第287話 ミスコンと俺

 

 ミスターコンが終わった。一位はミスコンが終わってから最後に発表するらしい。


 まあ、目的はクラスの出し物の宣伝だから、順位はどうでもよさそうだけど。出場した後輩ちゃんも裕也も結果は気にしてなさそうだ。


 裕也はあっさりと楓の横に座ってイチャイチャしている。ミスコンに出場する俺を揶揄うんだとさ。くっ! 今すぐ逃げたい!



「逃がしませんよ」



 輝く笑顔の後輩ちゃんが俺の腕を掴んで離さない。こめかみに青筋が浮かんでいる気がする。綺麗な瞳が、逃げたらただじゃおきません、と言っている。


 ギュッと握られた腕が少し痛いです…。


 さっき俺を揶揄ってストレス発散したんじゃないのかよ! 俺はまだダメージを引きずっているんですが!


 思わず脳裏に、キスマークがついた後輩ちゃんの裸体を思い浮かべて……ぐはっ!?



「何一人で悶えているんですか」


「ちょ、ちょっといろいろとあって…」



 俺は床に四つん這いになって悶え苦しむ。鼻に金臭い匂いが漂う。鼻血が噴き出そうな危険な兆候だ。最近、鼻血を出す頻度が多くなっている気がする。



「私の裸でも想像しました?」


「うぐっ!」


「やっぱり…先輩のえっち」



 どうして女性ってこうも鋭いんだ!? 後輩ちゃんがおかしいだけか!?


 我慢しろ、俺。我慢するんだ! こういう時は、ホラーを…やっぱり怖いから別のを思い浮かべよう。そうだ! 裕也と楓のイチャラブを思い浮かべるんだ!


 ポワ~ンとあのバカップルのイチャラブを想像する。


 うぅ…。肉親のイチャラブほど見たくないものはない。いい加減にしろよ、と思ってしまう。でも、効果はあった。後輩ちゃんの裸体など吹き飛んでしまった。



『エントリナンバー3番! 我らが永遠のアイドル! 美緒ちゃん先生!』



 ミスコンの司会の生徒が声を張り上げてアナウンスをした。桜先生の出番のようだ。ちょうど接客の仕事を抜けて体育館にやって来た桜先生がステージ上に上る。


 観客の生徒たちは大歓声。桜先生は男女ともに人気の先生だ。家では本当にポンコツだけど。


 エプロン姿というレアな桜先生を見て、更に興奮が高まる。男子たちはそれだけで胸を撃ち抜かれてぶっ倒れる。とっても幸せそうだ。



「美緒ちゃん先生ですね」


「そうだな。ボロが出ないといいけど…」


「先輩。ちゃんと演技してください。今は颯子先輩なんですから」



 へいへい。女声で喋ればいいんですね。後輩ちゃんだって演技してくださいよ。


 ステージ上の桜先生は、熱烈な歓迎に手を振って応えている。



「美緒ちゃん先生大好きでーす!」


『あら! ありがとねー!』


「オレと付き合ってください!」


『ごめんね。タイプじゃないの!』



 うわぁ…。バッサリいったなぁ。告白した男子はバタリと倒れ込んだ。勇者だ、と他の男子が称えているが、倒れ伏した男子の顔はどことなく嬉しそう。ドМか!?


 桜先生はマイクを持って生徒たちに問いかけた。



『みんなー! 先生たちが売っている、フランクフルトとアメリカンドッグはもう食べた~?』


「「「 まだー! 」」」


「「「 食べたー! 」」」


『美味しいからぜひ食べに来てね~! 私も接客して頑張ってるから!』


「オレは美緒ちゃん先生が焼くなら食べに行きまーす!」


『入院することになるけどいい?』


「「「 え゛? 」」」



 桜先生のポイズンクッキングを知らない生徒たちが一斉に間抜けな声を出した。あのクールで完璧な桜先生が料理できないとは想像もつかないのだろう。ついでに言うと家事は全部できない。


 というか、『入院することになるけどいい?』だって? そんなの俺が阻止させていただきます。あれは料理とは言わない。猛毒だ。楽しい文化祭で死者を出すわけにはいかない! 保健所が乗り込んできて、食品の販売が中止してしまう。



「料理をしたら一週間ご飯を作らないからな」



 ボソッと呟いたのに、桜先生は直感が働いたようだ。ビクッと身体を震わせて、顔を青くしながら俺のほうを見た。『何かわからないけど、絶対に料理しないからお仕置きだけは止めて』と無言で訴えてくる。勘が鋭い。


 ふむ。俺は桜先生が料理しなければ何もしないぞ。


 心の中で思っただけなのに、何故か桜先生に伝わる。


 ホッと安堵した桜先生は、再び生徒たちに向かって宣伝を始めた。


 終始アイドル並みに盛り上がっていた桜先生のステージは、名残惜しさに包まれながらあっという間に終わった。ステージを下りる桜先生を大歓声と拍手で見送る。


 ステージ裏に引っ込んだ桜先生は、裏方の女子たちとハイタッチをする。俺や後輩ちゃんもハイタッチした。



『次は、エントリナンバー4番! 執事吸血鬼さんの恋人! 『ごちゃ混ぜ喫茶』の雪女さんです! どうぞ!』


「先輩、頑張ってください!」


「頑張ってね~!」



 後輩ちゃんと桜先生の応援を背中に受け、俺はステージに上った。俺が現れた途端、大歓声が轟いた。スタンディングオベーションをしている男子もいる。一体なぜだ!?


 俺が一礼すると、シーンと静まり返る。うわっ! 滅茶苦茶気まずい! 緊張する。



『えーっと、こんにちは?』


「「「 こんにちは! 」」」



 何という素直な挨拶。子供向けの教育番組を思い出してしまう。一体感が凄いな。



『『ごちゃ混ぜ喫茶』から来た雪女よ。よろしくお願いするわ』


「「「 お願いしまーす! 」」」


『簡潔に言うわ。わたくしたちの喫茶店に来て。以上よ』



 よしっ! 言いたいことは終わった! もうステージから下りていいよね? 俺は下りるからな!


 振り返ろうとした瞬間、生徒たちからの質問が飛ぶ。



「はいはーい! 本当にさっきの吸血鬼さんと恋人なんですかー?」


『そうよ。それがどうかしたかしら?』



 雪女だから冷たく言い放ったら、何故か頬を赤くする生徒たちが続出する。えっ? どうしたの?



「その首筋のキスマークって…」



 生徒たちの視線が俺の首筋に集まる。さっき後輩ちゃんに目立つところに吸い付かれたのだ。あぁ…胃が痛い。


 最前列の楓と裕也のニヤニヤ笑いがムカつく。いつの間にか二人の隣に移動していた桜先生と後輩ちゃんもニヤニヤ笑っている。後でお仕置きしてやるからな! 覚えとけ!


 俺は投げやりになって答えた。



『ええ。今さっき裏で血を吸われたわ』


「「「 きゃー! 」」」



 黄色い歓声が爆発した。体育館に反射してとてもうるさい。耳を塞ぎかけた。


 女子たちの瞳がキラッキラして興味津々。興奮して頬は赤い。鼻息も荒い。恋バナが大好物のようだ。男子たちも意外と恋バナは好きらしい。声は出さないが、みんな興味を持っている。



「お付き合いは何時から?」


『数百年前ね』



 雪女と吸血鬼という設定だ。適当でいいだろう。


 はい、そこの最前列の四人! 『何言ってんだ、このヘタレ!』って睨まないでください。俺が悪かったですから。



「あの吸血鬼よりもオレと付き合ってくれー!」


『嫌』



 公開告白した男子生徒が崩れ落ちた。今の声、桜先生にもアタックした奴じゃないか? 床に倒れながら嬉しそうな顔をしているし。………見ないようにしよう。



「イケメンさんとお付き合いできる方法を教えてくださーい!」


『わたくしに言われても困るわ。だって、わたくしは仲間内でヘタレって有名だもの』



 最前列の四人が腕を組んで、うんうん、と深く頷いている。



『それに、わたくしはこう見えて男よ』



 面倒になった俺のカミングアウト。体育館内がシーンと静まり返る。


 これで変な質問はされないはず。そう思っていたのだが……。



「「「 執事のイケメンと美女雪女の男の娘…エクセレント! 」」」


「「「 もう、男でもいいかなぁ… 」」」



 一部の腐った女子たちの歓声と鼻血。そして、ボーっと俺を見つめる男子たち。体育館内がカオスになった。


 えっ? なんで好意的な反応が多いの? 怒声が響いて俺は裏方に引っ込む算段だったのに…。どうしてこうなった!?



『言っておくけど、恋人の吸血鬼は女よ』


「「「 それはそれであり! 」」」



 もう訳が分からん。この学校の生徒たちは変人しかいないのか!?


 俺はステージ上でガックリと肩を落とす。


 最前列の四人は、声を押し殺して、お腹を抱えながら大爆笑していた。涙まで拭っている。


 ………後で全員の頭にチョップを落としてやる!


 俺は固く決意をして、混沌と化した体育館内の生徒たちの質問に、時間いっぱい答えるのだった。

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