第289話 家庭科室と後輩ちゃん

 

 時間は19時半。11月なので、家庭科室の窓の外はすっかり暗くなっている。学校の教室の明かりは、まだ煌々と輝いているが。


 俺はカップラーメンをズズズッと啜った。珍しくインスタントを食べている。家庭科室に、お菓子の材料と一緒に『食べていいよ♡』と書かれて置いてあったのだ。


 偶にはこういうのもいいだろうと思って、今日の夕ご飯はカップラーメンになった。


 ふむ。時々食べるのならいいかもしれないな。頻繁に食べたくはないが。



「ズズズッ! カップラーメンなんて久しぶりよ」


「ズズズッ! そうだね、お姉ちゃん。いつぶりだろ」



 家庭科室の丸椅子に座った超絶可愛い美少女と絶世の美女もカップラーメンを啜っている。


 カップラーメンを食べているだけなのに、何故こんなにも美しく見えるのだろう? カップラーメンも、三ツ星レストランのパスタに見える。絶対に二人の美貌のせいだな。



「弟くんが作ってくれたからかしら? 美味しく感じるわ」


「先輩の料理は何でもおいしくなるのです!」


「カップラーメンに卵を入れたものを料理とは言わん! それは俺のプライドが傷つく」


「「 ごめんなさ~い 」」



 後輩ちゃんと桜先生がそろって謝罪した。ズズズッと麺を啜る。


 まさか『カップラーメンに卵を~(以下省略)』というセリフを言うとは思わなかった。二人は料理ができないから、永遠に言わなくていいセリフだと思っていたのに。まあ、漫画や小説のシーンとちょっと違うけど。


 俺も割り箸で麺を掬い、ズズズッと啜る。



「んで? 何故姉さんがいるんだ?」



 俺はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。


 家庭科室にいるのは俺たち三人。家にいる時みたいに接していいだろう。桜先生も普通にポンコツモードだし。


 ポンコツの姉は残念オーラをまき散らしながら、カップ麺から顔を上げた。



「何故って監督だけど」


「監督?」


「そう。監督。家庭科室を生徒だけで使わせたらダメでしょ? だから、お姉ちゃんが責任者として監督することになりました。これもお仕事なのです。褒めて褒めて! お姉ちゃんはお仕事を頑張ってるの!」



 俺と後輩ちゃんが残ると知っていたのか?


 ………クラスの女子なら、言う可能性はあるな。むしろ、俺たちが残ることを囁いて、許可を取った可能性が高い。そして、許可を出した教師というのが目の前にいるこのポンコツ姉なんじゃ…。


 まあいっか。桜先生は寂しがり屋だし。


 子犬のようにキラッキラと瞳を輝かせて、褒めて欲しそうにしているから、頭をナデナデしておくか。



「そうだな。仕事熱心で偉いな」


「頑張っているお姉ちゃんにナデナデです!」


「わーい!」



 桜先生のお尻の辺りから、ブンブン激しく振っている子犬の尻尾を幻視する。とても嬉しそうだ。



「別に二人は帰ってもいいんだけどな」


「嫌です! 寂しいじゃないですか!」


「嫌よ! 寂しいじゃない!」



 ですよね~。そうだと思いました。二人はとっても寂しがり屋だから。


 二人は俺が家を空けなきゃならなくなったらどうするつもりなんだろうか? 前回、俺が家出(?)をした時は、すごいことになったけど。まあ、俺も寂しさでおかしくなりそうだった。



「私も一緒に居たらダメなんですか?」


「弟くんのことは信じてるから、帰っても大丈夫だと思っているけど…」



 美少女と美女のウルウルとした瞳での上目遣い。胸がズキューンと撃ち抜かれる。


 顔を逸らそうとするが、あまりの可愛さと綺麗さと美しさで顔が動かない。二人のウルウル攻撃に俺はあっさりと負けてしまう。効果は抜群だった。



「………そんなわけないだろうが。一緒に居て欲しいに決まってる」


「うふふ。そうですかそうですか。先輩も一緒に居て欲しいと思っているんですか」


「うふふ。弟くんも寂しいのね。なら、お姉ちゃんと妹ちゃんもずっと一緒に居なきゃ」



 頬を赤くした後輩ちゃんと桜先生が超ご機嫌になって、ニッコニコ笑っている。いやんいやん、と身体もくねらせている。………ちょっと可愛い。



「でも、お風呂とかいいのか? 一晩中かかると思うぞ」



 俺は用意されていたお菓子の材料に視線を向けた。見たくなかったんだけどな。


 そこには、『業務用かっ!?』、『工場で作るのかっ!?』とツッコミを入れたいくらいの量の材料が積まれていた。実際、家庭科室に足を踏み入れた時に突っ込んでしまったけど。


 絶対に朝までかかるな、これは。


 後輩ちゃんと桜先生は、顔を見合わせてあっけらかんと言った。



「別にそれくらい良いですよ。朝に一回帰ってシャワー浴びればいいですし。入浴剤も作りましたが、使うのはいつでもいいですよ、私は」


「入浴剤!? お姉ちゃんも一緒に入るー!」


「いいよー。そのつもりだったし」


「わーい! それに、入りたかったら、学校にもシャワールームあるわよ。お姉ちゃんが使用を許可しまーす! みんなで入る?」


「いいね、それ! 少し前に、シャワールームで初めてを交わし合ったアニメがあったし! それはそれでありです」


「無しだよ! 絶対に無しだよ! 姉さんも職権乱用するな!」


「あら。権力は行使するためにあるのよ」


「誰かこの姉妹を止めてくれぇ…」



 俺は天井を見上げて願った。本当にお願いです。このぶっ壊れた姉妹を何とかしてください。何でもしますから! (無理です by作者)


 常識が変なところだけぶっ壊れている姉妹は、テンションが上がってさらに盛り上がる。



「それにそれに~! 私たちは帰れない理由があるのです!」


「そうよ! お姉ちゃんと妹ちゃんはしなくちゃいけないことがあるの!」



 二人がしなくちゃいけないこと? 一体何だろう? 全然わからない。ニヤニヤ笑っているから、楽しいことだろうけど。


 ま、まさか! 桜先生の権力を行使して、花火をしようって考えじゃないよな? 花火だったら俺が全力で阻止させてもらうけど! 危ないからな!



「先輩。よ~く思い出してください」


「なんだ?」


「ここはどこですか?」


「んっ? 学校の家庭科室」


「弟くん。時間は?」


「19時半過ぎ。夜だな………………んっ? 夜?」



 俺はある考えに到達し、ドバドバと体中から冷や汗が流れ出す。


 直感が反応し、手遅れな警報を発してくれる。


 何故気づかなかったんだ。いや、ずっと気づかないほうが良かった。


 やばいやばいやばいやばい。まさか二人が考えていることって…。



「その様子だと思い至ったようですね。そう! ここはホラーの定番! 夜の学校なのです!」


「お姉ちゃんと妹ちゃんは怖がる弟くんを愛でなきゃいけないのです!」


「いやぁぁぁあああああああ! 俺もう帰るぅぅうううううううう!」


「「 ダメで~す♡ 」」



 逃げ出そうとする俺の両腕を、ガシッと掴まれた。柔らかなものに包まれるが、今は堪能している場合ではない。一刻も早く帰らねば!


 でも、後輩ちゃんと桜先生は決して離してくれなかった。


 もう俺はホラーは嫌なんだ! 誰か助けてくれぇ…!





 俺の願いは誰にも届かなかったとさ。


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