第297話 ストローと後輩ちゃん
テーブルに置かれているのはグラスに入ったフルーツジュース。美味しそうなのだが、ジュースから伸びているのはピンク色のストロー。それが複雑に絡み合ってハート型を形作っている。
よくあるカップル用のストローだ。うわぁ…。
俺は頭を押さえて蹲っているどこかの馬鹿なイケメンを冷たく見下ろす。
まるで冷たい吹雪に巻き込まれたように裕也は身体をガタガタと震わせた。
「裕也さん? これは一体どういうおつもりで?」
雪女らしく絶対零度を下回るほど冷たく言い放つ俺。今の俺の瞳は人を殺しそうなほど冷徹になっていることだろう。
あの~後輩ちゃん? 対面で頬を赤らめてうっとりしないでくれませんかね?
「説明してくれる?」
「説明も何も見りゃわかるだろ。ラブラブカップル限定のジュースだ。いやぁ~ノリで準備してみたけどさ、まさかお前たちが来てくれるとはなぁ。ナイスだぜ!」
キラーンと白い歯を輝かせてニヤニヤ笑顔になったので、とりあえず俺はもう一度チョップを落とす。とてもムカついた。
裕也は再び蹲って、くぉ~、と悶絶している。涙目で恨みがましく見上げる。
「
「それはそうですけど…」
「それに、これは今までに二つも注文されてるんだぜ。お前らで三組目のカップルだ。だから安心しろ!」
へぇー。こんなバカップルのものを注文するカップルが本当にいるんだ。
そのカップルは、周りの目を一切気にせず、お互いに相手のことしか見ていない正真正銘のバカップルなんだろうなぁ。絶対にそうに違いない。
裕也が指を立てながら、そのカップルのことを思い出す。
「まず一組目が昨日だな。そのカップルはもちろん俺と楓ちゃん!」
はっ? 今なんて?
「そして二組目が、ついさっきの仲良し夫婦。ぶっちゃけると、颯、お前のご両親で、俺の将来のお義父さんとお義母さんだ」
バカップルは二組とも俺の身内だったぁー! 嘘だろ…嘘だと言ってくれ…。
この超ラブラブストローでラブラブオーラをまき散らしながら、イチャイチャしていたのか? 俺の身内が?
聞きたくなかった…。
「というわけで、ゆっくりいちゃついてくれ! じゃあな!」
最後にサムズアップした裕也は、ピューンとどこかへと消え去った。
あいつめ…。あとで覚えとけ!
ため息をつきたくなる気持ちを堪えて、置かれたジュースと対面に座るニコニコ笑顔の後輩ちゃんを見る。
「では、飲みますか」
「あぁ。そうだな」
俺たちは同時にストローを口に咥え、ジュースを吸って飲む。
後輩ちゃんの顔が近い。長い睫毛も、綺麗な瞳も、ストローを咥えた艶やかな唇も、とてもよく見える。ふわっと甘い香りも漂ってくるし、体温まで感じられそう。
チラッと上目遣いの感じで見られた俺は、見惚れてしまってストローを口から離してしまう。
「綺麗だ…」
「ぐふっ! ゴホッゴホッ!」
「後輩ちゃん大丈夫か!」
「ちょ、ちょっとむせただけです。大丈夫ですから」
顔を真っ赤にしながら咳き込んで苦しむ後輩ちゃん。少しすると落ち着いたようだ。
あぁー苦しかったぁ、と呟き、涙で潤んだ瞳で恨めしそうに睨んでくる。
「不意打ちは卑怯だと思います」
「すまん。あまりに綺麗すぎてつい…」
「なんでこういう時はヘタレないんですかね? いつも不思議です」
いやぁ~なんでなんだろうな? 俺も不思議に思うよ。
俺たちは再びハート型のストローでジュースを飲む。
このジュースが予想以上に美味しい。丁度喉が渇いていたこともあるけど、素直に美味しい。
文化祭の料理は炭水化物や粉物系が多かったから、こういうフルーツジュースとかスムージーとかがありがたい。昨夜はカップラーメンだったし。
野菜不足を感じる二日目は儲かるのではないだろうか?
「美味しいですね」
「そうだな。こういうのを作ってみるのも面白いかも」
「っ!? それ良いです! ナイスアイデアです! 今度ぜひ作ってください! 私やお姉ちゃんが作ると、何が出来上がるかわかりませんから!」
最後の言葉は自慢げに言う所ではないと思うよ。そういう所は後輩ちゃんらしいけど。
後輩ちゃんと桜先生が作ったら、ポイズンクッキングのスキルが発動して、蛍光色や漆黒、蒼とか紫のドロッとした液体が出来上がりそうだなぁ。毒々しい白とかあるかもしれない。
うぅ…想像しただけで恐怖が襲ってきた。これ以上深淵を覗き込んではいけないな。
ジュースを飲んで癒されることにする。
「それにしても、このカップル用のストローはちょっと恥ずかしいな。変えてもらうか」
「私は先輩にお任せします。楽しめたので」
「そうか。じゃあ変えてもらおう。おーい! 裕也!」
「なんだぁ~? 写真か? 写真ならもう撮ったぞ」
「もう撮ったとはどういうことだ? ………後で送れ」
「了解!」
そんなにムスッとしなくても、後輩ちゃんにも送ってあげるから機嫌を直してください。
「それで、何の用だ? 俺としてはあっさりと飲んでて面白くなかったんだが」
「俺たちはお前を面白がらせるために飲んでねぇよ! 普通のストローを一本持って来い!」
「一本でいいのか?」
「ゴミが増えるだろ?」
「そっか。んじゃ、持って来るわ」
スッといなくなった裕也は、すぐに普通のストローを持って来た。ただ真っ直ぐなストローだ。何の変哲もない。
カップル用のストローと交換して、ゴクリとジュースを飲む。
「うん美味しい。やっぱりこのほうが落ち着くな。ほい、後輩ちゃんもどうぞー」
「ありがとうございまーす」
ストローをパクリと咥えて、今度は後輩ちゃんがジュースを飲む。
美味しそうに緩む後輩ちゃんの顔がとても可愛い。男装してても、今は女性の雰囲気しか感じない。凛々しいボーイッシュな女子だ。普段とギャップがあって、新鮮で、ちょっとした動作が俺の胸を撃ち抜く。
チロリと妖艶に唇を舐めた後輩ちゃんが、誘惑するように甘い声で囁いた。
「やっぱりこの方が美味しいですね…」
何故か急に喉が渇いて、カァっと熱くなった顔を冷やすように、ストローを咥えてジュースを飲む。
くそう! 後輩ちゃんが可愛すぎる!
そんな俺を後輩ちゃん派じっと見つめて、楽しそうにクスクスと笑っていた。
<おまけ>
「うわぁ…。極々自然な動作で間接キス…。カップル用のストローよりも甘いんだけど。物凄いイチャイチャラブラブしてるんだけど…。くっ! その手があったか! 俺も楓ちゃんとそうすればよかった!」
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