第281話 屋台と後輩ちゃん

 

「ふぅ。面白かったわね」


「ええ。そうですね」



 雪女に女装している俺の言葉に、執事吸血鬼に男装している後輩ちゃんが頷いた。俺たちは体育館を出る。


 今、体育館で行われた劇が終わったところなのだ。上演が終わり、見終わった人たちが続々と体育館から出て行く。俺たちもその流れに乗ったのだが、何故か周囲に人が寄ってこない。距離を取って、遠くから見つめられる。


 俺たちが通ったあとには、硬直して石像と化した人たちや、地面に倒れ伏す人、鼻血を噴き出す人など、悲惨な光景になっている。後輩ちゃんのイケメンオーラ恐るべし。


 後輩ちゃんは全く気にせず、スルーしている。



「劇は面白かったですね。『昔話―ミックス―』って題名でしたから何かと思ったのですが、あらゆる昔話がごちゃ混ぜになった劇とは…とても面白かったです」



 素になった後輩ちゃんが楽しそうに劇を振り返った。クスクスと思い出し笑いをする。


 俺も同意見だ。いやぁー笑えた笑えた。



「桃から生まれた主人公の太郎」


「成長せずに小さいまま」


「竜宮城を乗っ取った鬼を退治するために」


「犬、猿、雉、を仲間にして、クマに跨って旅に出て」


「みんなで亀に乗って竜宮城へ」


「鬼から出された難題は、『仏の御石の鉢』、『蓬莱の玉の枝』、『火鼠の裘』、『龍の首の珠』、『燕の産んだ子安貝』を持ってくること」


「無事に持ってきた太郎。鬼は月へ帰ってしまう」


「乙姫から貰ったお礼の玉手箱。中には打ち出の小槌が!」


「大きくなった太郎は、金銀財宝を持って家に帰りましたとさ」


「「 めでたしめでたし 」」



 桃太郎、浦島太郎、金太郎、一寸法師にかぐや姫。実にてんこ盛りでした。ギャグ要素満載で、終始笑いが絶えない言い劇でした。またやってくれないかなぁ。今度は違う昔話をごちゃまぜにして。


 俺たちはクスクスと笑い合う。思い出しただけで笑いが止まらない。ツボに入った。



「次はどこに行きますか、先輩? ………あっ。えーコホン。颯子様」



 目の端に浮かんだ涙を拭った後輩ちゃんは、素に戻っていることに気づいたようだ。咳払いして低い声で言い直した。言いにくいなら演技しなくてもいいんだよ?


 俺は後輩ちゃんと手を繋ぎながらあちこち歩きまわる。キョロキョロと辺りを見渡すだけでも楽しい。みんな雷が落ちたかのようにピシャッと硬直するけど。



「葉月さん。貴女は行きたい場所はないのかしら?」


「そうですねぇ。颯子様、私はあそこに行きたいです」



 後輩ちゃんが指さした先には、いい香りが漂う屋台が立ち並ぶエリアだった。まだ昼食には時間が早く、買っている人は少ない。店に呼び込む生徒たちの声が至る所から聞こえてくる。



「少し早くありません?」


「いえいえ! 今だからこそですよ。お昼の時間になると混むと思いませんか?」


「だから時間をずらして食べておくと…ふむ。一理ありますね」



 お昼頃になると、人が詰めかけて行列ができ、この辺りは大混雑になるだろう。人混みが嫌いな後輩ちゃんには辛いだろうな。なら、人が少ない時に食べておくのが正解か。



「では、少し早いですが食べることにしましょう」


「はい! ………やった!」



 素に戻った後輩ちゃんが小さくガッツポーズをした。イケメンから突如美少女に戻り、そのギャップにやられそうになってしまった。危なかったぁ。


 俺たちは、まず目に入った屋台に行くことにした。どうやらタコ焼きを売っているらしい。



「い、いらっしゃい……ま…」



 売り子をしていた男子生徒が、俺たちを見て固まってしまった。目が真ん丸になっている。瞬きすらしない。



「ご注文は何に…」



 今度は、タコ焼きを焼いていた男子生徒が顔を上げた途端、硬直した。タコ焼きがジュージューと焼けているけど、目を離して大丈夫なのだろうか?



「大丈夫かしら?」



 俺が女声で問いかけ、顔の前で手を振ると、焼いていた男子生徒がハッと我に返った。顔を爆発的に赤くする。アタフタと慌てて数歩後退った。



「だ、だだだだだだ大丈夫、でで、ですっ!」


「そうなの? タコ焼きくださいな」


「ま、毎度、あああああ、ありがとう、ごごごごございます! 250円になりますすすすす!」


「ここは私が…」



 執事役の後輩ちゃんが役として払おうとしたけど、俺は手で制した。



「いいわ。わたくしが払うわ。250円だったわね。はい、どうぞ」


「あああああ、ありがとう、ごごごごございます」



 真っ赤になって震えながら、男子生徒は俺からお金を受け取った。代わりに出来立て熱々のタコ焼きを渡してくれた。近くに座って食べれる飲食スペースがあるからそこに行こう。



「あ、あの!」



 固まっていた売り子の男子が、魔王に立ち向かう勇者のように覚悟を決めた表情で話しかけてきた。



「お、お姉さんは外部の方ですか?」


「わたくし? いいえ。この学校の生徒よ」


「も、もしよかったら、連絡先を教えてください!」



 そう言って、男子は手を差し出して頭を下げた。何この告白待ちのポーズは…。引くわぁ。


 もしかして、俺って惚れられた? 後輩ちゃんじゃなくて俺? うっわぁー。


 どうしようかと考えるまでもなく、俺は即座に拒否をする。



「嫌よ」


「ぐっはぁ!?」



 男子生徒が地面に倒れ込んだ。でも、ヨロヨロと立ちあがった。へこたれないのは称賛するが、滅茶苦茶目立っているんですけど!



「だって恋人がいるから」


「そ、それって隣にいる執事さんじゃ…」


「そうよ。見てわからなかったかしら? 首筋にキスマークがあるし」



 そう言って、俺は後輩ちゃんにチューチューカプカプされたキスマークを見せびらかす。この男子には悪いけど、ちょっと楽しくなっています。


 目の前の男子や、周囲の人たちが愕然として、どよめきが走る。


 大勢の人の注目が集まっているな。ここは宣伝のチャンスではないか?



「わたくしたち、クラスで『ごちゃ混ぜ喫茶』というものを営んでおります。ぜひ遊びに来てくださいね」



 手に持った宣伝用の看板を見せびらかし、悪ふざけで可愛らしくウィンク。グハッと胸を撃ち抜かれた人たちが、周囲を見渡し、お互いに視線をぶつけ合うと、一目散に駆けだしていった。店の売り子をしていた男子生徒の姿もない。


 一体どうしたんだと思っていたら、俺が先に行く、いや俺だ、と争う声が聞こえてきた。どうやら我先に俺たちのクラスに向かっているらしい。


 シフトに入っているクラスメイト諸君、頑張ってくれたまえ! 俺は行かないぞ! だって内装が怖いから!



「うわぁー。流石ヒロイン属性の先輩です。やることがえげつないです」


「おいコラ。何故ドン引きしている? 今のは後輩ちゃんのあざと可愛さを真似しただけだぞ」、


「えぇー! 私はそんなことしてませんよぉー。もっと天然だと思います!」


「やっぱり自覚してるじゃないか!」


「何のことですかぁー? ささっ! 冷めないうちに食べちゃいましょ! まだまだこれからですし!」



 素に戻った後輩ちゃんに背中を押され、ガラーンとした屋台を巡り、飲食スペースに座って、俺たちは食べさせ合いっこをして食べるのであった。


 屋台の料理はとても美味しかったです。

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