第273話 拷問と後輩ちゃん

 

 俺は今、拷問を受けている。精神的にも肉体的にも辛い作業だ。今すぐここから逃げ出したい。意識を手放してしまいたい。でも、目を光らせる監視人がいる。


 どこからか持ってきた鞭を振るい、空気を斬り裂くビシッという音が響く。その度に、多くに人が身体をビクつかせ、目の前の作業に集中する。


 拷問が行われているのは高校の教室。ワイワイ楽しく盛り上がるはずの教室が、今日はシーンと静まり返り、緊張感が漂っている。黙々と作業を行う。


 俺たちが行っているのは文化祭の飾り付けの準備だ。文化祭で行うのは『ごちゃ混ぜ喫茶』。男子は女装し、女子は男装し、部屋の内装はお化け屋敷風の喫茶店。


 ホラー嫌いの俺にホラーの飾り付けを作らせるなんて、何という拷問だ! 俺止めていい? 泣いていい? 恐怖で叫んでいい? もう既に半泣きなんですけど!



「ほらそこ! 葉月の夫! 手を休めるな!」


「うっす!」



 教壇で鞭を振るう文化祭実行委員の女子が、鞭を振るい、メガホンを使って大声で注意してくる。俺は涙を流しながら拷問を受ける。


 うぅ…嫌だよぉ。怖いよぉ。何でこんなものを作らないといけないんだ…。


 今週末に文化祭が行われるため、今週は午後から全部の授業で準備の時間になっている。最初はワイワイガヤガヤと盛り上がって準備していたのだが、話に夢中になってしまい、作業が遅れてしまったのだ。


 それに気づいた文化祭実行委員の女子は、突然どこからともなく鞭とメガホンを取り出し、鬼軍曹へと変化した。そして、今のような状況が出来上がった。


 彼女はホラー並みに怖い。彼女には逆らえない。怖いよぉ。


 実行委員の女子が、手が止まっている人を見つけて、再び鞭を振るう。



「今度はそこっ! 颯の嫁! 夫を見つめて手を止めるな! キリキリ働け!」


「でもでもぉ~! ヒィーヒィー泣きべそかきながらお化け屋敷の飾り付けを作る先輩が可愛いんだもん! これは愛でるしかないと思います! 仕方がないことだと思います!」



 手を止めて、うっとりと俺を眺めていた後輩ちゃんが、鬼軍曹に反論する。クラス中が、すげぇ、と思ったに違いない。



「えっ? マジ?」



 思わず鬼軍曹の演技を忘れ、興味津々で俺を眺める。他の女子も手を止めて、俺を眺めようと近寄ってくる。


 クラス中が俺に注目したので、慌ててウルウルした目を乱暴に拭い、ズピズピと鼻をすする。



「お、俺は泣いてないもん!」


「「「 ぐはっ!? 」」」



 女子たちが全員胸を押さえて崩れ落ちた。唯一耐性のある後輩ちゃんだけが無事だ。でも、うっとりとして、だらしなく開いた口からは涎が垂れそうだ。



「みんな分かった?」



 後輩ちゃんの問いかけに、女子たちが弱々しく頷く。



「こ、これはヤバい。破壊力が凄すぎる…」


「もん、だって…怖がる颯くんが、怖くないもん、だって…」


「ギャップ萌えか!? これがギャップ萌えってやつなのかぁ!?」


「幼児退行する颯きゅん……いいわぁ…滅茶苦茶いいわぁ…」


「よーし! 女子たちは一旦休憩しよー! 男子は働けー!」



 えぇー、と男子からブーイングが上がるが、女子たちは一睨みで黙らせる。男子は何事もなかったかのように黙々と作業を再開した。


 もちろん、俺も作業を続けなければならない。拷問は続く。


 うぅ…なんで血だらけのお札とか作らなきゃいけないんだ…。もう嫌ぁ。



「はぁ…はぁ…いい…もっと泣いて…」


「グシグシと拭う仕草が尊い…」


「葉月ちゃん…ハロウィンの時はこれをずっと独り占めしてたの?」


「私だけじゃないよ。お姉ちゃんとかいたし。でも、たっぷりと楽しませていただきました。どやぁ!」


「「「 ずるい! 」」」



 女子たちが一斉に抗議の声を上げる。ニヤニヤした後輩ちゃんは、何故かスマホを取り出した。



「ここに、その様子が保存されております。見たい?」


「「「 見たい! 」」」


「では、取引と行きましょう。見せる代わりに、私と先輩の作業を免除すること。どうかな?」


「「「 取引成立! 」」」



 女子は満場一致で後輩ちゃんの提案に賛成し、取引が成立した。


 後輩ちゃんは神か? 俺を救ってくれる女神様なのか…!? あっ。俺の超絶可愛い彼女さんだったわ。後輩ちゃんありがとー!


 こんな拷問をしなくていいのなら、いくらでも痴態を見るがいい! この拷問よりは遥かにマシだ!


 でも、一応後輩ちゃんの周りだけは片付けておこう。家事能力皆無の後輩ちゃんは、周りをあり得ないくらい散らかしているから。どうなったらこうなるのやら。


 早く見たいと群がる女子たちに、後輩ちゃんは更なる条件を付ける。



「今見るよりも、さっさと作業を終わらせてゆっくり見るほうが良くない? 早く終わらせれば終わらせるほど長く見れるよ」


「淑女ども! さっさと終わらせるぜ!」


「「「 おう! 」」」



 目を血走らせた女子たちが、物凄い勢いで作業を終わらせていく。今までとは段違いのスピードだ。やる気に満ち溢れ、瞬く間に作業を行う。


 そんなに俺の怖がる姿が見たいのか? なんかちょっと怖い。


 女子たちを手玉に取った後輩ちゃんは、悪い顔でニヤリと笑っている。思い通りに進んでサボることができたので、とても嬉しそう。


 後輩ちゃん、お主も悪よのぉ。



「「「 終わった! 」」」


「早っ!?」



 あっという間に作業を終わらせた女子たちが、光の速さで移動して、後輩ちゃんを囲む。仕事を奪われた男子たちは、ただただポカーンとするだけだ。



「では、怖がる可愛い先輩の上映会を開催しまーす」



 パチパチパチ、と盛大な拍手が行われ、女子たちは大盛り上がり。


 そして、後輩ちゃんによる上映会が幕を開けた。









 あっ、やっぱりダメ! 恥ずかしいから止めて! 今すぐ止めろぉおお!


 これはこれで拷問でした。拷問から解放されたと思ったら、更なる拷問が待ち構えておりました。


 うぅ…穴があったら入りたい…。


 俺の拷問は長く続いた。

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