第299話 先輩バカ夫婦と後輩ちゃん
『さぁ~て! ベストカップルコンテストも盛り上がってきましたぁ~!』
司会がマイクに向かって声を張り上げる。体育館中に反響するが、その大声も観客の大歓声で打ち消される。アイドルのライブ並みに盛り上がっている。
コンテストは、一組ごとにいろいろな質問に答え、最後にお題をクリアするという内容だった。
質問内容は馴れ初めだったり、告白シーンの再現だったり、相手の好きな所を10個述べよ、とかそんな質問だった。
お題は、ハグだったり、手を繋いだり、お姫様抱っこだったり、キスだったりした。
女子二人で出場した(させられた)組がハグだった。お互い満更でもなさそうに、素直にハグをしていた。漂う百合の気配に会場は大盛り上がり。
うん、なんか尊いよね。何故か既視感があったけど。
よく考えたら、ウチのクラスではよく女子同士でハグしてるわ。身体の触り合いも頻繁に行われているわ。そりゃ既視感あるよね。
そして、男子同士の組はなんとキスだった。お互いに、うえぇー、と顔をしかめ、拒否していたが、会場全体がキスコールをして囃し立てた。
覚悟を決めた男子たちは、相手の手の甲にキス。えぇー、と落胆の声で体育館がいっぱいになったけど、キスの場所は指定されていない。主催者側はオーケーした。
何とか乗り切った二人は拳と拳を突き合せた。その男と男の友情に、鼻血を噴き出す女子が続出。不気味な笑いを始める腐女子の皆さんが多いこと。
一体何を想像したんだろうねー。俺は知りたくない。
そして、順番は俺の両親の番になる。とても不安だ。
『では、T&Fさんへの質問に参りましょう! まずは馴れ初めを教えてください』
司会者の質問に、幼女の母さんがノリノリで答える。
『ナンパしました! 私が!』
『『『 はい? 』』』
体育館中の人間が一斉に首をかしげた。面白いくらい同じ方向だった。角度も向きも完璧にそろっていた。
そう。俺の母さんが父さんを堕としたのだ。母さんのほうがイケイケなのは性格からよくわかると思う。
あぁ…。嫌だ…。実の両親の恋バナなんて聞きたくない…。
俺は耳を塞いで蹲る。後輩ちゃんが同情して肩をポンポンと叩いてくれるのが、せめてもの救いだ。
『最初は無視されてたんだけど、構って欲しいオーラを出してへばりついていたら、Tくんは見事に陥落しました!』
『Fさんが可愛すぎるのが悪いです』
『もう! Tくんったらぁ!』
大勢の前でイチャイチャを繰り広げるバカ夫婦。ピンクのハートを幻視するほどラブラブオーラを放っている。
お願いだから止めてくれぇ。せめて家の中だけにしてくれよぉ。どんな拷問だ!? いっそ俺を殺してくれぇ~。
「先輩ガンバ!」
「後輩ちゃんうるさい。今度ご両親の馴れ初めを聞いてみようか?」
「そ、それだけは勘弁を! あの人たちは喜んで喋りますかぁ~! 娘の私は恥ずかしくて死んじゃいます」
ふむ。わかればよろしい。でも、それを学校中に暴露されてみ? 死よりも酷いぞ。
ラブラブで羨ましいっていう雰囲気が体育館に蔓延してるけど、実際は父さんがロリコンだったという話であって…。
「僕のことをロリコンって言ったのはこの口かな?」
「
いつの間にか俺の目の前に現れていた父さんが、俺の口をミニョ~ンと引っ張る。ゴムのように伸びて、激痛が走る。あまりの痛みに涙が出てくる。
ニッコリと穏やかに微笑む父さんが恐ろしい。恐怖で身体が小刻みに震え出す。
「僕は風花さんが好きなのであって、決してロリコンなんかじゃないからね? 何度言えばわかるのかな?」
「
「次はないよ」
「みぎゃっ!?」
最後のお仕置きとして、父さんのチョップが脳天に突き刺さった。鈍器で殴られたような衝撃が襲ってきた。痛みが脳にまで響く。頭蓋骨が割れたかも。
くぅ~! 痛いです…。
「どうして先輩は学ばないんですか」
「うぅ~! 後輩ちゃ~ん!」
「あーはいはい。ナデナデしてあげますねー。でも自業自得ですよー」
呆れつつも、俺の頭を優しくナデナデしてくれる後輩ちゃん。痛いの痛いの飛んでけ~、と囁いてくれる。何故かわからないが本当に痛みが飛んでいった。後輩ちゃんの癒し効果だろうか? 恐るべし。
俺が痛みで悶え、後輩ちゃんのナデナデで癒されている間に、質問コーナーは進んでいたようだ。聞かないでよかったという安心感もあるが、一体何を話したんだという不安と恐怖もある。
何故だかウチの両親に憧れを抱いている生徒が多い気がするのは気のせいだろうか?
『名残惜しいですが、時間が来てしまいました。最後のお題のくじを引いてください!』
『はーい!』
お題が書かれたくじを、母さんが小さな手で引く。それを司会者がマイクに向かって大声で宣言する。
『T&Fさんが行うお題はこちら! みんな憧れのお姫様抱っこだぁ~!』
きゃー、ヒューヒュー、と大盛り上がり。確かにお姫様抱っこには憧れる。俺はされる側じゃなくてする側だけど。
全員の期待を背負った父さんと母さんは、慣れた様子でお姫様抱っこをする。
『なぁ~んだ。お姫様抱っこかぁ』
『Fさんはお嫌で? 僕は好きだけど』
『ううん! 私も大好きです!』
家で動きたくない時に母さんはいつも父さんにお姫様抱っこで運んでもらっている。俺は見慣れた姿だ。だけど、ここは学校の体育館のステージの上だ。俺は恥ずかしくて死にそう。
『おまけね!』
そう言うと、母さんは父さんの唇にキスをした。
歓声が爆発する体育館の中。俺の心の中は絶望が爆発する。
うぅ…何で実の両親のイチャイチャを見なければならないんだ…。誰か俺を殺してくれぇ~。
四つん這いに崩れ落ちた俺を、後輩ちゃんが優しく撫でてくれる。
「今日、家に帰ったらたっぷりと甘えてください」
「………そうさせていただきます」
息子の俺を絶望に追い込んだバカップルの両親は、笑顔で歓声にこたえていた。
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