第267話 撮影会と後輩ちゃん

 

 ナース服の後輩ちゃんが、呆然と固まる俺の唇を貪り、ゆっくりと顔を離した。妖艶にチロリと唇を舐める。



「これでお口は治りましたね♡」



 悪戯っぽく微笑む後輩ちゃん。俺はズザザッと後輩ちゃんから距離を取り、キスされた唇を思わず撫でる。


 顔が熱い。猛烈に熱い。顔から火が出そう。



「こ、こここここ後輩ちゃん!?」


「はい。超絶可愛い彼女の後輩ちゃんです」


「い、いいいいい今のは!?」


「治療です」


「ち、治療!?」


「はい。治療です。誰が何と言おうと治療です。今の私はナースなので!」



 純白のナース服を着た後輩ちゃんが可愛らしくウィンクした。俺の心臓ハートがズキューンと撃ち抜かれる。


 ヤバい…コスプレ姿の後輩ちゃんはヤバい…。語彙力が無くなるほどヤバい…。



「きゃー! 妹ちゃ~ん! 弟くぅ~ん! きゃー!」


「きゃー! 葉月ちゃ~ん! お兄ちゃ~ん! きゃー!」



 桜先生と楓がバシャバシャと俺たちの写真を撮りまくっている。この様子だと、俺たちのキスシーンも撮っていただろう。


 残念な姉と妹のおかげで、頭が冷静になった。後輩ちゃんと二人っきりだったら危なかったかもしれない。



「先輩? ナースの私はどうですかぁ? ほらほら! 感想を述べてくださいよぉ~」


「後輩ちゃん……その前に写真撮っていい?」


「へっ? いいですけど」



 後輩ちゃんはキョトンとして、目をパチパチと瞬かせた。とても可愛い。


 では、許可が出たということで、遠慮なく撮らせてもらおう。


 俺はバシャバシャと写真を撮る桜先生と楓に混ざって、後輩ちゃんの全身をあらゆる角度から撮って撮って撮りまくる!


 俺はもう我慢ができなかったんだ! このナース姿の後輩ちゃんを一枚でも多く残さねば!



「えっ? 先輩? なんか燃えてません? 写真を撮ることに命を懸けていませんか!? ちょっと恥ずかしいんですけど!」


「恥ずかしがる後輩ちゃんナイス! 可愛いよぉ~!」


「シャッターチャンス! 妹ちゃんこっちこっち!」


「良いのぉ良いのぉ~! ぐへへ…」



 俺たち三人はバシャバシャと写真を撮る。最初は恥ずかしがっていた後輩ちゃんもすぐに慣れ、決めポーズを取るようになった。それに桜先生や楓、俺まで混ざり、自撮りもしたりして大盛り上がり。


 心行くまで写真を撮り続けた俺たちは、使命を終えて、真っ白に燃え尽きる。何百枚撮っただろうか? もう悔いはない…こともない。



「はぁ…俺は満足だ…」


「撮ったどぉ~!」


「私の三人のお姉ちゃんが可愛いよぉ~! ぐへへ…」



 楓よ。三人の姉とはどういうことだ? 桜先生は姉で、後輩ちゃんは将来の義理の姉、残る一人は女装している俺ってことか?


 でも、今はどうでもいいや…。今の俺は寛大だ。許してやろう。



「あぁ…後輩ちゃんの…感想を言うんだったな…」



 ナース姿の後輩ちゃんを後世に残さねばならないという使命に駆られて、感想が後回しになってしまっていた。


 感想を言おうと口を開く前に、とても嬉しそうな後輩ちゃんが人差し指で俺の唇を塞いできた。



「もう言葉は必要ありません。気持ちは十分伝わりましたから」


「そうか? でも、これだけは言わせてくれ。葉月はこの世で一番可愛い女性だよ」


「あぅあぅ…」



 後輩ちゃんの顔がポフンと爆発的に真っ赤になった。蒸気が噴き出し、クラクラしている。気絶する一歩手前みたいだ。


 そこに割り込む桜先生。手を挙げて必死にアピールする。



「はいはーい! お姉ちゃんはどう思いますかー?」



 さっき言ったような…。でも、期待で瞳をキラッキラとさせているから、お望み通り感想を言ってあげよう。



「姉さんはこの世で一番きれいな姉だな」


「むふふ! でもでもぉ~! 弟くん、もうちょっと!」


「えっ? えーっと…エロい」


「むふふ! そうなの! お姉ちゃんは綺麗でエロいの!」



 とても喜んでいるけど、それでいいのか、桜先生?


 シスター服の桜先生が超ご機嫌で俺の腕に抱きついてくる。豊満な胸が押し付けられる。その服でくっつかれると背徳感でどうにかなりそうなので止めてください!


 まだ真っ赤な顔の後輩ちゃんも反対の腕に抱きついてきた。


 俺の両手に美女と美少女。いつもと同じなのに、洋服が違うだけで、とても緊張して理性が削られていく。


 対面に座った楓が、それはそれはとても美しいにやけ顔で、パシャリと写真を撮った。ウヒヒと言う笑い声が気持ち悪い。


 涎を垂らすな。淑女だろうが。ちゃんと拭え。



「いや~良いですなぁ。実に良いですなぁ~」


「何が良いんだよ。この二人をどうにかしてくれ」


「嫌で~す! 私は三人のイチャラブエッチを見たのじゃぁ~! だから、今すぐヤれ! コスプレプレイだよ!」


「黙れ愚妹! おい裕也! どこにいる? お前の彼女をどうにかしてくれ!」



 俺は裕也の存在を思い出し、キョロキョロと辺りを見渡して探す。すると、普通に正座して座っていた。全然気づかなかった。



「おーう。やっと思い出してくれたか? 俺、皆に話しかけたんだけど、ことごとくスルーされてて悲しかったぞ。写真にもしれっと混ざってたんだけど、気づいたか? 気づいてないよな!? 俺ってイジメられてる?」



 裕也は泣きそうだ。泣きそうな顔もイケメンなのがムカつく。イケメン滅ぶべし!


 あっ、頬を伝う涙の雫が…。見なかったことにしよう。


 残念イケメンの対応はこれで間違っていない。Мだし。



「わ、私は覚えてたよー」


「楓ちゃ~ん!」



 キョトキョトと視線を彷徨わせ、明らかに棒読み口調の楓に、裕也が感激した様子で抱きついた。


 えぇー。楓の言葉は嘘だったぞ。明らかに嘘だったぞ。それでいいのか、裕也?


 俺はイチャイチャしているバカップルや、両腕に抱きつく後輩ちゃんと桜先生を眺める。



「それにしても、俺は妖怪だからギリギリセーフとして、他の全員はただのコスプレだな。ハロウィンと全然関係ないよな?」



 ハロウィンの仮装は、諸説あるが、先祖の霊と一緒にやってきた悪霊を恐ろしい怪物の仮装をして追い払うといった意味や、自ら悪霊になることで災いを遠ざけるという意味があったはずだ。


 俺は妖怪猫又だが、後輩ちゃんはナースで、桜先生はシスター、楓はミニスカポリスで、裕也はマリージ。俺以外はハロウィンと全然関係ない。まあ、日本ではコスプレ大会になりつつあるが。


 腕に抱きてついている後輩ちゃんが顔を覗き込んできた。



「先輩のためにただのコスプレにしたんですよ」


「えっ? 俺のため?」


「はい。ゾンビメイクしたり、真っ赤な口紅で口裂け女になったり、血だらけの特殊メイクもしようと思えばできましたが、先輩が気絶しそうなので止めました。したほうが良かったですか?」


「しなくていいです。お願いですからしないでください」



 一時的に後輩ちゃんと桜先生を振りほどき、俺は深々と土下座をする。少し想像してしまって背筋が凍り付いた。


 藪をつついて蛇を出す。俺が指摘したことでゾンビ化されては困る。超絶困る。土下座で済むなら俺は恥を捨てる!



「しませんから、頭を上げてください」


「あっ、待って弟くん! 二本の尻尾が揺れて可愛いから、もうちょっと待って!」



 再び始まる撮影会。尻尾がユラユラ揺れる俺の土下座姿が撮られまくる。


 最終的には四つん這いになってポーズを取らされました。これくらいで済むなら俺は…俺は…グスン。


 ふぅ、と額の汗を拭う動作をして、一仕事を終えた後輩ちゃんがぶっちゃける。



「特殊メイクをしない最大の理由は、先輩のお菓子が食べにくいからなんですけど。というわけで、そろそろケーキが食べたいでーす!」


『「「「さんせー!」」」』


「今すぐご用意させていただきます!」



 今日だけ恥もプライドも放り捨てた俺は、二本の尻尾をユラユラさせながら、ケーキを取りにキッチンへと向かうのだった。





















 あれっ? みんなが『さんせー』って言った時、一人多かった気が……気のせいか!

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