第270話 我慢できなくなった俺
ハロウィン当日の夕方。楓と裕也はコスプレから普通の服に着替え、荷物を持ち、玄関で靴を履いている。
今日は日曜日。明日は普通に学校だ。だから、泊まらずにそれぞれの家に帰るのだ。
二人は靴をトントンして履きながら振り返った。
「今日はありがとねー! 楽しかったー」
「特に颯がな」
「う、うるしゃい……ずぴっ」
俺は後輩ちゃんと桜先生の背中に隠れながら、ずぴずぴと鼻をすする。
ホラー映画の後遺症で涙と鼻水が止まらない。涙がポロポロ流れ、鼻はずぴずぴ。映画の記憶はないが、その恐怖は魂の奥底に刻み付けられている。
ホラー嫌い。ホラー怖い。大っ嫌い。ホラーなんかこの世から消え去れ!
「お兄ちゃん、ほれっ!」
「ぴぎゃぁぁあああああああああああああ!?」
楓がニヤニヤ笑いながらスマホの画面を見せてきた。そこに映っていたのは、尻尾が二本ある化け猫。俺は盛大に悲鳴を上げ、後輩ちゃんと桜先生にむぎゅっと抱きつく。
ガクガクブルブル……怖い、怖い、怖い! って、あれ? 今のは俺のコスプレ写真では?
「くふふふっ! お、お兄ちゃんが、自分の写真を見て怖がってる! くははは! 手遅れだこりゃ! あはははは! あぁ~お腹痛~い!」
愚妹がお腹を抱えて大笑いする。彼氏も大爆笑。もうヤダ、このバカップル。さっさと帰って欲しい。出て行け!
ちなみに、俺の彼女と姉はうっとりと俺を愛でている。この二人はブレない。
目の端に浮かんだ涙を拭い、バカップルが仲良く腕を組んだ。
「んじゃっ! お邪魔虫は退散しまーす! 夜はこれからだぜ! 特にお兄ちゃん! この後、汗だくで激しく絡み合ったら連絡よろ~!」
「颯、ヘタレるのもいい加減にしろよ。男は度胸だぜ!」
うっせぇ! 白い歯を輝かせてニヤニヤ笑ったバカップルがマジでうぜぇ! サムズアップもするな! さっさと帰れ! シッシッ!
がるる、と威嚇をしながらバカップルを手で追い払う。二人は気にすることなく手を振った。
「にゃはは~! また近いうちに~! じゃあね~!」
「ちょっと早いけど、おやすみ!」
「もう二度と来るな!」
シッシッと追い払い、二人は笑いながら帰って行った。ドアが閉まった瞬間、鍵を閉めてチェーンロックをする。これで大丈夫なはずだ。
「そんなに急いで鍵をかけなくても…はっ!? まさかっ!?」
「とうとうお姉ちゃんと妹ちゃんを襲う気に!?」
「なってません!」
脳内ピンクのお花畑の姉妹にチョップを落とし、痛がる二人の腕を掴んで部屋の奥へと連れて行く。二人は何故か嬉しそうなのは気のせいだろうか? 気のせいに違いない。チョップは何も関係がないはずだ。
向かった先は寝室。まだホラー仕様を片付けていないため、ビクビクと震えて泣きながら、適当に集めてポイ捨てする。
お札とかいらないだろ! 封印の注連縄みたいなものも持って帰れよ!
ある程度片付けられたら、後輩ちゃんと桜先生をベッドの上にポイっと放り投げる。
「おぉっ!」
「あぅっ!」
ベッドが弾んで衝撃はない。目を白黒させて、キョトンとしている二人にむぎゅっと抱きついて押し倒す。俺たちはまだコスプレしたままだ。後輩ちゃんはナース服で、桜先生はシスター服。
俺はもう、我慢できない!
「ま、まさかっ!? 先輩本当に!?」
「先にお風呂に…!」
「びぇぇええええん! ごわがっだよぉ~!」
「「は?」」
俺は二人の身体に抱きつき、今までの恐怖を爆発させる。
怖かった。本当に怖かった。死ぬほど怖かった。もうホラーのホの字を聞くだけで恐怖が襲ってくる。
邪魔者二人がいなくなったから、俺は後輩ちゃんと桜先生に甘えて、盛大に号泣する。
「い゛や゛ぁぁぁああ! ホラー大っ嫌いぃぃいいいいいいい!」
「あっ…あぁーそうですよね…先輩はこういう人でしたね。残念な気持ちでいっぱいですが、先輩が可愛いです」
「ちょっと期待しちゃったわね。でも、弟くんらしいわ。可愛いから許す!」
「もう嫌ぁぁああああああああああ!」
二人の身体にグリグリと顔を押し付け、服を涙でビチョビチョにさせる。優しく慰めてくれるのがありがたい。とても癒される。
でも、俺をホラーで虐めてこういう風にした元凶はこの二人である。自分で虐めて自分で慰めるとか、恐ろしい姉妹だ…。
「あぁ~よちよち。可愛いですねぇ~。もっと泣いて甘えていいんですよ~」
「この母性の塊…違うわね。姉性の塊の大きなおっぱいに顔を埋めていいのよ~」
「ぐすん…ぐすん…ずぴっ」
「「はぁ…可愛い…」」
トロ~ンと蕩けきった表情で熱い吐息を漏らす姉妹。楓と裕也がいなくなったことで、抑える必要がなくなった。イケナイ顔になっている………はずだ。俺は顔を埋めているからわからない。見たとしても涙でぼやけるだろう。
「ホラー嫌い。絶対観ない…。後輩ちゃんのばかぁ~! 姉さんのあほぉ~! ばーかばーか! ずぴっ」
「はぅ…!」
「ふぐっ!」
何故か後輩ちゃんと桜先生がピクピク痙攣し始めた。少し顔を上げると胸の辺りを押さえて苦しむ二人の姿が…。
「幼児退行した先輩は、もはや兵器です…」
「それにまだ猫又の女装コスプレ中…。いつもより破壊力が…!」
瀕死の重傷を負った二人は、何とか耐える。残りHPは1だろう。
二人は自らHPを削りに行く。
「……先輩? 私たちのこと嫌いになっちゃいました?」
「ちょ~っと、ほんの少し、極々僅か、やり過ぎたかなぁって思っているのだけど、お姉ちゃんと妹ちゃんのこと嫌いになったりして…」
「………ううん………しゅき…」
「「ぐはっ!?」」
後輩ちゃんと桜先生は、ベッドに倒れ込んでピクピクしたまま動かなくなった。ナデナデが無くなってちょっと残念。でも、大人しくなったから思う存分抱きついて泣くことができる。
俺はもう我慢することなく、盛大にむせび泣くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます