第275話 重大なお知らせと後輩ちゃん

 

 今日も今日とて文化祭の準備であります。メニュー表を作成したり、接客マニュアルも全員に配ったり、広告用のポスターや看板も作成している。


 衣装も完成したようで、一人一人呼び出されて、試着をし、最後の確認が行われている。


 俺はできるだけホラー以外の小物を作ったり、クラスメイトが散らかしたところを掃除したりしている。主に家事ができない後輩ちゃんの周りだけど。


 家事能力皆無の後輩ちゃんは、ここでもお得意の散らかしスキルを発動させている。クラスメイトがドン引きするくらい周囲を汚すのだ。


 全く仕方がないなぁ。俺が掃除してあげますよ。


 文化祭に向けて黙々と作業を続けていると、教室のドアがガラガラッと開いて、文化祭実行委員が戻ってきた。何やら話し合いがあったらしい。


 女子が教卓の椅子にもたれかかるようにぐったりと座り、悲壮感を漂わせながら、頭を抱えて俯いた。顔がとても暗い。


 一体何を言われたんだろう? まさか、今になってごちゃ混ぜ喫茶が中止になったりして…超ラッキー! じゃなくて、超残念だ。


 クラス中が注目していると、実行委員が苦悩の声を漏らした。



「紳士淑女諸君。重大なお知らせがある」



 あまりの迫力に、誰かがゴクリと喉を鳴らした。


 強い光を放つ鋭い眼光が教室を見渡す。



「良い話と悪い話、どっちから先に聞きたい?」


「じゃあ、悪い話から。でも、どうせあんたのことだし、そこまでないでしょ?」



 一人の女子の言葉に、それ以外の女子も、うんうん、と頷いた。



「『一緒に回る人がいな~い! 彼氏欲しい~!』とか」


「『誰かシフト変わって! 行きたいイベントがあるの!』とか」


「『ごめん! 一回言ってみたかったの!』とかでしょ? ほらほら! 早く謝っちゃいなよ! 私の広い広い太平洋並みに広い心で許してあげるからさ!」


「んじゃ、あたしはユーラシア大陸並みに広い心で!」


「私は宇宙並みに広い心の持ち主です!」


「二次元だけどな」


「ねぇ? それって私の胸が真っ平ってことを言いたいの? 平面だって言いたいの? ねぇ? 喧嘩売ってる? あ゛ぁんっ? ぶっ飛ばすぞ!」


「出てる! 素が出てるよ! 落ち着いて!」


「あっ……おほほ! 違うんですのよ。今のは演技であって、決して私の素とかではないですの。おほほほほ」



 今日も女子は仲良しだ。一部で般若が出現し、喧嘩が勃発して、教室が血の海になりそうだったけど、何とか最悪の状況を防ぐことができた。


 女子って怖い…。淑女って何だろう…?


 笑い合ってふざけ合う女子たちには一切混ざらず、文化祭実行の女子がボソリと言った。



「………家庭科室の使用予約がいっぱいで、抽選が行われたんだけど、外れた。お菓子を焼けない」



 シーンと静まり返る教室。誰もが凍り付いている。


 彼女が何を言っているのかよく理解できなかった。今、お菓子を焼けないって言った気がするけど、俺の気のせいだよね? 聞き間違いだよね? 嘘だよねっ!?


 俺たちの視線を集めた女子は、スゥっと静かに顔を逸らした。それで、俺たちはようやく本当のことだと理解した。


 全員が腕を組んで悩み始める。



「これは不味い。最悪の状況だ」


「そうだね。よく考えればわかることじゃん。料理を提供するのはウチのクラスだけじゃないよね。どうしよう」


「最悪は飲み物だけか? くっ! どうすれば!」


「……お菓子…先輩のお菓子…お菓子お菓子…しぇんぱいのおかしぃ~…」



 本当にどうすればいいんだろう? このままだと、俺たちは文化祭の出し物ができない!


 後輩ちゃんは出し物よりもお菓子のほうが重要らしい。確かに、出し物=お菓子ってことになってるけど、明らかに後輩ちゃんはお菓子を食べたいだけだよね? 出し物が中止になるかもしれないのに、微塵も残念がってないよね? 後輩ちゃんらしいけど。


 ショックを受けて落ち込むクラスメイト。申し訳なさそうにしていた実行委員の女子が、一転してドヤ顔をする。



「皆の者! 諦めるのはまだ早い! 私は良いこともあるって言ったぞ!」


「「「 そ、そうだったぁー! 」」」



 ウチのクラスは仲がいい。全員で大げさなリアクションを取る。もちろん、俺と後輩ちゃんもしました。



「紳士淑女の諸君! よく聞け! 抽選に外れて、諸君にどう伝えようか真剣に悩み、渾身の『テヘペロ♡』を繰り出そうと決めた私は………って痛い! 物を投げないで! そんなに可愛くなかった? はっ!? 私が可愛いからみんな嫉妬したんだ…って痛い! 痛いから! 室内靴を投げるなぁ!」


 女子が手で顔を庇って投げつけられる物からガードする。


 彼女のテヘペロが物凄くウザかった。申し訳ないけど、イラッとした。


 怒号が響いた教室は、しばらくすると落ち着きを取り戻した。実行委員の女子は、乱れた髪を撫でて、咳払いをし、何事もなかったかのように喋り出す。



「私は思いついたのだ! 『別に学校でお菓子を作らなくてもよくね?』と!」



 ふむ、とクラスメイトが腕を組んで頷いた。確かに、学校で作る必要はない。どこか別の場所で作って、当日に持って来ればいい。頭いいな。



「思い立った私は走った。理解ある学校の先生を説得するために私は走った」



 えっ? なに? 元ネタはなに? 走れメロス?



「というわけで、先生に許可取りましたー! 文化祭の前日は丸々一日準備でしょ? だから、お菓子作りのメンバーは、颯の家に行ってお菓子を作りまーす! 私はその監督!」


「「「 ナイスアイデア! 」」」


「「「 えぇー! ずるーい! 」」」



 教室の意見が真っ二つに分かれた。お菓子作りのメンバーは大歓声を上げ、それ以外の生徒はブーイングを行う。


 俺はポカーンとするしかない。何故俺の家? 確かに、オーブンはあるよ? でも、俺の家じゃなくても…。


 よく先生が許可したな。まあ、ウチの学校はそういう所あるよね。出席日数は滅茶苦茶厳しいのに。



「これはもう決まったことです! 異論反論その他の意見は認めませーん!」


「なあ? 俺の意見は?」


「もちろん認めなーい! 一回行ってみたかったんだよねぇ。バカ夫婦の愛の巣に!」



 主な理由はそれかっ!? ただ単に俺たちの家に来たかっただけか!


 くっ! こうなったら何とかして防ぐしか…。


 ニコッと笑った実行委員の女子は、可愛らしくウィンクをする。



「いいのかぁ~? シフト、入れちゃうぞっ♡」


「ぜひウチに来てください! お願いします! だから、シフトは入れないでください!」



 俺は逆らうことができず、即座に頭を下げてお願いするのだった。


 はぁ…本当にどうしよう…。大変なことになってしまった…。


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