第288話 一日目の終わりと後輩ちゃん
「み、みんなぁ…い、一日目…お疲れ…様ぁ…」
今にも死にそうな弱々しくてかすれた声が、所々途切れ、教室の半ばで消えていく。
文化祭実行委員の女子は、げっそりと痩せて顔色が悪い。髪はぼさぼさ。目が死んだ魚のように濁っている。その下には真っ黒な隈。
一体何があった!?
周りを見渡すと、クラスメイト達全員が似たような姿だ。立ち上がる元気もないようで、床に座り込んだり、倒れ込んだり、ピクピク痙攣したり、お互いに背を支え合ったりしている。
今日シフトがなかった人も何故か疲れ果てている。全員が死にそう。
でも、全員に共通していることがもう一つあった。それは、連続の激戦を生き抜いた達成感と誇りだ。やりきった、乗り越えた、という確かな達成感が疲労感と共に漂っている。
本当に何があった!? 魔王でも攻めてきたのか!?
「魔王ね…あながち間違いじゃないかも…」
「えーっと…何があったのか聞いても良い?」
ただ一人、俺と同じで元気で困惑している後輩ちゃんが、クラスメイト達に恐る恐る問いかけた。クラスメイト達がグリンとぎらついた瞳で後輩ちゃんを睨む。ビクッと身体を強張らせた後輩ちゃんが俺の背中に隠れた。
あの~。俺も怖いんだけど。ホラーよりも怖いんですけど! 後輩ちゃん助けて!
「何があった、ね……あんたらのせいよ、このバカ夫婦…」
「俺たちのせいってどういうことだ?」
明確な恨みと殺意を込められてキッと睨まれた。怖いから見ないで!
「あのね…宣伝しろって言ったけどさ、これほどとは思ってなかったよ! もう在庫がすっからかんよ! 次から次にお客さんが来て、長蛇の列ができて、トイレ休憩もお昼休憩も無し! シフトに入ってなかった子も呼び出して、フル稼働だよ! これも全てあんたらバカ夫婦のせいよ! おかげでガッポガッポ儲かったからありがとう!」
あぁ~。なんかごめんね。あちこちで注目集めたから宣伝したら、周りにいた人がほぼ全員ここに向かっちゃったんだ。
ミスミスコンの観客も終了と同時にどっと押し寄せたみたいだから、現場は忙しかっただろうね。
うん…これは俺と後輩ちゃんのせいだ。ここまで宣伝効果があるとは俺たちも思わなかったんだ。
でも、儲かったみたいだからいいよね!
クラスメイト達がブツブツと呟く。
「マジで死ぬかと思った……いや、もう何度か死んでるって絶対…」
「過労死する…バタリ…」
「ブラックだよ…超ブラックだよ…労働改善を要求する…労働基準監督署に通報する…」
「ふはははは…私がルールなのだ!」
文化祭実行委員の女子の高笑いに、クラスメイト達が弱々しくブーイングする。しかし、途中で力尽きてぐったりと床に伸びる。
ぐてーっと倒れ伏す彼らを見て、俺と後輩ちゃんは申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、恐る恐る話しかけた。
「げ、元気出して! そ、そうだ! 誰か学食の食券5000円分欲しい奴いないか? あげるぞ」
「そ、そうですよ。ミスミスコンで私たち優勝して食券を貰ったんです。私の分の5000円もありますよ」
「あぁ…今は元気ないから明日終わったら争奪戦ね…みんなもそれでいいでしょ?」
「「「 うぃ~っす… 」」」
誰もが本当にだらしなく、脱力して、疲れ果てた返事をした。
もう全員やる気がない。喋る元気もない。
みんな…お疲れ様でした…。
実行委員の女子がゆっくりと顔を上げて、パチンと指を鳴らした。
「もう我慢できない…バカ夫婦の夫! アレ持ってきて!」
「アレってアレかっ!? 明日の予定じゃ…」
「さっさと持ってくる! 返事は!?」
「うぃ~っす!」
「ふざけてんのか!?」
「す、すんません! 今すぐ持って来るっす!」
俺も返事を真似してみたら、反社会的勢力のお頭のようにガンを飛ばされて、滅茶苦茶低い声で怒られた。俺はチャラ男の下っ端のような返事をして、即座にアレを持って来る。
アレとは、文化祭が終わったら、打ち上げの時に食べようと残しておいたクラスメイト用のお菓子だ。クッキーやスコーン。ちょっと大量にある。
それを持ってきて、一人一人に配る。力が入らない様子だったから、弱々しい手の上にポトッと落としておいた。
お菓子を見つめて、瞳に少し輝きが戻る。
全員に行き渡ったところで、実行委員の女子が力を振り絞って声を張り上げる。まあ、かすれていたけど。
「紳士淑女諸君! クソ地獄のような修羅場を潜り抜けた勇者諸君! まずはお疲れ様!」
おいおい。淑女でしょうが。言葉がはしたないですよ。気を付けてください。
「長々と喋ることはしない! 諸君! 食べるぞ! せーのっ!」
「「「 いただきまーす! 」」」
小学生低学年のように行儀よく手を合わせて声をそろえたクラスメイト達は、渡されたお菓子に齧りついた。ハグハグモグモグと一心不乱に食べまくる。
顔は美味しさと幸せで緩み、一口食べるごとに元気を取り戻していく。
実にいい食べっぷりだ。作った甲斐がありました。
今話しかけたらキレられそうなので、俺と後輩ちゃんも黙って食べる。
うん、美味しいです。ミスコンで精神を削られて疲労したのが癒されていく。
無言で食べ続けた俺たちは、最後に全員で手を合わせる。
「「「 ごちそうさまでした! 」」」
いやー美味しかった、と元気を取り戻したクラスメイトが口々に言う。満足したようだ。お腹をナデナデしている。
「さぁ~て諸君! 満足したところで一つ言いたいことがある! 呑気にデートしていたバカ夫婦に、私たちと同じ修羅場を味わってほしくはないかぁ~!?」
「「「 さんせー! 」」」
「はぁっ!? ちょっと待て! なに賛成してんだ! 俺たちだって大変だったんだぞ!」
「そうですよ! 取引の結果、私たちはデートしながら宣伝するのが仕事になったはずです! 私たちも仕事をしていましたよ!」
「バカ夫婦の意見は認められませーん! 私がルールです!」
この横暴実行委員め! 胸を張ってドヤ顔しているのがちょっとムカつく。
「バカ夫婦の夫よ!」
「なんだ?」
「今から明日の朝まで一睡もせず、お菓子を焼き続けるのだ! ふはははは! 地獄を味わうと良い!」
「はぁっ!?」
「まあ、ぶっちゃけ在庫が無くなったわけですよ。補充するか、明日はもう売らないかの二つの選択肢があったんだけど、みんなで話し合った結果、明日も地獄だろうけど頑張ろうってなったの。折角の文化祭だからね。これはこれで楽しいわけよ」
クラスメイト達がキラ~ンと歯を輝かせてサムズアップをする。全員ドヤ顔なのがちょっとムカつく。本当に仲良いなぁ。
「材料は手配済み。夜の家庭科室は誰も使わないから、使用許可も取ってある。泊ってもオーケー! というわけで、お菓子作って♪」
はぁ…こう言われたら作らないわけにはいかないじゃないか!
折角の文化祭だ。お祭りだ。楽しまなくちゃ損だよな!
後輩ちゃんをチラリと見ると、美しい笑顔で軽く頷いた。
俺はクラスメイト達にニヤリと笑う。
「明日、後悔するなよ?」
「するわけないじゃん。ギブアップしそうなら、あんたらも呼び出すから」
「それだけは勘弁してください! 今でも失神しそうなほど怖いんです!」
俺はホラー仕様の教室の中で、ビクビクしながら深々と頭を下げた。
クラスメイト達がどっと笑う。後輩ちゃんも楽しげに、俺は若干顔を強張らせ、涙目で笑い合う。
明日は文化祭二日目で最終日。明日も楽しいことになりそうだ。
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