第296話 嫌な予感と後輩ちゃん

 

 文化祭が行われている校内を俺と後輩ちゃんは練り歩く。



「ごちゃ混ぜ喫茶に来ませんか?」


「ぜひお越しください」



 看板を持って、周囲の人に宣伝する。声を聞いて振り向いた人たちが、俺たちを見て固まり、石像と化す。目を見開いて固まるのは、正直とても怖い。ホラーかっ!?


 俺たちはメデューサか? 目が合ったら石になるのか? 雪女と吸血鬼なんですけど。



「クッキーやスコーンなどのお菓子がありますよ」


「お持ち帰りもできます」


「「 来てくださ~い! 」」



 ハッと我に返った人たちが、一斉に向きを変えて駆け出した。我先にごちゃ混ぜ喫茶に行こうと争いが始まる。一応ルールは守っているけど、目がマジだ。一人でも多く出し抜いて、自分が先に行くんだ、という鬼気迫る迫力を感じる。


 もう慣れたけど、何故こうなるのだろう? わからん…。


 教室は大行列して大繁盛しているだろうなぁ。クラスメイト諸君。頑張り給え。昨夜一晩中作っていたから在庫は十分あるだろう。頑張れとしか言えない。これは君たちが望んだことなのだから。


 俺と後輩ちゃんはデートをしつつ、勧誘という仕事を全うする。


 学校内を歩き回っていると、当然逢いたくもない人に遭遇してしまう。



「やっほー! また逢ったね、可愛い息子と娘よ!」


「うげっ!」


「実の母親に向かってうげっとはなんだぁー!」


「ぐふっ!?」



 見た目は小学生低学年の幼女が突進してきた。ダイブしてきて、頭が俺の鳩尾を深く抉る。痛みで倒れてくなるが、母さんが支えになって倒れられない。


 苦しい…誰か助けて…。



「風花さん。少し大人しくしてください」


「はーい!」


「先輩! 大丈夫ですか?」


「な、何とか…」



 母さんは父さんがなだめてくれ、痛みで悶絶する俺は後輩ちゃんが心配そうにナデナデしてくれる。後輩ちゃん…いつも本当にありがとう。俺は後輩ちゃんが大好きだ。


 父さんもありがとう。ロリコンだと思っていてごめん…。



「ぐおっ!?」


「おっとすまない。何やらイラッとして、手が滑ったよ」


「くぅ~~~~~!」



 ニッコリ笑顔の父さんから強烈なチョップが脳天に突き刺さった。今度こそ痛みで蹲り、消え去るのをひたすら待つ。


 痛い痛い痛い痛い! うぅ…涙が出てきた。痛いです…。


 父さんのチョップは脳にまで響いてくるんだ。穏やかな顔で繰り出される父さんのチョップは、俺と楓の恐怖そのものだ。どんなに騒いだり喧嘩をしても、父さんがチョップをするフリだけで、俺たちは即座にガタガタと震えて黙ってしまうくらい、体と心に恐怖が刻みつけられている。



「なるほど…先輩のチョップはお義父とうさん譲りなのですか。納得しました」


「勝手に納得しないでくれ…。母さん! 逢うたびにダイブするのは止めてくれ! いずれ肋骨が折れるわっ!」


「ごめんねぇ~。ちゃんと骨にぶつからないように調整してるから」



 てへぺろ、と舌を出して謝る母さん。年齢的に似合わないはずなのだが、身体はロリだからとても可愛い。でも、肉親だからイラッとするだけだ。そして恥ずかしい。



「母さん。後輩ちゃんとのデートを邪魔しないでくれ」


「はっ!? そうだよね。こういう時は陰からコッソリ覗くのがお約束だよね! 颯ちゃんごめんなさい! 葉月ちゃんもごめんねぇ」


「いえいえ! 私は気にしていませんから」


「じゃあ、私たちはもう邪魔をしません! 行こっ! 隆弘くん!」



 幼女の母さんがダンディな父さんと手を繋いで、まるで仲良し親子のように去って行った。あの二人が夫婦だと見抜ける者はいないだろう。


 ラブラブバカ夫婦がいなくなったことで、平穏が訪れる。


 俺と後輩ちゃんは同時に手を握り合うと、再び文化祭デートを再開させる。



「なんかすまんな」


「いえいえ。楽しいお義母かあさんじゃないですか」


「あれはうざいって言うんだよ…喉が渇いた…」


「あそこにちょうどいいお店がありますよ!」


「なになに? スムージー専門店? 搾りたてフルーツジュースもあるって書いてあるな。文化祭なのにすごいものを出すクラスもあるんだなぁ」



 喉も渇いたし、気になるお店だから立ち寄ってみることにする。


 意外とお客は多い。特に女性客。繁盛しているようだ。



「いらっしゃいませー! これはこれは伝説のカップルではございませんか」


「なんでお前がいるんだよ、裕也!」


「何だその口調は?」


「………なんで貴様がいるのかしら?」


「貴い様なんてありがたいなぁ。何故って、俺のクラスの出し物だし、ここ」



 俺の親友で妹の彼氏の裕也がニヤニヤイケメンスマイルを浮かべる。白い歯がキラーンと輝いた。


 クラスを確認すると、本当に裕也のクラスの出し物のお店だった。くそう。母さんと鉢合わせたことで油断してた。



「ささっ! どうぞお席に。すぐお飲み物をお持ちしますね」


「いや、注文取りなさいよ」


「ここは俺が奢るから! 座ってろ!」



 うわぁー。なんか物凄い嫌な予感がする。あのニヤニヤ笑顔。絶対に何か企んでやがるな。


 もう外に出ていい? 別の場所で飲み物買うから退出していいよね? 裕也が奢るらしいし。


 でも、後輩ちゃんが楽しみにしてるから、言い出せない。


 仕方がない。ここは諦めよう。後輩ちゃんのためだ。


 裕也はすぐに飲み物を持って来た。それを見た俺は、思わず頭を抱えた。



「お待たせ致しました。フルーツジュースのラブラブカップルヴァージョンにございます。ゆっくりとイチャついてくださいませ」



 とりあえず俺は、裕也の頭にチョップを落とした。

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