第286話 ミスターコンと後輩ちゃん
「何故私がここにいるのでしょうか?」
執事吸血鬼の男装をした後輩ちゃんが、遠い目をしてミスターコンの舞台裏の出場者席に座っている。綺麗な瞳には若干絶望の光が宿っている。
場所は体育館。ミスター&ミス・コンテスト、縮めてミスミスコンが行われている。まず最初はミスターコンだ。
体育館のステージでは、男子生徒が流行りの芸人のネタでクラスの出し物を宣伝している。滑っているのがとても悲しい。でも、滑っていることで笑いが起きている。
「何故私がここに…?」
後輩ちゃんがまた呟いた。
少し前に、俺は妹の楓にミスコンに出場しろと脅された。裕也はミスターコンに出るし、桜先生もミスコンに出るらしい。仕方がないかとその受付に行ったら、受付の生徒が後輩ちゃんも出て欲しいと迫り、あれよあれよと出場が決定したのだ。
後輩ちゃん。本当に残念だったな! ドンマイ!
「…先輩…恨みますよ…」
本当に恨みがましい視線で、背後にいる俺をムッと睨んでくる。
いつもより凛々しくて可愛いんですけど。
「わたくしに言われても困るわ」
「くっ! 付き添いなんてするんじゃなかった…。揶揄おうと思ったのが間違いでした。私の馬鹿…」
頑張れ後輩ちゃん! 出番は近いぞ! 俺は楽しく眺めておくから!
『エントリナンバー7番! 鈴木田裕也さん!』
おっ。裕也の番だ。ステージに上がった途端、大量の黄色い歓声が体育館の中に響き渡る。ちょっとうるさいくらいだ。目をハートにした女子たちが手を振ったり盛り上がっている。
流石イケメン。爆発しろ!
「「「 きゃー! 付き合ってくださーい! 」」」
アイドルを応援するかのように女子からの告白があった。次から次へと、私も私も、と名乗りを上げる女子が増える。
最前列を陣取った楓の目が鋭くなった。楓の殺気を感じた女子たちはそろって身体をブルッと震わせた。
ステージ上の裕也は、申し訳なさそうに頭を掻きながらマイクに向かって言う。
『ごめんな。俺、結婚を前提にお付き合いしてる人がいるんだ』
きゃー、と再び盛り上がる体育館。突然の報告に、生徒たちのテンションがぶっ壊れる。
そういえば、裕也は公言したことなかったな。悔しそうにしている女子もいるが、ほぼ全員が興味津々だ。
あっ。裕也の彼女である楓が踏ん反り返ってドヤ顔してる。物凄いドヤ顔してる。ムカつくなぁ。
「もしかしてー、さっき一緒だった着物美人さんですかっ!?」
体育館のどこからか、そんな質問が飛んだ。俺と楓はズルっと滑った。後輩ちゃんはクスクス笑っている。
なんで俺なんだよ。どう見たって楓だったろ。我が妹よ。殺気を纏って俺を睨むな。とても怖いから。背筋がゾクッとしてしまったではないか。
『あぁ~アイツかぁ~。着物美人は俺の次の出場者の恋人だな』
ニヤッと笑った裕也が、舞台裏の俺たちにサムズアップをした。くっ! うざい! 俺たちを巻き込むな! イケメン滅べ!
こんな感じで、観客からの質問に答えたり、クラスの出し物の宣伝をしたり、惚気話をして裕也の時間が終わった。
盛大な拍手と歓声に包まれながら、イケメンスマイルで手を振って、裏に引っ込む裕也。俺と後輩ちゃんに片手をあげる。
「次だな。頑張ってな、
「はぁ…そうします。さっさと宣伝して先輩に甘えます」
『エントリナンバー8番! 『ごちゃ混ぜ喫茶』の吸血鬼さん!』
後輩ちゃんの名前が呼ばれた。名前は伏せるようにお願いしていたのだ。
はぁ、とため息をついた後輩ちゃんは、一瞬目をつぶって執事吸血鬼になりきると、行ってきます、と呟いて、ステージに出て行った。
途端に巻き起こる大歓声。女子たちのハートを鷲掴みしたようだ。目をハートマークにして、うっとりとステージ上の後輩ちゃんを見つめている。恋する乙女の表情だ。
『初めまして、お嬢様方。ごちゃ混ぜ喫茶の執事の吸血鬼でございます』
執事のように優雅に一礼して、凛々しく微笑む。体育館中の女子が、ズキューンと胸を撃ち抜かれ、倒れ伏した。でも、目だけは後輩ちゃんを見続ける。ちょっとホラーみたいで怖い。
後輩ちゃんは上手く演技してるなぁ。もうヤケクソにも感じるけど。
「吸血鬼!? 血を吸ってくれませんかっ!?」
『申し訳ございません。恋人の血しか吸えないのです。彼が嫉妬してしまいますので』
「か、彼っ!? もしかして…きゃー!」
一部の女子が黄土色の歓声を上げる。黄色が腐っている。鼻血があちこちで噴水のように噴き上がっている。
後輩ちゃんはニコニコ笑顔だ。でも、俺にはわかる。後輩ちゃんは、一刻も早くその場から立ち去りたいと思っているはずだ。
『ぜひ、私が働くごちゃ混ぜ喫茶に足をお運びください』
ニコッと笑って、凛々しくウィンクをする後輩ちゃん。もうどう見たってイケメンだ。女子だけでなく男子までも虜にしている。
ボーっと見惚れ、ハッと我に返る生徒たち。立ち上がって、即座にごちゃ混ぜ喫茶に行こうとする。我先に行こうと押し合いが発生しそうだ。少し危ない。
『でも、ミスコンが終わってからにしてくださいませ。私の恋人が出場するので、応援して頂けるときっと喜ぶでしょう』
ピタッと生徒たちの動きが止まった。ロボットのようにカチコチと機械的に体が動き、元の場所に戻って座る。後輩ちゃんの恋人とやらと応援して、ミスコンが終わってからごちゃ混ぜ喫茶に行くつもりらしい。
後輩ちゃんの恋人………って、俺か! 後輩ちゃんめ! よくもやってくれたな!
あっという間に時間が終わった。優雅に一礼した後輩ちゃんが舞台裏に戻ってくる。
「ふっふっふ。先輩を巻き込んでやりましたよ!」
「…後輩ちゃん…恨むぞ…」
ペロッと舌を出して悪戯っぽく微笑んだ後輩ちゃんにジト目で睨みつけた。
くっ! 可愛すぎて怒りがどこかに吹き飛んでしまう!
「ふぅ…疲れたので血の補給です」
そう言うと、後輩ちゃんが俺に抱きついて、首筋にカプッと噛みついた。そのままチューチューと吸い始める。ハムハムと甘噛みされ、ペロペロと舐められる。
ふわっと香る後輩ちゃんの甘い香り。
後輩ちゃんは満足するまで好きなだけ吸い続けた。
「ぷはっ! 補給完了」
「おい…別の場所にキスマークつけたな? それも目立つところに」
「キスマーク? はて? 何のことやら? 私は吸血鬼です。血を吸っただけですよ?」
「………後で俺もつけてやる」
恨みがましく睨みつけたら、後輩ちゃんがそっと俺の耳元で熱い吐息を吹きかけながら甘く囁いた。
「……ええ、いいですよ。でも、見えないところにお願いしますね。例えば…鎖骨の下とか、太ももとか…」
鎖骨の下と太もも? お年頃の俺は、思わずポワ~ンと想像してしまう。
美しい後輩ちゃんの下着姿。その鎖骨の下と、スカートで隠れる太ももの上半分につけられたキスマーク。それも太ももの内側。
「ぐはっ!?」
破壊力が大きすぎて、俺の脳の処理能力をオーバーした。
顔が熱い。体が熱い。想像なんかするんじゃなかった! 場所が具体的かつ生々しかったから余計に威力がデカかった。
俺は四つん這いになって悶え苦しむ。
「よしっ! ストレス発散成功! 私の勝ちです!」
ガッツポーズをして喜ぶ後輩ちゃんの言葉は、顔が真っ赤であろう俺の耳には届かなかった。
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