第278話 開始前のドタバタと後輩ちゃん

 

 文化祭の開幕だぁー! いえーい!


 と言っても、開始時刻は数時間後だけど。現在の時刻は7時前。文化祭の開始は10時から。まだ3時間くらいある。


 文化祭は今日と明日開催される。大抵は二日連続でクラスの出し物を開催するが、一部の劇やコンテストはどちらか一日しか行わないらしい。


 今は丁度学校に着いたところだ。普段よりもとても早い。でも、俺たちは昨日作ったお菓子を運び、コスプレ衣装に着替えなければならないのだ。他にも、役割の再確認などやることは沢山ある。


 後輩ちゃんや昨日一緒にお菓子を作ったメンバーと大量の手荷物を持って登校した。女子たちは俺の部屋に泊まったわけではない。朝早く俺の家に来て運ぶのを手伝ってくれたのだ。


 もう既に、学校の生徒たちが忙しく働き出している。俺と後輩ちゃんを愛でたり睨んだりする余裕もないらしい。


 ギリギリまで準備を行っているところもある。中庭からは歌声や演技の声が聞こえてくる。演劇をするクラスの練習だろう。楽器の音は吹奏楽部か?


 とても賑やかでお祭りのようだ。ちょっとテンションが上がる。楽しもう。


 女子たちがガラガラっと教室のドアを開ける。



「おっはよー! 新婚夫婦の家はすごかったぁー!」


「ふはははは! いいだろう! どやぁ!」


「マジで夫婦だった。そして、料理が美味しかった」



 開口一番にそれですか。お菓子持ってきたよ、とかじゃないんだね。報告するのは俺たちの家のことなんだね。ウチのクラスの女子らしいや。



「「「 ずるい! 羨ましい! 」」」



 うん、当然行ってない女子たちもそんな反応するよね。お菓子よりも俺の家のことに興味津々だよね。知ってた。


 女子たちと後輩ちゃんの後に続いて教室に足を踏み入れた俺は、足が竦んで硬直した。身体がブルブルと震え始める。



「ひ、ひぃっ!?」


「んっ? 先輩どうしました?」



 俺の小さな悲鳴が聞こえたのだろう。後輩ちゃんが心配そうに振り返った。後輩ちゃんはすぐに状況を理解する。そして、楽しそうにニンマリと笑った。



「なるほどぉ~! お化け屋敷風の喫茶店ということを忘れていましたね? 先輩のだぁ~い好きなホラーですよぉ~! ほらほらぁ~泣いてもいいですよぉ~! 私の胸に飛び込んできても…」



 何やら後輩ちゃんが言っている。でも、俺はカチコチの身体を動かして、即座に回れ右をして、教室から出て、ドアをバタリと閉めた。


 廊下に出て、一人で息を整える。心臓がまだバクバクしている。震えが止まらない。


 すっかり忘れてたけど、教室は俺の大っ嫌いなお化け屋敷風に飾りつけがされてるんだった。大切なことを忘れるなんて俺の馬鹿野郎!


 ふぅ…頑張った俺! 手に持ったお菓子のバッグを落とさなかったぞ! えらい! 中にはクッキーとか焼き菓子が入っているから、落としたら大変なことになるところだった。危ない危ない。


 すぐにドアが開き、プンスカ頬を膨らませて拗ねた後輩ちゃんが廊下に出てくる。



「どうした、後輩ちゃん?」


「『どうした、後輩ちゃん?』じゃないですよ! 折角怖がる先輩を愛でようと思ってたのに、台無しじゃないですか!」


「後輩ちゃんは悪魔かっ!?」


「ふふんっ! 超絶可愛い小悪魔な彼女です! 私は、先輩の怖がる姿を糧に生きているのです!」


「………俺、しばらく姉さんと二人で寝るから」


「ダ、ダメです! 冗談ですからぁ~!」



 涙目になった後輩ちゃんが縋りついてきた。ふむ。咄嗟に思いついた脅し文句だったが、予想以上に効いたな。後輩ちゃんが調子に乗った時に言ってやろう。この様子だと桜先生にも効果抜群だろう。


 後輩ちゃんが縋りついてきたことで、廊下で抱き合ってるようにも見える。というか、そうしか見えない。俺たちを追って教室から出て来た女子が、ニヤニヤ笑ってスマホのシャッターを切る。



「ぐへへ。ごちそうさまです。イチャラブを邪魔して悪いんだけど、衣装に着替えないといけないから、さっさと中に来てちょうだい。お化粧とかもあるからね」



 そう言うと、俺たちの手が掴まれて、教室の中に引きずり込まれた。


 恐怖で目を瞑った俺は、後輩ちゃんに抱きつく。すぐに、声がかかった。



「先輩。バックヤードに着きましたよ。もう目を開けて大丈夫です」


「嘘だな! 絶対に嘘だろ! 俺を怖がらせるつもりなんだな!」


「ギュッと目を瞑っている先輩も可愛いですけど、そのままだと私が服を脱がせてお着替えさせますよ? 私は大歓迎ですが」


「あぁもう! 時間がないからシャキッとしろっ!」



 女子の威勢の良い声が聞こえたと思ったら、後頭部をバシンと叩かれた。痛みと驚きで思わず目を開けると、そこは本当にバックヤードだった。


 男子たちが着替えている。いや、女子たちに着替えさせられてる。


 男子は恥ずかしそう。女子は恥ずかしくないのだろうか?


 女子の鋭い声があちこちから上がる。



「ほら! じっとして! 化粧できないじゃん!」


「あぁもう! 髭剃ってない! 剃ってこいって言ったじゃん!」


「はぁ? スカートなのにすね毛って馬鹿なの? アホなの? 剃刀やるからさっさと剃ってこい!」


「自分で化粧するって? 化粧を嘗めるなぁー!」



 いろいろと混沌カオスだ。女装男子が集まり、女子たちが鬼気迫る般若の顔で怒鳴っている。


 呆然としていたら、俺の両腕が掴まれた。後輩ちゃんと、俺の担当となった女子がニッコリと微笑む。



「さて、先輩。逝きましょうか」


「逝こ逝こ! 綺麗にしてあげるからね、雪女ちゃん!」



 今、字が違いませんでしたかぁ~!? だ、誰か助け……てくれませんよねぇ…。


 抵抗するのを諦めた俺は引きずられて、後輩ちゃんと女子によって着替えさせられ、お化粧を施されるのだった。


 そして、瞬く間に、妖怪雪女に女装した俺が完成しましたとさ。


 女装するのはもう何度目だろう……グスン…。

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