第274話 文化祭の予定と後輩ちゃん

 

 ベッドの上。柔らかな枕が気持ちいい。甘い香りがして温かい。とても心安らぐ至福の枕だ。癒される。


 顔をグリグリと押し付け、深く深呼吸。そして、ぐてーっと身体を脱力させる。


 あぁ…今日は疲れた。



「弟くん、疲れてるわね」



 枕、もとい桜先生が話しかけてきた。優しく頭を撫でてくれる。気持ちいいです。



「……まぁな」



 現在俺は桜先生のお腹を枕にしている。ベッドに倒れ込んでいたところ、桜先生がスススッと寄ってきて、黙って横になり、俺の頭を持ち上げて、自分のお腹に乗せたのだ。俺は面倒くさくてされるがままになっていた。



「文化祭の準備がなぁ…」


「弟くんたちはごちゃ混ぜ喫茶だったわよね?」


「そう。部屋の内装がお化け屋敷風だから、ホラーの飾りを作らされました。拷問だよ。途中からは後輩ちゃんのおかげで免除になったけど、その後も拷問は行われました」


「あぁーなるほど。頑張ったわねぇ。お姉ちゃんがよしよししてあげるわ!」



 うふふ、と嬉しそうに桜先生が頭を撫でてくれる。


 ナデナデが気持ちいいです。癒されます。もっとしてください。


 弟が姉に甘えるなんて普通のことだよね! だから甘えます。


 ポンコツで残念だけど、包容力抜群の姉に癒されていると、お手洗いから戻ってきた後輩ちゃんが寝室に入ってきた。


 両手をブラブラさせている。ちゃんと手をタオルで拭いたんだろうな?



「おぉ! 先輩がお姉ちゃんに甘えてるぅー! 私も混ぜるのだー! とうっ!」



 後輩ちゃんがベッドにダイブしてきたので、慌てて俺たちは避けてスペースを確保する。そのスペースに無事に着地した。危なく押しつぶされるところだった。


 そんなことは一切気にせず、後輩ちゃんは嬉しそうに俺と桜先生の腕を掴んで抱きしめた。



「いひひ! 先輩とお姉ちゃんのサンドウィ~ッチ! なんて豪華なんでしょう!」


「あら! 嬉しいことを言ってくれるわね。もっとサンドウィッチしてあげる! むぎゅ~!」


「私もむぎゅ~!」



 姉妹がむぎゅっと抱き合って、スリスリと頬擦りしている。超絶美少女と絶世の美女の絡み合い。尊いです。最近ネットでは『てぇてぇ』って言うのか? 俺は詳しくないからよくわからないけど。


 それに、豪華って言ってるけど、ほぼ毎日こんな感じだぞ。豪華なのは認めるが。


 後輩ちゃんがクイクイっと俺の服を引っ張り、キラキラした瞳で見つめてくる。期待顔がとても可愛い。



「先輩も先輩も! ほらほらっ! 超絶可愛い彼女の私をむぎゅ~って抱きしめてくださいよぉ! ほれほれ~ほれほれ~!」


「……恥ずかしいからヤダ」


「今さら恥ずかしがるなんてどうしたんですかぁ~? はっ!? まさかこれが噂の倦怠期ですかっ!? ど、どうしよぉ~」



 ブワッと涙で瞳を潤ませ、アワアワと慌て出す後輩ちゃん。桜先生も倦怠期という言葉に反応して同様に慌て始める。


 ちょっと可愛いけど、本気で泣きそうだから静観するのは止めておこう。


 本当に恥ずかしかっただけなんです。毎回毎回勇気を出してるんですよ、こっちは!


 どうしよう、と呟いている後輩ちゃんを桜先生ごとむぎゅっと抱きしめる。後輩ちゃんの身体は柔らかかった。



「ほえっ!?」


「後輩ちゃんむぎゅ~!」


「せ、先輩?」


「はい、後輩ちゃんの先輩です。なんか猛烈に恥ずかしかっただけだから心配するな」


「で、ですよねー! わ、私、ちゃんとわかってましたよー!」


「お姉ちゃんはわからなかったよぉ~! びっくりさせないでぇ~」



 後輩ちゃんは明らかに嘘を言っているな。途轍もなく棒読み口調だった。これで誤魔化せると思っているのだろうか?


 桜先生はホッと安堵して、むぎゅっと抱きしめてくる。


 しばらくの間、俺たちは、むぎゅむぎゅし合う。



「そう言えば、私がお花摘みから戻って来たとき、何を喋ってたんですか?」


「あの時は、文化祭の話だったな」


「そうそう。ごちゃ混ぜ喫茶の準備で疲れたーって弟くんがお姉ちゃんに甘えてきたの。うふふ。可愛かったわ」


「なるほどぉ~!」


「二人は当日何するの? 接客?」


「接客なんかしたら俺は死ぬぞ! お化け屋敷風に飾りつけされた場所なんて絶対に近づかないからな!」



 全力で拒否させてもらう。ハロウィンでトラウマを植え付けられたから、即座に泣き出す自信がある! 俺は絶対に接客はしない!



「私と先輩は、コスプレをして、看板を持って、校内を巡って宣伝する係です。ぶっちゃけ、先輩とデートです! クラスメイトを説得しました!」



 説得というか、取引だったような気がする。取引も説得の内か。


 桜先生が、いいなぁ、と羨ましげに呟いた。



「姉さんは何するんだ? 見回りか?」


「それもあるけど、売り子さんがメインね。先生たちはフランクフルトとか、アメリカンドッグを売るの」


「絶対に食べ物に触れるなよ! 絶対だからな!」


「もう! ちゃんとわかってるわよ! 私はお客さんに呼びかけるだけなの!」



 よ、よかったぁ。安心した。文化祭で倒れる人が続出するかと思った。ポイズンクッキングのスキルを持った桜先生が飲食の店に関わると聞いてびっくりしたぞ。最悪の場合、死人が出るからな。


 ムスッと桜先生が頬を膨らませて拗ねた。可愛らしかったので、指でツンツンしてみると、ぷすーっと空気が抜けてしまった。本当に可愛い。



「先輩先輩! 絶対に買いに行きましょう!」


「そうだな」


「ぜひ来てちょうだい! お姉ちゃんも時間があったら二人の教室に行ってみるわね。喫茶店ということは、お菓子がある。そして、そのお菓子は弟くんが作ると予想したわ!」


「ピンポンピンポーン! だいせいかーい!」



 こういう時だけ勘が鋭いんだから。女の勘ってやつか? それとも、ただの食い意地?


 絶対に行くわ、と桜先生が燃えている。やる気に満ち溢れている。



「そんなお姉ちゃんに質問です。私たちのクラスに先輩を引っ張って行きたいんだけど、どうすればいいと思う?」


「無理やり引っ張って行くしかないわね。それか誘惑かしら?」


「やっぱりそうなるよねー」


「おいコラ! 俺は絶対に行かないぞ! 行かないからな! 絶対だ!」



 これはフリなんかじゃないぞ! 違うんだからな!


 だから、わかってますよ、というニヤニヤ笑いを止めろぉ~!



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