第295話 両親と後輩ちゃん

 

「あぁ…平穏が崩れ去ったわ…」



 俺はベンチに座って世界を嘆く。雪女に女装しているから女声だ。頭を抱えてこの世を絶望する。


 ウチの両親がクラスに押し掛けてきたのは少し前。あのロリの母親とダンディ父親がごちゃ混ぜ喫茶を気に入り、クラスメイト達とも仲良くなっていた。普段の俺の話を聞き、逆に昔の俺の話を暴露する。


 顔から火が出ると思った。いろんな話をぶちまけやがって!


 次から次へと吐き出されるから止めようとしたんだが、母さんとクラスの女子たちによって追い出されてしまったのだ。遮ったら酷い目合わせるから、と脅迫されて。


 今頃クラスメイト達に俺の黒歴史を全部喋っているんだろうなぁ…。ははは…。


 現在俺は、ごちゃ混ぜ喫茶の宣伝用看板を手に、ベンチに座って嘆いている。



「終わった…何もかも終わったわ…」


「げ、元気出してくださいよ」


「無理よ…」


「黒歴史くらい一つや二つ、誰でも持っているはずです! 私なんて先輩の黒歴史はぜ~んぶ知ってるんですから!」


「葉月さんは良いのよ…全部知っても…。でも、クラスメイトは別よ。葉月さんはクラスメイトに黒歴史を知られたいかしら?」


「そ、それはちょっと…」


「でしょ? はぁ…」


「もう諦めて受け入れましょう? 隣に座る超絶可愛い彼女の後輩ちゃんでも眺めて元気出してください!」


「うぅ…葉月さんだけがわたくしの癒しです…」


「おぉ。なんですかこの可愛い生き物は…」



 後輩ちゃんに泣きついたら、優しくナデナデしてくれる。今の状況は彼女が彼氏に甘えているようにしか見えないだろう。男女入れ替わっていた良かった。男が女性に泣きつくのはねぇ…格好悪いだろ?


 本当に後輩ちゃんは天使だろうか? 女神か? いや、俺の超絶可愛い彼女さんだったわ。



「それに、先輩の平穏なんか、遥か昔に私がぶっ壊していますから!」


「それはそうですけど。この理不尽な思いはどこにぶつければいいのでしょう?」


「私の身体に荒々しく…」


「ていっ!」


「くぉぉおおおおおおおおお!」



 俺の鋭いチョップが後輩ちゃんの頭に素早く振り下ろされた。後輩ちゃんは頭を押さえて痛みに悶え苦しむ。


 全く! 公衆の面前で変なことを言わないで欲しい。囁き声だったから周囲には聞こえていないだろうけど、気を付けてください。


 ………後輩ちゃんは欲求不満なのだろうか?



「………ヘタレ」


「うるさいですよ」


痛い痛いいふぁいいふぁい!」



 今度はミニョ~ンと頬を引っ張ったみた。よく伸びる。


 おぉ…。何というモチ肌。これは素晴らしいですなぁ。もうちょっと堪能しておこう。


 後輩ちゃんの頬をふにふに、むにむに、つんつんと弄って楽しむ。


 しばらく頬を弄って癒される。時々、ぷく~っと頬が膨れたが、その膨らみを潰してみた。甘い吐息が顔にかかる。ちょっと楽しい。


 最後に、両手で頬を優しく挟み込み、撫でてみた。気持ちよさそうだ。


 俺が頬を触っている間、ずっとされるがままになっていた後輩ちゃんに疑問を問いかける。



「葉月さんのご両親は文化祭にいらっしゃらないの?」


「ええ。ウチの両親は来ませんね。『私たちが行くと恥ずかしくてデートを楽しめないでしょ? だから、私たちは別の場所でデートするわね♡』と、母がメールを送ってきやがりました。なんですか、あの年中ラブラブのバカ夫婦は! わざわざデートの報告を娘にするなっ!」


「いいご両親じゃないか。ウチの両親と交換したい…」


「私もです。追伸で『弟と妹、どっちが欲しい?』って書かれてました」


「なんて返したんだ?」


「ただ一言『妹』と」


「いや、答えるんかい!」


「だって、妹欲しいですし。その二択なら妹に決まってます!」



 年齢を考えろや!みたいな返信はしないんだね。俺は絶対にする。


 でも、よく考えたらウチの両親も年中ラブラブのバカ夫婦で、よく二人っきりでデートに出かけるな。そして、同じことを聞かれた記憶がある。いつ弟か妹ができてもおかしくないラブラブっぷりだ。


 俺の家も後輩ちゃんの家も大して変わらないかも。


 子供に配慮するところは後輩ちゃんのご両親のほうが優れているな。ウチの両親は子供を揶揄って楽しむ趣味があるみたいだから。


 あぁ…あの両親のことなんか思い出したくもない。今は忘れよう。



「あんな親にはなりたくないな。反面教師にちょうどいいかも」


「それ、本気で言ってますか?」


「言ってるが何か?」



 何故後輩ちゃんは呆れ果ててため息をついているのだろう? 俺は心の底から思っているんだけど。


 後輩ちゃんが、年下の弟に優しく教えるお姉さんのような雰囲気を醸し出して、人差し指を立てて話し始める。



「では、想像してみましょう。私と先輩が結婚しました。夫と妻です! あっ…妄想したら嬉しくなってきた…。きゃー!」



 なんか一人で妄想して、一人で盛り上がり始めた。



「ダ、ダメです先輩。まだ外は明る…」


「ていっ!」


「くぉぉおおおおおおおおお! 良いところで何をするんですかぁあああ!」


「俺こそ、まだ外は明るいって言いたいんだけど。ほら。話の続きは?」



 妄想を止めた後輩ちゃんは、仕方がないですねぇ、と話の続きを始める。



「えーっとですね。我慢できなくなった先輩は私を抱きかかえてベッドに」


「誰が妄想の続きって言った!?」


「おっと。失礼しました。えーコホン! 結婚した私たち。先輩は私を可愛がって甘やかして愛しますか?」


「たっぷりと可愛がって甘やかして愛すだろうな」


「えへへ。じゃなくて! 子供ができたら?」


「当然子供も可愛がるな」


「では、そのイメージをそのままご両親に変えてみてください。違和感ありますか?」


「………ないな」



 何故かラブラブして子供を可愛がっている父さんと母さんの姿が妙に合う。今まで俺と後輩ちゃんだったのに…。


 いや、これは昔から見慣れた姿? 恐ろしく違和感がないのは昔の記憶だから?



「わかりましたか? 先輩の理想の夫婦像というのは、ご両親そのものなのです!」


「な、なんだってぇ~!? ということは、あのラブラブバカ夫婦にならないためには、イチャラブを減らせばいいのか!」


「えぇっ!? それはダメです! 沢山イチャラブしましょうよぉ~! 私は先輩とイチャイチャしたいんですよぉ~!」



 それだけは止めてぇ~、と縋りついて泣きつく後輩ちゃん。本気で嫌がっている。


 冗談で揶揄ったつもりだったんだけどなぁ。予想以上に効果があった。


 可愛い後輩ちゃんに癒される。


 後輩ちゃんもまだまだだ。俺が後輩ちゃんとのイチャラブを減らせるわけがないだろう?


 俺は、冗談だと告げるまで、後輩ちゃんを愛で続けるのだった。

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