第272話 トリック・アンド・トリートと後輩ちゃん
11月1日月曜日。ハロウィンの次の日だ。とうとう11月になってしまった。早かったような遅かったような…。確実に去年よりは早く感じる。でも、これまで濃密な時間を過ごしている。だから、遅くも感じる。矛盾しているが、そうとしか言えない。
いつもと同じように後輩ちゃんと手を繋ぎ、周囲の男子から睨まれながら教室に入る。
最近は学校中から認められつつある。どちらかというと呆れかな? またかよ、という顔をされる。顔をしかめて胃の辺りを押さえる人も多い。
若いのにストレスで胃をやられているのか? 学校って大変だな。
教室にはクラスメイトがほとんどそろっていた。ワイワイと賑やかだ。女子は普段通り盛り上がっているが、今日は男子もすごい。雄たけびを上げている男子もいれば、大号泣している男子もいる。
一体何があったのだろう?
「やっほー! 新婚ホヤホヤのバカ夫婦!」
一人の女子が俺たちに気づいて手を挙げて挨拶してくる。そして、一斉に他の女子も挨拶する。俺と後輩ちゃんも挨拶を返しながら、囲まれている自分の席に向かう。
「んっ? 葉月の肌がトゥルットゥルに潤ってるんだけど…」
「ホントだ。艶々してる。颯くんは痩せた? 頬がげっそりとこけてるよ? はっ!? まさかっ!?」
「「「ヤッたのかっ!?」」」
女子全員が瞳を輝かせ、鼻息荒くして詰め寄ってきた。怖い怖い。滅茶苦茶怖いから離れて欲しい。まだ昨日のホラーを引きずってるんだ。ちょっとしたことで俺は泣くぞ!
後輩ちゃんは俺に腕に抱きついたまま、うっとりと微笑む。
「昨日は…」
「「「 …ゴクリ 」」」
「ハロウィンということで、ホラー祭りを開催しました! はぁ…怖がる先輩は可愛かったぁ…♡」
「「「ですよねー」」」
女子たちが全員ガックリと項垂れた。梅雨のじっとりとした湿度よりも更にじっとりとしたジト目が俺を睨む。ヘタレ野郎、という声が伝わってくる。
ヘタレで悪かったな!
「うん…でも、これがこの二人だよな」
「安定のヘタレっぷり」
「まだ初々しいのがいいのぉ~!」
まだ初々しいって、まだ俺たち付き合って二ヶ月くらいなんだけど…。付き合い始めたのは八月なんだけど…。
いちいち反論するのも面倒なので、スルーして席に着こうとしたら、机の上にこんもりと袋が積み上げられていた。後輩ちゃんの机にもたくさん乗っている。
「これは…?」
「一日遅いけど、トリック・オア・トリート! ということで、お菓子をあげまーす!」
なるほど。そういうことか。女子たちが一人一つお菓子を持って来てくれたらしい。とても嬉しい。でも、明らかに男子からのプレゼントもある。激辛のお菓子も見える。恨みと念がこもっている気がする。
「男子どもー! ついでにあんたらにもあげたんだ。感謝しろよー」
「「「ありがとうございます!」」」
男子が一斉に深々と女子に頭を下げた。雄たけびを上げたり大号泣していたのは、女子からお菓子を貰ったからか。納得した。
「というわけで、颯。悪戯していい?」
「トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ♪」
「颯くんに悪戯…ゴクリ…」
「じゃあ、あたしは葉月に!」
「ウチは両方!」
なるほど。本当の目的は俺と後輩ちゃんへの悪戯か。
女子たちが目を血走らせ、フーフーと鼻息荒く、手をワキワキしながらにじり寄ってくる。ゾンビのようにゆらりと動くのがとても怖いんですけど!
でも、残念だったな。俺はちゃんとお菓子を用意しているのだ!
「ふっふっふ! 先輩がお菓子を用意していないと思ったんですか? ちゃんとここにあるのです!」
何故か後輩ちゃんが自慢げに胸を張って手に持ったバッグをアピールした。
「「「 な、なんだってー! 」」」
みんな仲いいな。息ぴったりだ。練習してた?
後輩ちゃんがバッグからラッピングされたパンプキンクッキーを取り出す。作ったのは俺だが、後輩ちゃんも袋詰めを手伝ってくれました。ありがとうございました。
全員せいれーつ、と後輩ちゃんが号令をかけると、ピシッと即座に並ぶクラスメイト達。男子も女子の後に一列に並んだ。
渡すのは後輩ちゃんに任せよう。皆嬉しそうに貰っていく。
男子は貰うだけで泣きはじめた。そんなに嬉しかったのか?
「「「 ありがとうございました! 」」」
「うむ! 苦しゅうない」
「後輩ちゃん…なんだよそのキャラは…」
俺の太ももの上に座って、得意げに踏ん反り返っていた。とても可愛かった。
みんな後輩ちゃんの冗談だとわかっている。ハハーっとノリに乗って平伏する人もいた。クラスメイトはみんな仲がいい。
女子はクッキーを貰って嬉しそうだが、ちょっと不満そうに唇を尖らせている。
「あぁ~あ。つまんないの。折角悪戯できると思ってたのに」
「クッキーを貰ったのは嬉しいけど、悪戯できなくなっちゃったね」
「あっ…私が颯くんにお菓子をあげなければ、颯くんが私に悪戯してくれた可能性が…」
「「「 ……あっ!? 」」」
その手があったか、という顔をしないで欲しい。今すぐ机のお菓子を取り去ろうとしないでください。どうやっても悪戯しませんから。
俺の太ももに座る後輩ちゃんが、机に両肘をつけ、真面目な顔で女子たちに言う。
「ふっ。皆さんまだまだですね」
女子たちが即座にいきり立つ。
「ちっ! ムカつくほど可愛い」
「イラッ! 私たちを鼻で笑いやがった。イライラッ!」
「何様だコノヤロー! 夫とイチャイチャしやがって! やんのかコラー!」
女子からの冗談に、うぐっ、と胸を押さえて傷つく演技をする後輩ちゃん。それでもめげずにドヤ顔をする。
「ふっふっふ…この言葉を聞いたら、みんな私を褒め称えることになるでしょう!」
「さっさと言いやがれー!」
「「「そうだそうだー!」」」
「もったいぶるなー!」
「「「そうだそうだー!」」」
「うわ~ん! せんぱ~い! みんなが酷いです~」
後輩ちゃんが俺に抱きついて泣き真似をする。シクシクと言葉に出している。そんな後輩ちゃんを抱きしめて、頭をナデナデしてあげる。
なんか最近女子たちの間で流行っているやり取りだ。みんなノリノリで楽しそう。
泣き真似を止めた後輩ちゃんは女子たちに向き直る。ナデナデを止めようとしたら、手を掴まれて頭に誘導された。
ナデナデを続けろってことね。はいはい、わかりました。
「気を取り直して、さっさと言っちゃいましょう! 『トリック・アンド・トリート ~お菓子をくれたら悪戯するぞ♡~』です。どういうことかわかるよね?」
ピシャーンと雷に打たれたような女子たち。一斉に後輩ちゃんに頭を下げる。
「「「 葉月様! 良い言葉をお与えくださり、誠にありがとうございます! 」」」
「うむ。苦しゅうないぞ」
だから、さっきから何をしてるんだ後輩ちゃんは! 女子たちも、ハハーっと平伏しないでください。
そして、顔を上げた女子たちが一斉に俺に視線を向ける。まるで獲物を狙う肉食獣のよう。
「トリック・アンド・トリート。実にいい言葉」
「お菓子をくれたら悪戯するぞ、か。この発想はなかった」
「ということは、颯くんがお菓子をくれたから、私たちは悪戯する権利があるんだね!」
ヤ、ヤバい! このままでは悪戯されてしまう! こういう時は、身代わりだ!
そそくさと逃げ出そうとする後輩ちゃんを捕獲! お腹に手を回して逃がさない。
「みんな! お菓子をあげたのは後輩ちゃんで~す! 悪戯をするならぜひ後輩ちゃんに!」
「なぁっ!? 私に押し付ける気ですか!?」
「女子たちに悪戯されて報いを受けるんだな! ふはははは!」
バタバタと暴れる後輩ちゃんをしっかりと抱き締める。
ほらほら女子たち! 今のうちに後輩ちゃんに悪戯を!
「まあ、両方に悪戯するんだけどね。みんなかかれー!」
「「「 おぉー! 」」」
「へっ? うわぁぁああああああ!」
女子たちが一斉に群がってきて、後輩ちゃん諸共揉みくちゃにされる。
おいコラ! どこ触ってんだ! や、止めろぉー!
俺と後輩ちゃんの悲鳴が教室に響き渡る。
クラスの女子たちに、満足するまで身体をペチペチスリスリとされた俺と後輩ちゃんは、解放されたときにはぐったりと疲れ果てているのだった。
やっぱりハロウィンなんか滅べばいい…。バタリ。
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