第265話 コスプレと後輩ちゃん
「よし。ケーキ完成! あとは少し冷やしてっと」
俺は完成したケーキを冷蔵庫に入れる。涎を垂らす四人がいるけど、残念ながらもう少し待ってください。そんなにおねだりしてもダメです。ステイ!
後輩ちゃんが俺の腕を掴んで揺さぶってくる。
「先輩せんぱ~い! まだですか? まだなんですか!?」
「まだです」
今度は反対の腕を桜先生が掴んで揺さぶる。
「弟くんいつなの? いつになったら食べていいの!?」
「ケーキを食べる前にコスプレするって聞いていたが?」
「「はっ!? そうだった!」」
ハッと我に返った後輩ちゃんと桜先生が、口から垂れた涎を拭う。なんかとても残念だ。いつにも増して残念でポンコツだ。
コスプレするって聞いていたが、俺はどうすればいいんだろう? 俺は何も知らない。女性陣が用意したらしいが………今すぐ逃げないといけない気がする。俺の直感が警報を発している。嫌な予感が…。
「ちょ、ちょっと買い物を思い出してしまったー。じゃ、じゃあ、俺は買いに行って…」
「葉月ちゃん! 美緒お姉ちゃん! お兄ちゃんを確保!」
「「イエス、マム!」」
「は、離せ~!」
後輩ちゃんと桜先生にガシッと確保されてしまった。くっ! 遅かったか。
ニヤニヤ顔の女性三人が顔を見合わせて頷く。とても嫌な笑い方だ。
「じゃあ、ユウくん。私たちはお着替えしてくるね~♪」
「おーう。楽しみにしてるぜ」
裕也と楓のバカップルが投げキッスをし合って、俺は後輩ちゃんと桜先生によって寝室に連れて行かれた。
寝室は今だホラーの飾り付けがされている。とても怖い。身体が恐怖で硬直する。バタンとドアが閉まった音でさえビクッとしてしまう。
女性三人が楽しそうにニヤリと笑った。
「さて、お兄ちゃん。コスプレのお時間です」
「先輩! 楽しみにしててくださいね」
「バッチリ可愛くしてあげるわ」
「可愛くってどういうことだ!? まさか、あれをするつもりか!?」
「ふふふ。あれって何でしょうね?」
「うふふ。どれかなぁ~どれかなぁ~?」
「取り敢えず、服を脱ぐのだ、お兄ちゃん!」
女性陣が俺の服に手をかけて、脱がせ始める。
止めろ! ズボンに手をかけるな! 下着まで掴んでるから! あっ…脱げる。本当に脱げちゃうから! ポロリしてしまうから! 男のポロリは需要ないだろ!
「後輩ちゃんと姉さんはともかく、楓は止めろ!」
「えぇー。嫌。と言うか、なんで葉月ちゃんと美緒お姉ちゃんはいいの? ヤルことヤッてるから? ほれほれ。可愛い妹に全て話してみよ」
し、しまった。墓穴を掘ったか。楓の瞳が興味津々でキラッキラと輝く。
何故実の妹に後輩ちゃんや桜先生とのあんなことやこんなことを話さなきゃいけないんだ。俺は絶対に言わんぞ!
俺は後輩ちゃんや桜先生の二人に、喋ったらお仕置きするから、と視線で訴える。二人は理解したようで頷いてくれた。
楓が、くひひ、と厭らしい笑い声を上げる。
「まあ、全部知ってるけどね」
「何だと!? 後輩ちゃん!? 姉さん!?」
「わ、私は楓ちゃんに喋ってませんよー! 無実です!」
「そうよ! お姉ちゃんたちは喋ってないわ! メールしたけど」
「おいコラ! 何やってんだ!」
「「「隙あり!」」」
油断してしまった俺は、女性三人による見事な連係プレーにより服を脱がされた。、
「いやぁぁああああああああああああああああああ!」
俺の叫び声が寝室に響き渡った。
………
……
…
~コスプレ中~
…
……
………
俺は床に座り込んでシクシクと泣く。
「ぐすっ…酷い…もうお婿に行けない…ずぴっ」
シャシシシシシシシシシシシシシン!
「はぁ…♡ 大丈夫ですよ。私がもらってあげますからぁ…。はぁ…先輩が可愛い…」
シャシシシシシシシシシシシシシン!
「弟くぅん…こっち向いてぇ~♡ いいわよ。その上目遣い。はぁ…はぁ…♡」
シャシシシシシシシシシシシシシン!
「あはは! お兄ちゃんかっわいい~! あはははは! 鳴いて鳴いて!」
「……………にゃおぅ」
「「ぐはっ!?」」
「あははっ! マジで可愛い! きゃはははは!」
後輩ちゃんと桜先生が胸を押さえて崩れ落ち、楓は大笑いしながらスマホを俺に向けて写真を連写する。
今の俺は猫耳と猫の尻尾を生やしたコスプレをしている。いや、コスプレをさせられた。それも女装の。お化粧まで施されて、完璧女の子になってしまった。屈辱だ。
正確には、猫じゃなくて妖怪の猫又らしい。尻尾が二本ある。
三人は、猫又姿の俺をあらゆる角度から写真を撮りまくる。
写真に写った俺は目が死んでいることだろう。それはそれで可愛い、と後輩ちゃんと桜先生は盛り上がっているけど。
「はぁ…生きててよかったです…」
「お姉ちゃんは今度百年は頑張れるわ!」
後輩ちゃんと桜先生は瞳をトロ~ンと蕩けさせている。ちょっと危ない顔だ。だらしなく緩んだ口元からは涎が垂れている。妖艶でエロい。
楓はお腹を抱えて涙が出るほど大笑いをしている。
「あはははは! お兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんだ! あはははは!」
「あーはいはい。そうですかそうですか。それは良かったですね」
「むぅ! 颯子先輩の反応が楽しくないです」
「誰が颯子だ!? 俺は颯だ! 前にも女装したし、文化祭でも女装するからな。もう諦めた」
「ちっ! 面白くない。でも、可愛いので許します! はぁ…先輩鳴いてください」
「にゃん」
「「ぐはっ!?」」
俺の残念な彼女と姉が鼻血を盛大に噴き出して再び崩れ落ちた。鼻血を垂れ流しながら笑っている。滅茶苦茶不気味で怖い。ホラー映画のトラウマが蘇る。
ホラー怖い。ホラー嫌だ。ガクガクブルブル…。
「ぐへへ…しぇんぱいが可愛い…」
「ぐふふ…震える弟くぅん…なんかきちゃいそう」
「二人とも本当にお兄ちゃんが好きだねぇ。はいはーい。今度は私たちが着替えるから、お兄ちゃんはユウくんのところに行ってくださーい。出て行け!」
「うおっ!?」
俺は楓に寝室から追い出された。鼻血をだだ漏らす二人の残念そうな声が聞こえたような聞こえなかったような…。
えっ? 俺、このまま裕也のところに行くの? 滅茶苦茶嫌なんだけど。
でも、他にどうしようもないからリビングに向かう。
「おーう。コスプレした………って、誰!?」
「俺だ」
「颯なのか!? 滅茶苦茶美少女だな! 女の子としてもやっていけるぞ! ちょっとガタイはいいけど」
「うっせぇ! 裕也はマリージか?」
「おう! 定番だろ?」
裕也は赤と緑の服を着ていた。ゲームなどで画面で見るのはいいが、実際に見ると目に悪い。赤と緑でチカチカする。
コスプレをしているのはいいが、まだまだ足りない部分があるな。
「裕也、お前髭がないな。よしっ! 俺が書いてやろう!」
「ちょっ!? ペン持つな! それ水性じゃなくて油性ペンだよなっ!?」
「水性だったら飲み物飲んだらすぐに取れるだろ? だから油性にしてやったんだ。ありがたく思え」
「マジで止めろ! それだけは洒落になんねぇ! や、止めろぉぉぉおおおおおおおおおおおお!」
俺は女性陣がコスプレをしたと声がかかるまで、八つ当たり…ではなく、裕也のコスプレを完成させるため、一進一退の攻防を繰り広げていた。
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