第264話 残念なバカップルと後輩ちゃん

 

 後輩ちゃんと桜先生を起こし、俺の部屋に戻った。二人はおにぎりを食べ、楓と裕也はクッキーを食べ始めた。


 俺はテーブルに突っ伏す。


 お菓子を作らなきゃいけないのだが、少しだけ待ってくれ。精神がガリガリと削られたんだ。ちょっとタイム。



「お兄ちゃんどしたー? 淫魔に精力でも吸い取られた?」


義姉ねえさんと美緒ちゃん先生はお肌ツヤッツヤだな」


「「まさかっ!? ヤッた!? この短時間に!?」」


「してねぇーよ!」



 ニヤニヤ笑顔で瞳をキラッキラと輝かせたバカップル。イラッとしたから思わず声を荒げて反論してしまった。減った体力がさらに減る。馬鹿に反応するんじゃなかった…。


 俺が疲れているのは、寝ぼけた後輩ちゃんと桜先生がキスしてきたからだ。それも濃厚なキス。精神と理性がガリガリと削られ、危うく欲望に負けて襲い掛かってしまう所だった。


 耐えた俺ってえらい! よく耐えた! 美女と美少女の誘惑に打ち勝ったことを誇っていいぞ!


 自画自賛して勝ち誇っていると、バカップルが変な方向に妄想を膨らませる。



「ちょっとお兄ちゃんがスッキリしてる? 抜いた?」


「この短時間で? ソウとロウってやつか。病院を紹介しようか?」


「ちげぇーよ! このセクハラバカップル! 家から追い出すぞ!」


「「そして三人で爛れたパーティを?」」



 ブチッ! 俺の堪忍袋の緒が切れる音がした。


 俺は無言でクッキーのお皿を奪い取ろうと手を伸ばすが、察知したバカップルがお皿を隠すほうが早かった。


 ちっ! こういう時だけ勘が良いんだから。本当に追い出してやろうか?


 危機を感じた楓が慌てて話を後輩ちゃんに振る。後輩ちゃんを味方につける作戦か!?



「は、葉月ちゃん。何があったの?」


「もぐもぐ…えーっとねぇ、寝ぼけて先輩を食べちゃった」


「「おぉっ!」」


「後輩ちゃん!? 誤解を招く表現は止めて! まだ寝ぼけてる!?」



 俺は後輩ちゃんの口元についたご飯粒をひょいっと取って、パクっと食べながら、様子を確認する。綺麗な目はちゃんと開いている。美味しそうにおにぎりを頬張っている。寝ぼけてはいないらしい。


 後輩ちゃんは頬をプクッと膨らませて拗ねる。とても可愛い。



「むぅ! 失礼な! 先輩の唇を食べたのは本当のことです!」


「た、確かにそうだが、こいつらの前で言うことじゃないと思う」


「何を言ってんだ颯。ファーストキスしたときに電話してきただろ? それに、何度かキスシーン見てるし、今更だ」



 白い歯をキラーンと輝かせて、サムズアップしながら裕也がイケメンスマイルを浮かべる。とてもムカつく。イケメン滅べ!


 こういう話題が大好きな楓は、ニッコニコ笑顔の桜先生に標的を向ける。



「もしかして、美緒お姉ちゃんもお兄ちゃんを食べちゃった?」


「うふふ。そうなの。寝ぼけて弟くんにキスしちゃった」


「「きゃー!」」



 楓と桜先生が抱きしめ合って盛り上がっている。テンションが限界突破している。


 恥ずかしいので、これ以上暴露するのは止めてくれませんかね?



「聞いて聞いて! お姉ちゃん、初めてディープキスしちゃった! まだまだ下手だから、もっと弟くんと練習して上手くならないと!」



 全部暴露しちゃうんですね…。いっそ殺してくれ!



「くっ! 何故私はその現場にいなかったんだ…」



 楓は血の涙を流して悔しがっている。それほど見たかったのかよ。本当に残念な妹だ。


 テーブルに突っ伏して泣いていた楓が、勢いよくガバっと起き上がる。



「はっ!? 今すぐここでお兄ちゃんたちがキスすればいいんだ! そうしたら、私は楽しむことができる! と言うわけで、お兄ちゃん! 二人にキスして!」


「するかっ!」


「じゃあ、美緒お姉ちゃんと葉月ちゃん! お兄ちゃんにキスして!」


「「はーい!」」


「止めろ! 今キスされたら俺はぶっ倒れるぞ! ご飯もケーキも作れなくなるからな!」



 俺に向かって両手を伸ばして、今にも抱きしめようとしていた後輩ちゃんと桜先生の動きが止まった。そのまま腕を組んで悩み始める。



「ふむ。それは困りますね」


「キスかケーキかと言われると、お姉ちゃんはケーキが大事ね」


「でも、先輩。キスしてほしくありませんか?」


「うぐっ!?」



 そ、それはもちろんイエスだ。俺もお年頃の男だぞ! 超絶可愛い彼女の後輩ちゃんとキスしたいに決まってるじゃないか!


 桜先生? 桜先生は姉だし、キスしたいって認めたらいろいろと不味そうなのでノーコメントとします。



「………二人が帰ったらお願いします」


「「はーい!」」



 桜先生も返事をしたけど、まあいっか。


 そして、明日学校があるため、今日帰らなくてはならない楓と裕也は盛大にブーイングをする。



「ブーブー! 私たちにイチャラブキスシーンを見せろー!」


「見せろー! 俺たちも見せるからさぁ」


「見たくねぇよ。そんなもん…」



 誰が実の妹と親友のキスシーンを見たがるんだ…。


 あっ、ここに実の兄と親友のキスシーンを見たがるバカップルがいたわ。この残念なバカップルを誰かどうにかしてくれないかなぁ。


 もう相手にすると疲れるだけなので、疲弊した身体を無理やり動かし、立ち上がる。



「お兄ちゃん逃げる気か!?」


「臆病者!」


「先輩のヘタレ」


「弟くんの根性なし」


「ほうほう。皆のためにケーキやクッキーを作りに行こうと思ったが、食べなくていいみたいだな?」


「「「「行ってらっしゃい!」」」」



 何という輝く笑顔。清々しいな。本当に感心します。


 ケーキやクッキーを作る時手を抜こうかな…。四人の絶望する表情が目に浮かぶ。


 でも、絶望か笑顔か選べって言われたら、迷うことなく笑顔を選ぶ。仕方がないから、全力で美味しいお菓子を作りますか!



「さぁ~て! 葉月ちゃん! 美緒お姉ちゃん! キスの話をじっくりねっとり具体的に述べてもらおうか!」



 よし! 今すぐキッチンへ逃げよう!


 俺はキッチンに逃げ、盛り上がる話をできるだけ聞かないようにしてお菓子作りに専念するのであった。


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