第282話 逢いたくない奴と後輩ちゃん
ちょっと早い昼食を食べた俺と後輩ちゃんは、満腹になり、上機嫌で学校中を回る。
俺たちが歩くと、周囲の注目が集まるので、それを利用してごちゃ混ぜ喫茶の宣伝をする。そうすると、固まっていた人たちはハッと我に返り、我先にと教室に向かうのだ。特に男性は目が血走って鼻息が荒い。ホラーみたいで怖いんですけど。
カップルや夫婦など、パートナーを失った女性たちは、こめかみに青筋を浮かべ、目が笑っていないニッコリ笑顔を浮かべて、走るように早歩きで去っていく。ニコニコ笑顔なのに、スススッと動くから、正直に言うと不気味です。怖いです。気持ち悪いです。
あぁっ! ごめんなさいごめんなさい! 謝るから睨まないで!
ニッコリ笑顔の男装した後輩ちゃんが、うふっと微笑む。
「先輩…いえ、颯子様は馬鹿なのですか?」
「………馬鹿かもしれないわね」
女性の勘が鋭いことを忘れていた。本当に馬鹿です。でも、俺は何も喋っていないんだが。口には出していないぞ。日本国憲法では思想の自由が認められているんだ!
「確かに、日本国憲法では思想の自由が認められていますが、女性から睨まれたいですか? 睨まれたいのでしたら、どうぞお考え下さい」
「………いえ、止めておきます。それと、
「わかりやすい先輩がいけないんです!」
思わず素に戻ってしまった俺に、後輩ちゃんも素で返答した。それほど俺はわかりやすいのか? お化粧してるのに?
うぅ…なんでそんなに女性は鋭いんだ! その鋭さを男にも分けてくれぇ~!
俺は心の中で叫びながら、後輩ちゃんと手を繋いで校内を歩く。
廊下を歩いていると、目の前に見慣れた人物二人が手を繋いで歩いているのが見えた。手を繋いでいちゃついているカップルだ。手は恋人つなぎ。しょっちゅう視線を合わせ、お互いのことしか見えていない。人の目も気にせずイチャイチャラブラブ。見てるこっちが恥ずかしい。見なくても雰囲気でわかるバカップル中のバカップルだ。
「先輩。超特大のブーメランだと思うのですが」
「はい?」
「『おまいう』という言葉をご存知ですか?」
「『お前が言うな』の略だろ? それがどうかしたか?」
「いえ、自覚がないならいいんです…」
後輩ちゃんが一瞬ギュッと繋いでる手に力を入れた。後輩ちゃんと視線を合わせるけど、気にしないでください、と言われるだけだ。
どうでもいいことのようだし、気にしないでおこう。
雪女に女装した俺と、執事吸血鬼に男装した後輩ちゃんは、素知らぬ顔でそのバカップルとすれ違う。
すれ違う瞬間、緊張しすぎて心臓の音がバクバクしていた。このまま気付きませんように!
冷や汗がドバドバ流れたけど、その心配は杞憂だった。バカップルは楽しくお喋りしながら、俺たちに気づかず通りすぎた。
良かったぁ。気づかれなかった。流石特殊メイクにも似たお化粧だ。化けた俺たちに気づく者などいないだろう。
ホッとして気を抜いた瞬間、背後から手をガチっと掴まれた。
「………何故無視したのか聞いてもいいかな、お兄ちゃん? いや、可愛いお姉ちゃん?」
背後から、冷たく凍る静かな声が聞こえてきた。冷や汗がドバドバ流れて、彼女の声によってパキパキと凍り付いていく。手を振り払おうとするが、物凄い力で握りしめられる。痛い痛い痛い痛い! 骨が折れそうですぅ!
顔を青ざめながら、錆びついた人形のようにギギギッと振り返ると、ニッコリ笑顔の我が妹、楓の姿があった。ガクガクブルブルと恐怖で身体が震え始める。
「説明してもらおうか? 私は話しかけてくれると思ったんだけどなぁ~! もしかして、将来の義弟となるユウくんはともかく、自分の実の妹の顔を忘れちゃったとか? ねぇねぇ? 教えてよ、お姉ちゃん? ねぇねぇ? ねぇねぇ!」
悲鳴を上げそうになるのを懸命に堪えた。
やばいやばいやばいやばい! 超やばいんですけど!
楓は笑顔なのに、死神によって大鎌を首筋に当てられている気配がする。ちょっと返答を間違えれば俺は死ぬ!
「お、俺も楓たちが話しかけてくれると思ってたんだよねぇ…」
「俺?」
「いえ、わたくしよ。どうやらお互い話しかけてくれると思っていたようね。うふふ。流石兄妹…いえ、流石姉妹ね!」
「ふぅ~ん?」
疑い深い楓の眼差し。冷や汗が止まらない!
くっ! ハロウィンのことがあったし、出来ればしばらく逢いたくなかった! 別れ際の『近いうちに』っていうのはこういうことか!
楓は俺を指さしながら、隣にいる後輩ちゃんに話しかける。
「葉月ちゃん。お姉ちゃんは本当のこと言ってると思う?」
「いいえ。嘘ついてますね。出来れば逢いたくなかったと思っています」
「だよねぇ~」
ギクッ!? な、何故わかったぁ~!? 女性陣は勘が鋭すぎだろ!
あぁ…さっき改めて理解したばっかりだったのに…。
お化粧は完璧だったのに、どうしてあっさりバレちゃったかなぁ…。
楓はキョトンとして、可愛くパチパチと目を瞬かせる。
「何言ってるの、お姉ちゃん。私が家族を見間違うわけないでしょ?」
当然のことじゃん、と真顔で言われても、俺はどう返答すればいいんだ!?
「………取り敢えず楓。さっきからこそっと写真や動画をとるのを止めてくださる?」
「あちゃっ! バレちゃってたか」
てへぺろ、とコソッと手に持ったスマホを堂々と俺と後輩ちゃんに向ける。
「うほほぉ~い! 私のお姉ちゃんが可愛すぎるぜ~! うほほぉ~い!」
いや、コソコソするのを止めるんじゃなくて、撮る行為を止めてくださいよ! あと、奇声を上げるのを止めなさい。こっちが恥ずかしいです。
「んで? なんでそんなに私たちと逢いたくなかったの?」
興奮して鼻血を垂らしながら俺たちの写真をバシャバシャ撮っている楓が、可愛らしく首をかしげた。
その問いかけに答えたのは、俺じゃなくて後輩ちゃんだった。
「颯子様はとても恥ずかしがり屋なのです。きっと、照れていらっしゃるのです」
「なぁ~んだ! やっぱりそうなのか! じゃあ、私たちは二人について行くね!」
「何故だっ!? ………何故かしら?」
「だって面白そうなんだも~ん! 二人を揶揄うために来たようなもんだし! 葉月ちゃんもいいよね?」
くっ! やっぱりそうなのか! 絶対そうだよな! 瞳がキラッキラ輝いてるから! 俺と後輩ちゃんを揶揄うのが楓の生きがいだったよな!?
後輩ちゃんはあっさりと頷いた。
「ええ。もちろんです」
「やったぁー! 許可が出たよー! というわけで、よろしくね~」
俺は何も言っていないのに、勝手に決まってしまった。こうなると思ったから、スルーしようと思ったのに…。俺の認識が甘かったか。
超ニコニコ笑顔の楓が、機嫌よく進行方向を指さした。
「よぉ~し! 行くぞぉ~!」
楓と後輩ちゃんに引っ張られながら、俺は深い深いため息をつくのだった。
「あっ、裕也。お前いたのか」
「ずっといたよ!」
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