第271話 悪戯と後輩ちゃん

 

 ようやく泣き止んだ。一体どのくらい時間が経ったのだろうか?


 あぁ…怖かった。滅茶苦茶怖かった。後輩ちゃんと桜先生に抱きついて、我慢していた恐怖をぶちまけ、やっとスッキリした。涙が出すぎて脱水症状を引き起こしそう。


 これも皆ハロウィンのせいだ! ハロウィンのバカヤロー!


 俺は最後に後輩ちゃんと桜先生にグリグリと顔を押し付ける。甘い香りがして柔らかい。でも、俺の涙でぐっしょりと濡れている。なんか申し訳ない。


 恐る恐る顔を上げると、慈愛と思慕の笑みを浮かべた聖女が二人もいた。愛おしそうに優しく頭を撫でてくれる。



「先輩。落ち着きましたか?」


「弟くん、大丈夫かしら?」


「全然平気!」


「………先輩。今さら平気ぶって格好つけても無駄ですよ」



 後輩ちゃんの心底呆れかえった渾身のジト目攻撃。俺は再び顔を隠した。


 ですよね~。誤魔化せるとちょっとだけ思ったけど、効かないよねぇ。うん、知ってた。


 もぞもぞと起き上がると、二人の濡れた服がはっきりとわかってしまう。まだコスプレ中なので、ナース服とシスター服が二人の身体に張り付いている。


 なんか超エロい! 短いスカートが捲れ上がってるし!


 紳士の俺は、強靭な理性を発揮させて、ピンクと黒の下着を見なかったことにする。



「なんかごめんな。格好悪いところ見せちゃって…」


「いえいえ! むしろありがとうございました! 泣き叫んで幼児退行する先輩は超絶可愛かったです!」


「女装して猫又コスプレしている弟くんが泣いてるのよ! ご褒美だったわ!」



 瞳をぎらつかせ、鼻息荒く興奮している後輩ちゃんと桜先生。二人はこういう人たちだったな。謝ったことを後悔してきた。明らかに無駄だったな。



「じゃじゃーん! スマホの待ち受けにしちゃいました!」


「お姉ちゃんも!」


「ついでに、先輩のお母さんにも写真を送信しておきました!」


「何てことしてくれたんだ! 待ち受けは許すけど、それだけは許せん! なんで母さんに送ったりしたんだよ!」


「「トリック・アンド・トリート!」」



 俺の泣いてるコスプレ写真を待ち受けにした二人が、スマホを握って悪戯っぽく微笑んだ。


 こういう悪戯は止めて欲しかった…。他の人を巻き込まないでくれ…。


 多分、母さんがコスプレ衣装を用意した対価だったんだろうけど、この姿で号泣する写真を実の母親に見られたのか…。恥ずかしくて死にそう…。


 落ち込んでいる俺を余所に、二人は何やらゴソゴソとし始める。鏡の前で何かをぬりぬり。最後に唇を、んぱっ、とさせる。振り向いた二人の唇には真っ赤な口紅が塗られていた。



「ではでは、お菓子もくれましたし、約束通りちょっとえっちな悪戯をしてあげま~す!」


「まずは弟くんをベッドに押し倒して…マッサージ!」


「そ、それはダメェェェエエ………って、あれ? 普通のマッサージ?」



 ちょっとえっちな悪戯って言うから何かと思えば普通のマッサージですか!


 モミモミ、と楽しそうに口ずさみながら、ナースとシスターがマッサージをしてくれる。恐怖でビクビクして疲れがたまっているから、もみほぐされて気持ちいい。それに………ちょっと興奮する。



「全く…何を想像したんですか、先輩のえっち!」


「お姉ちゃんは弟くんの想像以上のことをしてあげてもいいわよ?」


「気持ちいいので、そのまま普通のマッサージをお願いします。はふぅ~気持ちいい」



 こんなにリラックスしたのはいつ以来だろう? それくらい思えるほど昨日と今日は時間が長かった。


 そう言えば、遠い昔のことのようだけど、後輩ちゃんとカウント・トゥーで遊んだのはまだ昨日か。時間がおかしく感じる。



「せんぱ~い。仰向けになってくださ~い!」


「ほ~い」



 ゴロンと寝返りを打って、仰向けになった。尻尾が邪魔なので抜き取る。猫耳も邪魔なので外そう。施された化粧は……もう既に取れちゃってるか。



「もうちょっとコスプレの先輩を見たいけど、えいっ! ふぉぉぉおおおおお! しぇんぱいの筋肉! ふぉぉぉおおおおお!」


「あぁ…すんごいわぁ…。弟くんの筋肉最高…!」



 上半身の服をいつの間にか脱がされ、俺の身体を見た後輩ちゃんと桜先生がちょっと壊れた。一人は瞳を輝かせて奇声を上げ、もう一人は熱っぽくうっとりと見つめている。


 あっ。元からこんな感じか。二人はぶっ壊れてたな。


 俺の上半身なんか見慣れているだろうに。お風呂に突撃してくるから、ほぼ毎日見てるよね? 飽きないの?


 二人は俺の筋肉をスゥーッと指先で撫でたり、スリスリと手の平全体で撫でてくる。とてもくすぐったい。



「おいコラ止めろ! くすぐったいだろうが!」


「はっ!? そうでした! 私たちにはやることがあるのです!」


「妹ちゃん! 一緒に頑張るわよ! せ~のっ!」



 可愛らしい掛け声が聞こえたかと思うと、俺の両頬に柔らかな感触がした。二人の唇の感触だ。


 キスを終えた二人は真っ赤な唇で妖艶に微笑むと、俺の首筋や鎖骨や胸にどんどんキスしていく。口紅を付けていたことで、次々にキスの跡が残っていく。


 俺の身体に瞬く間に大量のキスマークが…。



「な、なぁっ!?」


「ふっふっふ! いつか先輩の身体をキスマークだらけにしたかったのです!」


「これがキス魔の姉妹によるハロウィンの悪戯で~す! トリック・アンド・トリート! ハッピーハロウィン!」



 いえーい、とキス魔の姉妹がハイタッチをした。身体を見下ろすと、真っ赤なキスマークだらけだった。自分からは見えないが、両頬や首にもキスマークがついているだろう。


 ちょっと大量すぎて気持ち悪いけど、吸い付くんじゃなくて口紅だから許してやろう…。



「このまま先輩にあんなことやこんなことを……私、頑張りますから!」


「お姉ちゃんも~!」


「その前に、一つ忘れていないか?」


「「何を?」」



 後輩ちゃんと桜先生がキョトンとして、可愛らしく首をかしげた。全く何もわからないようだ。


 普通のハロウィンは『トリック・オア・トリート』。お菓子をくれないと悪戯していいのだ。そして、目の前の二人は俺に何もくれなかった。ホラー映画で虐めてきただけだ。だから、俺は二人に悪戯する権利がある。



「俺も二人に悪戯してもいいよな?」


「えっ? 先輩の雰囲気が…ひゃぅっ!?」


「弟くんが急に…はぅんっ!?」



 普段隠している存在感を放出したら、二人がビクッとのけ反ってベッドに倒れた。起き上がろうとするが、その動きは弱々しく、身体に力が入っていない。


 肌が火照って綺麗なピンク色だ。ビクビクと小刻みに震えている。



「しぇ、しぇんぱ~い…本気モードはらめぇれすぅ~」


「不意打ちはらめぇ~」


「何のことだ? 悪戯は置いておいて、まずはこのまま二人にマッサージをしてあげようか。そんなに怯えなくても大丈夫。普通のマッサージだから!」



 弱々しい動きで逃げ出そうとした二人の足を掴む。肉付きの良い素足が全開で、スカートが捲れ上がっているが気にしない。下着もお尻も丸見えだけど、そんなことは些細なことなのだ! 


 ……………ちゃんと記憶したけど。


 さてと。普段は嫌がる本気モードで、本気のマッサージをしてあげよう!


 大丈夫! 普通のマッサージしかしないから!


 ふっふっふ! 存分に楽しんでくれたまえ。



「い、いやぁ…死んじゃうから…堕ちちゃうから…昇天しちゃうから…!」


「慈悲を…弟くんの慈悲を…」


「問答無用!」



 俺は後輩ちゃんと桜先生に極々普通のマッサージを施す。


 すぐに、ベッドの上には、声も上げられず、ビクビクと痙攣して意識を失う、ナースとシスターのコスプレをした美女と美少女の姿があった。


 そして、意識を失う直前の二人に、俺からの悪戯として、艶めかしい鎖骨の辺りに吸い付いて、キスマークを付けて上げましたとさ。


 ふむ…ハロウィンもなかなか悪くない…。来年がちょっと楽しみだ。


 こうして、ハロウィンは無事に? 終了したのだった。


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