第279話 男装姿の後輩ちゃん

 

「いいよいいよー! 雪女ちゃん可愛いよぉ~!」


「こっち向いて! こっちこっち! キャー!」


「いいわぁ…物凄くいいわぁ…あっ鼻血が…」



 男装した女子たちが、パシャパシャと俺の写真を撮ってくる。軽くお化け風だからちょっと怖い。でも、恐怖よりも恥ずかしさのほうが勝っている。


 少し青みがかって雪の結晶が描かれた着物風の服を着て、かつらを被り、お化粧を施された俺は、自分でもびっくりする程女の子になっていた。


 男だから身長は高い。長身のクール系少女って感じだ。雪女だから冷たい雰囲気も纏ってみる。もうやけくそだ!


 女子たちがキャーっと盛り上がる。女装した男子たちも面白がって写真を撮り合っているようだ。さりげなく俺の写真を撮らないでください。肖像権の侵害だ。金取るぞ。


 男装した女子の一人がバックヤードから出てきて手を叩く。



「はーい、全員ちゅーもーく! 皆さんお待ちかね、我らが新婚バカ夫婦の嫁さんが着替え終わりましたよー。そこの美少女化した夫! 覚悟しろよ! すんごいから! ではどうぞ!」



 覚悟しろって言われてもねぇ。水着姿や下着姿など、あられもない姿をよく見ている俺は余程のことが無い限り、大丈夫だぞ。と思っていたのだが、後輩ちゃんを見た途端、俺はポカーンを口を開けて固まってしまった。


 後輩ちゃんが来ていたのは黒い燕尾服。一見執事のようにも見えたが、中世の貴族にも似ている。白い手袋をして、右目には片眼鏡モノクル。肌はお化粧して少し青白い。セミロングの髪はかっこよく一つ結び。


 長髪の絶世の美少年がそこにいた。とても凛々しいイケメンだ。


 俺は夢でも見ているのかと思って、手の甲を抓ってみたけど、あまりの驚きで全然痛くなかった。ということは夢なのだろうか?


 男装した後輩ちゃんは、固まるクラスメイトの間を縫うように歩くと、俺の目の前に立って凛々しく微笑んだ。



「やあ、そこの雪女さん。美味しそうですね。いただきます」



 少し低音の声で一方的に言ったかと思うと、俺の首筋に噛みついてきた。そのままチューチューと吸われる。後輩ちゃんは軽くカプカプと甘噛みし、ぷはっと口を離した。


 チロリ、と妖艶に唇を舐めた姿を見て、やっと俺は我に返った。吸われた首筋に手を当てると、後輩ちゃんの唾液でねっとりと軽く濡れていた。



「こ、ここここ後輩ちゃん!?」


「おぉー。女声になってますね。可愛いです」



 見た目は美少年で、声は後輩ちゃん。違和感がありすぎる。



「本当に後輩ちゃんだよな?」


「はい。先輩の超絶可愛い彼女である後輩ちゃんです。びっくりしましたか?」



 後輩ちゃんは、凛々しく微笑むと、クルリと華麗にターンを決める。最後に胸に片手を当てて、優雅に一礼。とてもかっこよかった。全員が後輩ちゃんに見惚れている。



「滅茶苦茶ビックリしてるんだけど、そのコスプレは何だ? 執事か? でも、なんで俺の首筋に吸い付いた?」


「執事じゃないですよぉ。吸血鬼です。ドラキュラです。ヴァンパイアです。先輩が可愛かったのでつい吸い付いちゃいました。血を吸った後のキスマークと歯形がついちゃいましたね」



 吸い付いた場所を、後輩ちゃんが指でなぞる。やっぱり跡が残ってるかぁ。俺ってこのままキスマークを付けられた状態で過ごさないといけないのか?


 後輩ちゃんは、何故か拗ねて頬を膨らませる。その仕草は、普段は可愛いけど、今はとてもかっこいい。イケメンは何でも似合う。



「先輩が怖がってくれません。ヴァンパイアなんですよ。もっと怖がってくださいよぉ~」


「だって、全然吸血鬼の感じがしないし。ただのイケメンにしか見えない。俺も雪女になってるから、多少は大丈夫みたいだ」


「むぅ! まあいいです。それよりも、折角の女声なんですから、言葉遣いも変えないと! 役になりきりましょう!」



 言葉遣いか。和服を着てるから、敬語口調か? いや、ちょっと砕けさせよう。女性っぽく柔らかめに、でも、雪女だから少し冷たく…。一人称は私…いや、わたくしかな?



「コホン。こんな感じでいかがかしら? 雪女をイメージしたのだけど」


「おぉー! いい感じです! 大人っぽい雪女さんです!」


「わたくしはこれでいきましょう。後輩ちゃん…いえ、葉月さんも口調を変えたらどう?」


「そうですね。吸血鬼は我輩? ふむ」



 頬に手を当てて悩んだ後輩ちゃんは、目を瞑ってイメージを固め、コホンと咳払いをした。そして、低い声で高笑いを始めた。



「ふはははは! そこの麗しき雪の乙女よ! 我輩に血を差し出すのだ!」


「「「 却下! 」」」



 俺だけじゃなく、クラスメイトが全員同時に叫んだ。吸血鬼のイメージは残虐で血に飢えた感じがするけど、凛々しい後輩ちゃんには全然似合わない。


 むしろ、見た目通り執事キャラでいったほうがいいのかもしれない。


 キョトンとしている美少年の吸血鬼さんにお願いしてみる。



「吸血鬼さん? 執事のイメージでお願いできる?」


「執事ですか。コホン。これでよろしいでしょうか、お嬢様?」


「「「 はぁ…いい…♡ 」」」



 男装した女子の皆さんから満場一致で肯定されました。全員の目がハートマークになっている気がする。同性も堕とすとは、流石後輩ちゃんだ。魔性の女。いや、今は美少年か。


 くっ! 俺よりもかっこいいではないか。男のプライドが一気に砕け散った気がする。いや、後輩ちゃんと比べることすらおこがましいな。



「颯くんと葉月ちゃん! そこに並んで!」


「何かしら?」


「かしこまりました」



 女子に言われるままに後輩ちゃんと横に並ぶ。女子の手にはスマホが…。パシャパシャと大量の写真が撮影される。


 ちょっと! 俺も後輩ちゃんの写真が欲しいんだけど! お願いしたら後で送ってくれるかな?



「大和撫子に付き従う執事…いいわぁ」


「美男美女。実に絵になる!」


「和洋折衷。はぁ…もう文化祭が終わってもいいかも。満足…」



 いやいや! まだ文化祭は始まってませんから! 今からが本番だぞ!


 それからしばらくの間、雪女に女装した俺と、吸血鬼 兼 執事に男装した後輩ちゃんは、クラスメイト達にバシャバシャと写真を撮られ続けるのだった。

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