第293話 少女漫画のワンシーンと後輩ちゃん

 

「よっしゃー! 今日は文化祭二日目で、最終日やで~! みんなぁ~! やったるでぇ~!」


「「「 おぉ~! 」」」


「「「 お、おぉ~? 」」」



 テンションがぶっ壊れて、言葉までおかしくなっている文化祭実行委員の叫びに、同じくテンションがぶち壊れた女子が歓声を上げ、それに男子たちは戸惑って首をかしげている。


 そりゃそうだろう。女子たちは徹夜明けなんだから。女子たちは夜中にやってきて、朝までハイテンションで盛り上がっていたのだ。大丈夫か、と心配するくらい元気だった。今も元気だけど。


 ほんの数時間前まで、過酷な罰ゲームのボードゲームに勤しんでいた女子たち。夜会と称した乱痴気騒ぎは、俺がチョップを落としまくるという結果になった。


 何度も懲りない人もいたり、チョップされて嬉しそうな人もいたり、それはそれは大変だった。


 主に超絶可愛い美少女とか、絶世の美女とか、後輩とか、女教師とか、彼女とか、姉とか…。


 脱衣という罰ゲームで本当に服を脱がなくてもいいじゃん…。なんで男の俺がいるのに服を脱ぐんだよ。俺は男として認識されていないのか?


 ちなみに、後輩ちゃんと桜先生は、勝ちまくって、脱いだのは靴下くらいだった。クラスメイトや教え子の服を脱がせた二人のあのドヤ顔にはムカついたなぁ。可愛かったけど。


 寝ていない女子たちは、限界突破したテンションで、テキパキと開店の準備を行う。


 今日も昨日と同じように、俺は雪女の女装姿で、後輩ちゃんは執事吸血鬼の男装姿だ。



「せんぱぁ~い! 今日もデートを楽しみましょうね!」



 テンションが限界突破している後輩ちゃんが、クラスの全員の前でガバっと抱きついてきた。そのままむぎゅ~っと抱きしめて、スリスリと頬擦りしてくる。


 きゃー、と黄色い歓声が上がり、ちっ、と舌打ちのマシンガンも炸裂する。羨望と期待、殺意と憎悪。二つの正反対の感情が俺たちを射抜く。


 でも、後輩ちゃんは全く気にしない。俺しか見ていない。



「今日もいっただっきまーす! かぷり…ハムハム…レロレロ…」



 吸血鬼だから、俺の首筋に噛みついて、ハムハムと甘噛みし、歯形を付けて、最後にペロペロと舌で舐められる。とても恥ずかしい。


 キスマークを付けた後輩ちゃんは、満足そうに俺から離れた。


 首筋についた後輩ちゃんの唾液を、黙ってハンカチで拭った。もう仕方がないなぁ。



「ふっふっふ! 先輩は私のモノなのです! 誰にも渡しません!」



 ぶわっと魅了のオーラをまき散らす後輩ちゃん。凛としたイケメン執事吸血鬼から放たれる魅了は凄まじい。クラスメイトを全員虜にしてしまった。


 流石魔性の女。後輩ちゃん…恐ろしい子。


 このままでは俺も呑まれそうだ。俺も対抗して覇気…ではなく、氷のような冷たい雰囲気を纏う。今は雪女だからね。



「わたくしの恋人さん?」



 女声で言い、両手で後輩ちゃんの頬を包み込む。至近距離で目を合わせた。


 後輩ちゃんも執事吸血鬼の演技をして答える。



「何でしょう、颯子さん?」


「わたくし以外を魅了しないでくださる? 嫉妬してしまうわ」


「これは申し訳ございません。私としたことが、颯子さんにご不快な思いをさせてしまいましたね。ですがご安心を。私はあなたしか見ていませんから」



 男装イケメンが凛とした笑顔を浮かべる。


 うわぁー。少女漫画の王子様だこれ! 背後に美しい花が浮かんでいないか? 思わず幻視してしまったぞ。


 このシーンでは、俺はこう返答するべきだな。



「では、証拠を見せてちょうだい」


「しょ、証拠でございますか…」



 後輩ちゃんがわかりやすく動揺する。目をキョトキョトと彷徨わせた。


 今までテンションがぶっ壊れていたけど、急に我に返って冷静になったらしい。あまりの恥ずかしさに頬だけじゃなく、耳まで真っ赤になっている。


 うん、可愛いな。やはり揶揄うのは楽しい。最近、やり返しても、またやり返されるからなぁ。偶には一方的に揶揄うのもいいだろう。


 冗談だよ、と言おうとしたところで、後輩ちゃんの顔がキリッとした。



「証拠でございますね。颯子さん。目を瞑っていただけますか?」


「へっ?」


「おや。颯子さんは目を瞑るのはお嫌いですか。では、このままで」



 悪戯っぽく瞳を輝かせ、ニヤッと微笑んだ後輩ちゃんは、訳が分からず固まる俺の顔に顔を近づけて、そっと唇を合わせてきた。


 あまりの驚きで、更に身体が硬直し、俺は目を見開く。


 触れるだけの優しいキス。数秒間だけだったが、とても長く感じた。柔らかな唇の感触。ふわっと香る甘い香り。



「な、なぁっ!?」


「これでご理解いただけましたか?」



 くそう! 執事としてすまし顔をしつつ、揶揄い返すことが出来てちょっと得意げにドヤ顔している後輩ちゃんがムカつく! ムカつくくらい可愛い!


 まさかやり返されるとは! むぅ~! こうなったらとことんやってやる!



「ふ、不意打ちは卑怯よ!」


「ぐふぅっ!?」



 完璧に女を演じたら、今度は後輩ちゃんにダメージがいった。恥じらう姿がドストライクだったらしい。後輩ちゃんが胸を押さえる。


 ふふふ! やったぜ! 後輩ちゃんにクリティカルヒット! まだまだ攻めてやる!


 恥ずかしげにしつつも、おねだりするように瞳を潤ませる。



「……一回じゃ足りないわ。もっとして」



 そして、今度は俺から軽く後輩ちゃんにキスをした。ほんの一瞬、軽くチュッとするキス。


 後輩ちゃんの目が大きく見開かれた。



「さ、左様でございますか。仕方がありませんね」



 後輩ちゃんも乗ってくるか。いいだろう。とことん付き合ってやる。


 俺たちは相手の頬に手を添えて、超至近距離で見つめ合う。



「颯子さん…お慕いしております」


「あら。わたくしもあなたのことが好きよ」



 そう言って、二人っきりの世界に入り浸った俺たちは、お互いにキスをする。


 俺も徹夜でどこかおかしくなっていたらしい。


 クラスメイト全員に見られていることに気づいたのは、もうしばらく経ってからだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る