第292話 夜会と後輩ちゃん

 

 夜中2時過ぎという深夜の時間帯に学校に忍び込んできたウチのクラスの女子たち。静かだった家庭科室が急に賑やかになった。ワイワイガヤガヤと楽しそうな女子の声でいっぱいになる。


 威圧してしまった影響なのか、顔を赤らめた女子たちに見つめられているけど…。


 俺は彼女たちの行動力に呆れてため息をつき、お菓子作りに戻ろうとしたら、急に誰かから抱きつかれた。


 柔らかな身体。それも二人分。心地良くて癒される。ふわっと香る甘い香り。これは後輩ちゃんと桜先生だな。


 振り返ると、予想通り、後輩ちゃんと桜先生が俺に抱きついていた。何やらフーフーと息を荒げて俺の身体の匂いを嗅いでいる。犬かっ! それに、まだ風呂に入ってないから汗臭いかも…。



「くふぅ…至近距離で本気モードを出さないでくださいよ…」


「はふぅ…刺激的過ぎて困るのよ…」



 え、えぇ…。毎回毎回思うけど、どうなってるの、これ? というか、周りに多くのクラスメイトがいるんだけど!


 でも、そのクラスメイトの女子たちは、全く気にする様子はない。むしろ、同意するように、うんうん、と頷いている。



「わかるよぉ~。実にわかるよ、その気持ち」


「いやぁ~。私たちでアレだから、嫁と姉はもっと影響が強いよね」


「別にあたしたちのことは気にしなくていいから。続けて続けて」


「「 では遠慮なく 」」


「遠慮しろ、このポンコツ姉妹!」



 俺は二人の頭にチョップを落とした。ズドンッとチョップではあり得ない音が響き、くぉ~っと二人が頭を押さえて蹲った。


 今夜で二度目だぞ。深夜テンションだからか? いや、元からか。


 家では許すけど、それ以外の場所ではダメです。特に他人がいるときは。我慢してください。



「ほら桜先生。深夜出歩くという危険なことをした女子たちを叱ってください。教師として」


「はっ!? そうだったわ! みんな! 危ないことしちゃダメじゃない! メっよ! 今後は絶対にしないこと! いいわね?」


「「「 ほ~い! 」」」


「うむ! よろしい!」



 それでいいのか? 全員手を挙げて元気よく返事をしたけど、『はい』じゃなくて『ほい』だったぞ。ウチのクラスの女子らしいけど。


 お説教終わり、と桜先生はクールな女教師の仮面を脱ぎ捨て、ポンコツ姉モードになって、女子の輪に加わった。後輩ちゃんも女子たちに混ざる。


 俺は一人寂しくお菓子作りを続けますか。



「そこの美少女さんと美女さんや? 暇しておりませんでしたか?」


「もしかして、颯とイチャコラしてた? あんなことやこんなことで盛り上がってた? 爛れた肉欲の行為に没頭してた? 夜の学校ってそんな雰囲気あるよね!」


「残念ながら、先輩の邪魔をしないよう大人しくしてました」


「右に同じよ~!」



 まあ、後輩ちゃんは桜先生の左側にいるけどな。細かいことは気にしない。


 女子たちは何故か残念そうに肩を落とし、落胆の眼差しを俺に送ってきた。言葉にしなくてもわかる。彼女たちは『このヘタレ野郎が!』って思っているに違いない。


 ヘタレですみませんね! それに、お菓子を作るように命令してきたのは君たちだよね!? あんなに大量に材料を準備しやがって!


 俺は女子たちの話を聞きながら、せっせとお菓子を作り続ける。



「90%くらいの確率でそんなんだろうと思ってたけど、案の定か…」


「いいじゃんいいじゃん! それはそれで見てて楽しいし! というわけで、暇な女性二人に良いもの持ってきたぜ!」



 女子たちが持ってきたものをジャジャーンと発表する。



「まずは夜食! 太らないようにカロリーも考えて持ってきました!」


「飲み物も、ジュースじゃ飽きるから緑茶です」


「えっ? 私太らないけど…。太ってもまず胸につくし…」


「私も~!」



 後輩ちゃんと桜先生は、今、他の女子全員を敵に回した。恨みと殺意が籠った瞳が、ギロリとリアルチート美ボディを持つ二人を貫く。



「我慢だ…ここは我慢だ…淑女諸君! ここは一旦我慢して、後で二人をボコろう」


「「「 賛成 」」」



 取り敢えず、二人への制裁は後回しにするらしい。後輩ちゃん、桜先生、頑張ってくれ。



「コホン! 話を続けよう。それでそれで、持ってきたのはねぇ、オセロに将棋、チェス…」


「トランプとかカードゲーム」


「ジャジャーン! 脱衣麻雀もあるよ!」



 ほうほう。スマホのゲームでもなく、アナログのボードゲームですか。今どきの女子には珍しい。


 ………んっ? ちょっと待てよ。最後の奴はちょっとおかしくなかったか?



「おぉー! ナイスです! さっきまで暇で暇で腕相撲して遊んでたの!」


「他にも、あっちむいてホイとかしてたわよ」


「いや腕相撲って…まあいいや。じゃあ、丁度よかったね」



 女子の一人が代表して椅子の上に立ち上がった。


 危ないし、淑女なんだから今すぐ降りなさい。



「淑女諸君! 『麗しいご令嬢の美しき夜会 ~ちょっとエッチでポロリもあるかも!?~』をはっじめっるよぉ~!」


「「「 おぉ~! 」」」



 いやいや! 椅子に立っている時点で麗しいご令嬢でもないし、美しくもないから! ご令嬢なら『おぉ~!』っていう返事もしないから! そして『ちょっとエッチでポロリもあるかも』ってどういうことっ!?


 心の中のツッコミが追い付かない!



「どのゲームも罰ゲームは脱衣ね!」


「よっしゃ! 葉月と美緒ちゃん先生を丸裸にしてやる!」


「ふっふっふ! やれるもんならやってみな! 返り討ちにしてやりますよ!」


「大人の女性である先生を嘗めないで!」


「ババ抜きやる人この指とーまれっ!」


「ババ抜きっ!? 三十歳のおばさんを仲間外れにするつもりなのっ!?」


「「「 いやいや! 美緒ちゃん先生がおばさんなら、他の人は全員おばあちゃんだよ! 」」」



『後輩ちゃんも桜先生も脱衣にノリノリなの!?』とか、『その女子のツッコミには同意する』と心の中で思いながら、俺はお菓子を作り続ける。


 夜会が盛り上がる女子たちに、時々クッキーをプレゼントしながら、楽しそうな後輩ちゃんと桜先生を眺めるのだった。


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