第298話 カップルコンテストと後輩ちゃん

 

『レディィィイイス アァ~ンド ジェェントルゥメェエエエンッ! 本日はベストカップルコンテストにお越しくださり誠にありがとうございまぁす!』



 巻き舌が綺麗な司会者がマイクに向かって声を張り上げる。声が体育館に反響してうるさい。そして、観客の盛り上がる声もうるさい。耳を塞ぎたくなる。



『本日エントリーしてくださったカップルはこちらの五組でぇぇええす!』



 ステージの幕が開かれ、五組のカップルが観客の前に現れた。歓声と拍手で出迎えられる。きゃー、という女子の黄色い歓声と、男子からの冷やかしの声が恥ずかしい。


 ステージ上に立つカップルのうち、一組は男子同士。おふざけの罰ゲームで、いや、クラスの出し物の宣伝のため、無理やり強制的にエントリーさせられたらしい。ご愁傷様だ。


 二組目は女子同士。こっちも宣伝のためらしいが、お互いに満更でもなさそう。


 残る二組は公認のカップルのようだ。この二組のカップルも宣伝のために脅されたという。


 残り一組のカップルは、まあ、うん。俺と後輩ちゃんです。俺たちもクラスメイトに脅されました。客を掻っ攫ってこい、だってさ。俺たちは今、瞳が死んでいるだろう。後輩ちゃんはただでさえ目立つのが嫌いなのに。



「何故私たちはここにいるのでしょうか?」


「クラスメイトに脅されたからだ」


「くっ! 文化祭が終わったら、絶対にただじゃおきません」



 後輩ちゃんの瞳にメラメラと怒りの炎が燃えている。珍しい。後輩ちゃんが復讐モードだ。


 俺たちを脅してきたクラスメイトの女子たちよ。南無阿弥陀仏。アーメン。


 司会者がノリノリで声を張り上げる。



『しか~しっ! なんと今回! もう一組のカップルが急遽エントリーしてくださいましたぁ! あり得ないと思っていた外部からのエントリーでぇす! 登場していただきましょう! T&Fさんです!』



 へぇー。外部からのエントリーか。よく参加し…た………はっ?


 驚いていた俺は、そのカップルを見た瞬間、口をポカーンと開けて固まってしまった。


 T&Fというカップルは、親子のようなカップルだった。一目見てこの二人がカップルだとは思わないだろう。小学生のようなロリとダンディな渋いおじさん。隆弘T&風花Fだ。


 よりにもよって俺の両親かよ!?



『皆さーん! こんにちはー! 私がFで彼がTくんです! よろしくねぇ~! こう見えて、夫婦でぇ~す!』



 多くの観客の前にもかかわらず、俺は膝から崩れ落ちて四つん這いになった。止めろ…止めてくれぇ…恥ずかしいからお願いだから止めて…。


 夫婦という宣言により、観客は一瞬静まり返るも、拍手で出迎える。母さんは嬉しそうに手を振って歓声にこたえる。



『おや、雪女さん。どうされました?』



 司会進行役が、打ちひしがれている俺にマイクを向けてきた。



『…実の両親です』


『なぁ~んと! T&Fさんは雪女さんの実のご両親だったぁ~! サプライズでぇ~す!』



 くそう! 司会は知ってたのか! 本当にムカつく! 母さんもブイっとピースサインしているのがイラッとする。そして同時に恥ずかしい。


 俺、もう帰っていい?



「先輩。流石に同情します」


「ありがとう後輩ちゃん。やっぱり俺には後輩ちゃんしかいないよ…」


「わぁふっ!」



 一睡もしていない徹夜明けのテンションと、精神に極度の疲労を感じたことで、俺は後輩ちゃんに癒しを求めてしまったらしい。身体が勝手に反応して後輩ちゃんの身体を抱きしめてしまった。


 途端に巻き起こる大歓声。きゃー、という悲鳴と、ヒューヒュー、という冷やかし。指笛みたいなのを鳴らしている人もいるようだ。


 真っ赤になった俺たちは、即座に離れたけど、チラチラと視線を交わし合い、恥ずかしくてもじもじする。


 そのことが余計に観客を興奮させてしまったらしい。ボルテージが高まる。



『おうおうおう! 初っ端から見せつけてくれちゃってますねぇ~! 本コンテストはベストカップルを決めるという内容です。今のように思う存分いちゃついてください! つーか、私が見たい! もっと見せろぉ~!』



 司会者(女子)が自分の欲望をぶちまける。それでいいのか司会者?



「颯ちゃん! 葉月ちゃん! 今のはナイス!」


「あのヘタレの颯がなぁ…。成長したな。葉月ちゃん。ウチの颯をよろしく頼むよ」


「はい! 任せてください! 完璧に堕としますから!」


「父さん! 後輩ちゃん! 公衆の面前で何言ってんだ! 母さんもナイスって何だ!? そのニヤニヤ笑いとサムズアップを止めろ!」


「「「 照れなくても 」」」


「照れてない! 恥ずかしいんだよ!」



 ゼェーゼェーと肩で息をするが、この三人には通じない。父さんと母さんは俺を弄って楽しそうだし、後輩ちゃんも何故か揶揄いモードになっている。後輩ちゃんはこのコンテストで俺を揶揄うことにしたらしい。


 俺の味方は誰もいない。せめて後輩ちゃんだけは味方でいて欲しかった…。



『おやおやぁ~! 雪女さんに味方がいなぁ~い! 私からは『ドンマイ!』という言葉を贈りましょう! 観客の皆様もご一緒に! せ~のっ!』


『『『 ドンマイ! 』』』


『からのぉ~?』


『『『 爆発霧散しろぉ~! 』』』



 うるさい! ドンマイ言うな! 爆発も霧散もしないから!



『では、ベストカップルコンテストの開幕でぇ~す!』



 もう帰りたい…ぐすん…。


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