定で~す! 異論反論その他の意見は認めませ~ん! 特に雪女さん!』


『なんでっ!? ………ゴホン! 何故ですか?』



 俺の疑問も認められず無視される。だからなんで!?



『では、優勝したT&Fさんから何か一言!』


『はーい! 優勝したFと』


『Tです。本日はとても楽しかったです』


『この後はぜひ、息子夫婦が営むごちゃ混ぜ喫茶に遊びに来てくださいね。お菓子が取っても美味しいの! また行こうね、Tくん!』


『ええ、Fさん。喜んで』



 うぅ…もうアンタらは来ないでくれ…。家に帰った時に作ってあげるから…。


 後輩ちゃん…ウチの両親をどうにかしてくれ。将来の義両親だぞ。



「うぅ…先輩の馬鹿ぁ~」



 あぁ…うん…ダメみたいですね。諦めます。



『これにて、ベストカップルコンテストを終了いたします! 文化祭が終わるまで、皆さん楽しんでくださいね~!』



 こうして、俺と後輩ちゃんの心に深い深い傷を残して、ベストカップルコンテストが無事に(?)終了するのであった。


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