第294話 ロリとダンディと後輩ちゃん

 

 クラスメイト達がパタパタと駆け回りながら準備に追われている。『布巾は?』、『メニュー表がない!』、『ちょっと男子邪魔!』と戦争のような激しさだ。


 お化け屋敷の飾り付けで少し震えている俺と、戦力外通告を受けた後輩ちゃんは、隅っこでその様子を他人事のように眺めている。



「忙しそうね」



 雪女のコスプレをしているので、女声で隣の後輩ちゃんに話しかけた。執事吸血鬼の後輩ちゃんは、何を言ってるんですか、とじっとり濡れたジト目で俺を睨む。



「先輩がみんなをフリーズさせたせいですよ。全く! 人前で誘わないでください!」


「「「 お前が言うな! 」」」



 クラスメイト全員の心の底からのツッコミが飛んできた。キッと睨んでくる。


 自覚がない後輩ちゃんは、ほぇっ、と可愛い声を漏らして、キョトンとしている。あの状況になったのは、後輩ちゃんが俺の首筋に吸い付いてきたのが発端なんだが、そんなことはきれいさっぱり忘れたらしい。



「あっ! もう10時になっちゃったじゃん!」


「うそっ! ホントだ! みんな準備はいい~?」



 あちこちから『いいよ』とか『ギリギリ間に合った』とか『こっちもなんとか』という声が飛び交う。最後に自分たちの服装を整えて、接客の顔を作った。



「ほらほらそこのバカ夫婦! いちゃつきながら宣伝してこーい! それがアンタらの仕事だぁー! テキパキ働け~!」


「「 う~っす! 」」



 下っ端のような返事をして、俺と後輩ちゃんは敬礼した。すぐに出て行かないとシフトに巻き込まれそうなので、即座に教室を出ることにする。


 ガラガラっとドアを開けると、もう教室の前に並んで待機している人が二人もいた。


 その二人を見た瞬間、俺の時間が止まった。冷や汗がドバドバと流れ出す。


 見慣れた幼女と渋いダンディな男性。親子にしか見えないラブラブバカ夫婦。


 俺の母さんと父さんだ。何故この二人がここにいるっ!?



「おっ? 隆弘くん隆弘くん! そろそろ開店だよ!」


「楽しみだね、風花さん」



 年季の入ったラブラブバカ夫婦が人目も憚らずイチャイチャしている。しかし、ほとんどの人は親子にしか見えないだろう。それくらい母さんは幼女だ。ランドセルが良く似合うロリだ。



「もうしばらくお待ちくださいね」



 声が少し裏返ったけど、何とか誤魔化せたはずだ。うん、大丈夫大丈夫。


 挨拶しようとした後輩ちゃんの手を掴んで、素知らぬ顔で歩き出す。


 父さんも母さんも気づかず、乗り切ったぞ、と思った瞬間、小さな手によって掴まれた。



「颯ちゃん。どこに行くつもりかな? かな?」


「実の両親を無視するとは良い度胸だね、颯」



 デジャヴュ! なんか昨日こういう展開があった気がする。何故完璧にコスプレしてるのにバレるのだろう?


 諦めて振り返ると、ニッコリ笑顔の両親が立っていた。



「文化祭、来たんだ」


「そう! 来ちゃった♡ どう? どう? 恥ずかしい?」


「滅茶苦茶恥ずかしいよ! 帰れ!」


「嫌で~す! 子供を揶揄うのが親の楽しみなんですぅ~! 颯ちゃん! とっても似合ってるよ! 可愛い! 今度家に帰ってきたら女の子の服を着てもらおうかなぁ」



 俺は絶対に家に帰らないと固く心に誓った。何が何でも帰らない。



「葉月ちゃん。颯がお世話になってます」


「いえいえ、お義父とうさん。私がお世話されてるんですよ」



 こっちは父と将来の娘で仲良くお喋りしてるし…。そこに、開店準備を整えたクラスメイトがやってくる。俺たちを見て、キョトンとする。



「もしかして、二人のお知り合い?」


「………俺の家族だ」


「うっそぉっ!? あの颯の家族!? みんなみんなぁ~! 颯のご家族がやって来たよぉ~!」



 このままだと教室内にいるクラスメイト全員が覗き見してきそうだ。騒ぎになるのは間違いない。なら、もう教室に押し込んじゃえ!



「ほらほら二人とも! 入った入った! ここだと迷惑になるから! お客様だぞ~! 準備よろしく」



 案の定、クラスメイトは押し掛けてきそうだった。その動きが止まる。


 俺と後輩ちゃんは父さんと母さんを席まで案内した。二人に注目が集まっている。



「うわぁー。颯のお父さんかっこいい! 渋いね! 結構似てる! そっくりじゃん!

そして、妹ちゃんは超可愛い!」


「癒されるわぁ。何歳だろ? 小学校低学年だよね? 妹いたんだ」


「妹ちゃんお持ち帰りした~い! くれないかな?」


「ねぇねえ! お名前は何て言うの?」


「私? 宅島風花で~す」


「いくつ?」


「永遠の二十歳! でも、女性に年齢を聞いちゃいけないんだよ!」



 大人ぶっている幼女にしか見えなくて、クラスメイト達はほんわかと癒されている。頭を撫でたり、頬をぷにぷにしたりし始める女子たち。母さんも嬉しそうに笑っている。


 わざと家族といったけど、みんな見事に引っかかってくれたらしい。そりゃ見た目は小学生だからな。母さんを一目で母親だと見抜いた者は誰もいない。後輩ちゃんでも無理だった。


 俺は心の中でクスクスと笑う。



「お義父さん、お義母さん。メニュー表はこれですよ」


「ありがとー葉月ちゃん! 流石私の娘! 隆弘くん、何にする? どれも美味しそうだね。半分こしよー!」


「もちろん喜んで」



 父さんと母さんは仲良くメニュー表を眺めはじめる。あれもいいこれもいい、と母さんが唸っている。



「へぇー。葉月はもうお義父さんお義母さん呼びなんだ」


「挨拶済み!? 恐ろしや~」


「外堀を埋めたんだね。まずはご両親から攻略するとは流石やでぇ~!」



 うりうり、と女子たちが後輩ちゃんを揶揄い始め、少し遅れて腕を組んで首をかしげる。何か真剣に悩んでいる。そして、カァッと目を見開いて一斉に叫んだ。



「「「 今、お義母さんって言わなかったっ!? 」」」


「言ったけど…」


「「「 妹ちゃんじゃなくてっ!? 」」」



 驚愕して口をあんぐりと開けたクラスメイト。視線を集めた母さんは、得意げに胸を張った。



「宅島颯の母です。皆さん、息子がお世話になってます!」



 静寂する教室。全てが無音になる。


 一瞬遅れて、クラスメイトの驚きの叫び声が学校全体を揺らした。

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