第285話 ミスミスコンと後輩ちゃん

 

 美味しそうにカレーをイチャイチャしながら食べているバカップルから目を逸らし、隣で同じくカレーを頬張っている美女を眺める。


 イケメンと美少女、そして絶世の美女が幸せそうに食べているので、それにつられて大勢の人がカレーやフランクフルトなどを買っている。すごい集客効果。PTAの親たちや先生たちは大忙しだ。


 パクっと一口食べた桜先生が、頬に手を当てて微笑む。



「美味しいわぁ~! これぞ文化祭って感じね!」



 その仕草は綺麗で可愛らしく、周囲にいた男性たちが撃沈した。男って本当にバカだ。俺もドキッとしてしまったけど。


 後輩ちゃんがヒョイッと桜先生の顔を覗き込んだ。



「先輩のカレーとどっちが美味しい?」


「もちろん弟くんのよ! それはわかりきってるじゃない! 弟くんが作った料理よりも美味しいものはありませ~ん!」



 その言葉は嬉しいんだけど、家じゃないからポンコツで残念な姉オーラを引っ込めてください。ここは学校です。クールな体育教師オーラを纏ってください。



「みんなは午後からどうするの?」


「私と颯子先輩は、まだ回っていない場所を回ろうかと」


「私とユウくんは、二人の後をつけて揶揄う!」


「止めてください」


「冷たい拒絶!? うわ~ん! 颯子お姉ちゃんが可愛い可愛い超可愛い妹をイジメる~!」



 楓が隣に座る彼氏の裕也に抱きついて、泣き真似をする。涙は一切出ていない。口元はニヤニヤと緩んでいる。またバカップルがイチャついてる。



「楓ちゃんをイジメるなんて最低だな!」


「先輩酷いです!」


「今のはちょっと…」


「えっ!? なんで俺に味方がいない!?」



 そんなに引かないで! 俺の心が傷つくから! ストーカーを防いだのに、何故俺が責められなきゃいけないの? 後輩ちゃんも楓の味方なのか!?



「とまあ、早速揶揄って動揺する可愛い弟くん……いえ、颯子ちゃんを愛でたところで聞きたいのだけど、みんなはミスミスコンに出ないの?」



 くっ! やはりその話題が出てくるか。絶対どこかで聞かれると思ってた。


 ミスター&ミス・コンテストを縮めてミスミスコン。誰もが想像する通り、学校一の美男美女を決めよう、というイベントだ。


 まあ、それは建前で、クラスの出し物の宣伝イベントだ。毎年、ユニークな方法で生徒たちがアピールをする。生徒か教師であれば誰でも出場することが出来る。


 パンフレットを確認した楓が、瞳をキラッキラと輝かせる。



「面白そー! 私は出れないけど、みんな出ちゃいなよ! まだ受付してるから! 私は応援するよ!」


「嫌だ。断る!」


「えぇー! 颯子ちゃん、女装したままミスターじゃなくてミスコンのほうに出てよ! 面白いから!」


「絶対に嫌!」


「あら。いいわねそれ。それに、お姉ちゃんは出るわよ。一緒に出ましょ!」



 教師であることを忘れて、一人称がお姉ちゃんになった桜先生が俺の腕を掴んで身体を揺さぶる。



「先生代表として出ることになってるの。ついでに宣伝してきて~って言われてるんだけど、一人じゃ心細いからお願い! 一緒に出て!」



 絶世の美女である姉の、俺を堕とすためだけに考えられ、計算し尽くされた美しくて可愛いおねだり。効果は抜群だ。俺のHPが削られ、残りは1だ。



「こ、後輩ちゃんが出れば…」


「嫌です」



 人混みや目立つことが大っ嫌いな後輩ちゃんが輝く笑顔で即座に拒否した。それはそれは美しい笑顔での即答だった。


 くっ! 俺を助けてくれる味方は…あとは裕也しかいない!



「裕也! 助けてくれ!」


「んっ? 無理。そもそも俺もミスターコンに出るし。折角女装してんだからミスコンのほうに出れば?」



 くっ! この役立たずの残念イケメンめ!


 HPが残り少ない俺はどうすればいい? 逃げるか? ミスミスコンが始まるまで隠れるか? それが一番ベストな答えだな。後輩ちゃんとデートできなくなるけど、仕方がない。これは仕方がないことなのだ!


 俺は気配を消して、そっと立ち去ろうとしたが、ガシッと腕を掴む人物がいた。



「先輩? どこへ行くつもりですか?」


「ちょ、ちょっとトイレに…」


「女子トイレですか?」


「なんでだよ! 男子トイレに決まってるだろ!」


「今の先輩は完璧に女子ですし…大丈夫ですか?」



 た、確かに。後輩ちゃんの言うことも一理ある。もしトイレに行きたくなったらどうすればいいんだ? 男子トイレに入ったら騒ぎが起きそうだ。


 って、そんなことはどうでもいい。今すぐ逃げなければ!



「は、離してくれるかな?」


「嫌ですけど」


「な、何故ですか?」


「先輩にミスコンに出て欲しいので。逃げ出さないように掴んでいます」


「は、離せ~!」


「嫌です! またホラー祭りをしますよ!」



 むぎゅっと腕に抱きついてくる後輩ちゃん。男装しているのだが、それはそれで凛々しくて可愛い。上目遣いは破壊力抜群だ。


 こうなったら俺だって!



「ご飯のおかずを少なくするぞ」


「くっ! 卑怯な! では、何でも言うことを聞きます」


「な、何でもだと!? ………ダ、ダメだぞ俺! 超絶可愛い小悪魔の誘惑に乗ってしまったらダメだ! 一緒にお風呂に入らないし、ベッドでも寝ない」


「先輩はなんて恐ろしいことを考えるのですかっ!? 鬼ですかっ!? 悪魔ですかっ!? 私、死んじゃいます!」



 後輩ちゃんが顔を真っ青にしてガクガクと震えている。そんなに嫌がらなくても…。というか、諸刃の剣なんだが。言った俺も嫌なんですけど! 俺だって死ぬぞ!


 俺と後輩ちゃんは、ムムムっ、と睨み合う。両者一歩も譲らない。至近距離で見つめ合って、視線がぶつかり火花が散る。


 そこに、楓が割り込んできた。静かな声でボソッと告げる。



「お兄ちゃん…いや、颯子お姉ちゃん。まだ葉月ちゃんに言っていない黒歴史をバラすよ?」


「出場させていただきますので、それだけは勘弁してください!」



 俺は楓に向かって深々と頭を下げた。妹というものは実に厄介だ。脅迫の材料を大量に所持している。それも一方的に。俺は全然持っていないのに…。卑怯だ。


 教えて、と楓に迫る後輩ちゃんと桜先生を必死に止める。


 男装した美少女と美女の女教師の二人と取っ組み合いになる俺は、こうしてミスミスコンに出場することが決定した。

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