第291話 侵入者と後輩ちゃん

 

 草木も眠る丑三つ時。シーンと静まり返った家庭科室にお菓子を焼くいい香りが漂っている。


 眠気は一切ない。だって、時々チーンとオーブンのタイマーが切れる音が響き渡るから。びっくりして眠気など吹っ飛ぶ。ただでさえ深夜の学校が怖いのに。


 少し前に後輩ちゃんと桜先生に引きずられながら学校の探索にも行き、もう泣くかと思った。いや、実際少し泣いた。帰る時は呆れ果てて恐怖など吹っ飛んでいたが。


 本当にポンコツ姉妹をどうにかしてほしい。


 そのポンコツ姉妹は今何をしているのかというと、あまりにも暇すぎて腕相撲をしている。綺麗な腕を机に乗せて、しっかりと握り合い、むむむーっと力を入れている。


 二人の腕がプルプルしている。踏ん張っている姿も、小さな子供みたいで可愛い。ほのぼのする。癒される。


 なんだこの可愛い生き物たちは。俺をキュン死させるつもりなのか!?



「お、お姉ちゃん…力を抜いてもいいんだよ?」


「い、妹ちゃんこそ…力を抜いたらどうなの?」


「私は、抜いてますよ…。まだ全力じゃないから」


「お姉ちゃんだってぇ…全力じゃないわ」


「私が勝つ…!」


「勝つのはお姉ちゃんよ…!」


「「 むむむ~っ! 」」



 勝負は拮抗している。全く動かない。可愛いからしばらく眺めておこう。



「「 ふんにゃ~っ! 」」



 えっ? 何その可愛らしい踏ん張る声は…。顔も (>_<) みたいになってるし。とても癒されるんですけど!


 じっくり眺めよう。この可愛らしい時間を記憶に留めるのだ!


 可愛らしい雄たけびを上げながら、プルプル踏ん張って力んでいた二人は、同時にバタリと机に突っ伏した。はぁはぁ、と息を荒げている。力を入れていたせいか、肌はピンク色に染まっている。


 俺もお年頃の男だ。エロいと思ってしまうのは仕方がないことだ。


 後輩ちゃん、桜先生、ありがとう。



「くっ! 勝負は引き分けですか…」


「次こそは決着をつけるわ…」



 机に突っ伏したまま、ガシッと手を握りしめ合った。お互いに相手をたたえ合っている。どうやら、腕相撲をしたことで姉妹の絆が更に深まったらしい。



「なんで腕相撲をしていたんだ?」


「だって暇ですし~」


「ですし~」


「先輩はお菓子を作っているので抱き締められませんし~」


「ませんし~」


「今は丁度丑三つ時…。幽霊が出てきて欲しいです!」


「欲しいです!」


「マジで止めろ! それだけは勘弁してくれ!」



 後輩ちゃんが丑三つ時って言葉を言ったから、体中に寒気が走ってぞわっとしてしまったではないか! うぅ~もう嫌ぁ。二度と夜の学校には近づかないぞ。


 その時、学校の廊下から、パタパタと人が歩く足音が聞こえてきた。それも複数人。静かな校舎に響き渡り、徐々に近づいてきている気がする。



「お、おい…後輩ちゃん、姉さん? 一体何をした? 録音した音声を流しているのか? 流石に笑えないぞ? 二人のせいなんだよな!?」


「ち、違いますよ! 私たちは何もしていません!」


「お姉ちゃんも何も知らないわ!」



 二人の顔は少し強張り、綺麗な目を見開いている。この動揺っぷり。どうやら嘘はついていないらしい。ということは、本当に幽霊!?



「ひぃっ!?」



 俺は後輩ちゃんと桜先生を二人まとめて抱きしめると、背後に隠れてガクガクブルブルと震える。


 ホラー嫌い。怖いの嫌い。幽霊怖い。大っ嫌い。もう嫌ぁ…。



「ここは先輩が男らしく守ってくれるシーンだと思うのですが」


「俺はホラー相手だと、容赦なく後輩ちゃんでも姉さんでも盾にするぞ!」


「実際盾にしてるわね。弟くんらしいけどねぇ~。乙女心としては複雑よ」



 ホラーに強い後輩ちゃんと桜先生は、動揺から立ち直って、はぁ、と落胆のため息をついた。


 仕方がないじゃないか。怖いものは怖いの! それについ最近、ハロウィンでトラウマを植え付けられたばかりだから。もうホラー関係のものを見たくもありません。


 複数人の足音は徐々に家庭科室に近づいてくる。結構人数は多そうだ。幽霊の大行進か? 俺死んじゃう!


 後輩ちゃんが恐怖を滲ませた声で小さく囁いた。顔が青い。身体も少し震えている。



「も、もしかして、強盗…とかじゃないですよね?」


「あ、あり得るわ。文化祭期間中だから、お金も保管されてるだろうし…」


「何? 強盗か?」



 身体がサーっと冷たくなるのを感じた。頭が冷静になり、恐怖心が吹っ飛ぶ。


 幽霊は怖いけど、強盗なら全然怖くない。いや、怖いは怖いけど、幽霊に比べたら微々たるもんだ。


 俺は背中に後輩ちゃんと桜先生を庇い、家庭科室のドアを鋭く睨む。いつでも動けるように拳を握り、威圧感を出す。



「「 ひょぇっ!? 」」



 背後から驚きの声が上がった気がするが、今は無視する。


 懐中電灯の明かりが見えてきた。足音が近づき、ドアの濁ったガラスに人影が浮かび上がる。


 ガラガラっとドアが開いた。その瞬間、俺は威圧を強くする。



「「 ひゃぅっ!? 」」


「「「 あぁ~んっ♡ 」」」



 嬌声のような声をあげた侵入者たちが一斉に座り込み、落とした懐中電灯が音を立てて床を転がる。俺の背後でも崩れ落ちるような音が聞こえた。


 あ、あぁ~ん? 何だその声は…。侵入者は女性か? それも若い。



「い、いきなりはダメだよぉ~」


「不意打ちはらめぇ~」


「せ、折角お風呂に入ってきたのにぃ~」


「私、もうダメかもぉ~。堕ちちゃったよぉ~」



 んっ? この声は…。とても聞き覚えがあるぞ。もしかして…。


 家庭科室の明かりに照らされた女子たちは、ウチのクラスの女子生徒たちでした。


 全員制服姿で、床に崩れ落ち、顔を真っ赤にしている。自分の身体を抱きしめて、トロ~ンと顔が蕩けている。瞳は熱っぽい。熱い吐息を荒げている。



「おい。こんな時間に何してんだ?」


「何って、折角許可取ったし、お泊り気分で乗り込もうぜっ! ってなったの。でも、いきなりの発情オーラは予想できなかったよぉ。もしかしてヤッてる最中だった?」


「ウチらもま~ぜてっ! 誰にもバレないように侵入してきたし!」


「勝負下着穿いてきてよかったぁ!」


「えっ? どれどれ? あたしに見せて!」


「ウチもウチも!」


「いいよ~。今ので汚れちゃったかもしれないけど」


「「 キモッ 」」


「ちょっと! あんたらも似たようなもんでしょうが!」



 何故か取っ組み合いの喧嘩が勃発する。相手を押し倒して、ゴロゴロと転がるだけだからいいんだけど、スカートが捲れ上がって、その勝負下着とやらが丸見えになっているから…。


 勝負下着は彼女の名誉のために黙っておこう。大胆に勝負してますね、と思ったのは仕方がない。


 徐々に復活し始めた女子たちは、ヨロヨロと家庭科室に入って椅子に座った。


 こんなに騒がしくて自由な女子たちは、ウチのクラスだけだろうなぁ。


 俺は、あまりにも呆れ果てて、悟りの境地に至りそうになってしまった。

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