第280話 文化祭の開幕と後輩ちゃん
全員が男装女装のコスプレ姿になった。男子は女子に、女子は男子に大変身。女装した男子たちは恥ずかしそうだが、もう開き直って楽しんでいる者もいる。俺もその一人だ。もう諦めた。
突発的に行われた写真撮影会も無事に終了し、男装女子を中心に最後の打ち合わせや注意事項が行われる。
「シフトはちゃんと把握してるね? 遅れたら罰則だから!」
シフト表を全員が手の持って、コクコクと頷く。特に女装男子たちは真剣な顔だ。男子は女子に逆らうことが出来ない。これは世界の真理だ。
「シフトがないときは、自由に過ごせー! でも、この宣伝用のプラカードも持っていくこと! 宣伝しまくれー!」
甲子園の入場行進の時に持つプラカード、いや、看板を女子の一人が指さした。俺と後輩ちゃんはもう既に片手に持っている。押し付けられた。俺たちはシフトがない分、デートしながら宣伝する係なのだ。
「じゃあ、声出しいくよー!」
声出し? なにそれ? 俺と後輩ちゃんはキョトンと顔を見合わせた。
くっ! 後輩ちゃんがイケメンすぎる!
文化祭実行委員の女子が、どこからともなくマイクを取り出し、アイドルのようにコールアンドレスポンスを行う。
「お客様が入店したら~?」
「「「 しゃっせぇ~! 」」」
「注文を取りに行くときは~?」
「「「 ご注文おきまりっすかぁ~? 」」」
「お客様がお帰りだ~!」
「「「 あざっしたぁ~! 」」」
どこのラーメン屋だここはっ!? ここは一応喫茶店! ちゃんとわかってるのかっ!? 何だそのチャラい挨拶の仕方は!
大丈夫なのか、これ…?
「おぉ! 楽しそうです! …コホン。楽しそうでございますね」
一瞬素に戻った後輩ちゃんは、すぐに咳払いして執事吸血鬼の演技をする。
いや、まあ、うん…楽しそうだとは思ったよ。祭りの感じがして、これはこれでありかもって一瞬思ってしまった自分がいる。
文化祭だからちょっとはふざけてもいいか。
文化祭実行委員の女子が、満足そうに頷いた。
「うむうむ! 声出しはバッチリ! 本当にお客様を相手にするときはふざけちゃダメだからね~!」
「「「 はーい! 」」」
クラスメイトの小学生のような素直な返事。やっぱりふざけてたのか…。ちょっと安心した。
現在時刻は9時45分。あと15分で文化祭が始まる。そろそろ配置につく時間だ。
女子がパチパチと手を叩いて注目を集める。シーンと静まり返る教室の中。真剣な声が響き渡る。
「紳士淑女諸君…とうとうこの日がやって来た…。大いに盛り上がり、大いに楽しもうぜぇ~! 頑張るぞ~!」
「「「 おぉ~! 」」」
俺も後輩ちゃんもクラスメイト全員が、大きく歓声を上げた。やる気は十分。みんな思いっきり楽しむつもりだ。あちこちでハイタッチしたり、拳を突き合わせている。俺も後輩ちゃんとハイタッチした。
「総員! 配置につけー!」
「「「 はーい! 」」」
シフトが入っている人がエプロンを付けたり、給仕の準備を始める。関係ない人は、教室を出て行って、思い思いの場所に散っていった。
俺も、後輩ちゃんと手を繋ぎ、宣伝の看板を持って教室を後にする。
「では、行きますよ、葉月さん」
「かしこまりました、颯子様」
おいコラ! 俺は颯だって! 執事の演技の後輩ちゃんはすまし顔だけど、口元が僅かに笑ってるから! ちゃんとお見通しだ! 俺を揶揄うな!
うふッと悪戯っぽく笑った後輩ちゃんは、俺の腕に抱きついた。
「まずはどこに行きましょう?」
「正門よ」
俺は雪女になりきって、女声&女性の口調で答えた。後輩ちゃんが軽く首をかしげる。くっ! イケメンだな!
「何故ですか?」
「女子からの命令。最初は正門で宣伝してほしいらしいわ。時間はニ十分くらいかしら。その後は好きに過ごして良いそうよ」
「かしこまりました。予定を入れておきます」
後輩ちゃんは内ポケットから懐中時計を取り出して、かっこよく時間を確認した。
衣装は細かく作られていると思っていたら、そんなところにまでこだわっていたのか。執事と言ったら懐中時計っていう気持ちは実にわかる。今の後輩ちゃんは本当にかっこいい。
俺は感心しながら、後輩ちゃんの手の中の懐中時計を覗き込むと、時計の針は全く別の時間を表し、秒針は動いていなかった。
「………これってニセモノかしら?」
「ええ。格好つけるためのものです。いかがでしたか?」
くそう! ニヤッと悪戯っぽく微笑んだ後輩ちゃんがムカつく! ちょっと悔しい。
悔しかったので、何も答えず、ただ歩き続ける。正門に向かうために靴を履き替えるのだが、ご丁寧に衣装に合わせた靴も用意されていた。感謝します!
俺たちは完璧なコスプレで、同じように宣伝を任された生徒たちの中に混ざる。賑やかだった生徒たちがシーンと静まり返った。全員がポカーンと俺と後輩ちゃんを見つめている。
お互いにキョトンとして顔を見合わせた。
「一体どうしたのかしら?」
「私にもわかりません」
「まあいいでしょう。そろそろ時間ね。宣伝を始めましょう」
十時になったことで、門が開かれ、外部の参加者が続々と入ってきた。宣伝の看板を楽しげに眺め、俺たちを見て、ポカーンと固まる。デジャヴュ!
次から次へと固まって、石の像が出来上がる。瞬く間に大渋滞が巻き起こった。
俺と後輩ちゃんは気にせず、声を合わせて宣伝を行う。
「「 ごちゃ混ぜ喫茶! ぜひ来てくださいね! 」」
ズキューン、と鉄砲に撃ち抜かれた音が聞こえた気がした。大勢の人が地面に倒れ込み、ピクピクと痙攣し始める。悲鳴は…上がらない。全員が倒れてしまっているから。
何この地獄絵図。ホラー映画みたいで超怖いんですけど! 後輩ちゃんのイケメンオーラに当てられたのか?
こういう怖い時は、後輩ちゃんガード! 俺は後輩ちゃんの背中に身を隠した。
予想外の出来事に、後輩ちゃんも呆然としてしまったようだ。素で話しかけてくる。
「先輩。コレ、どうしましょう?」
「さぁ? 放っておけば、その内起き上がるんじゃないか?」
「ですね。宣伝を続けますか」
俺たちは目の前の惨状を華麗に無視して宣伝を続ける。
大量の犠牲者を出てしまったのは言うまでもない。流石後輩ちゃんだ…。
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