第262話 今更気づいた俺

 

 チュンチュンチュン…。


 外から小鳥の鳴き声が聞こえてくる。カーテンの隙間から朝の日差しが差し込んでいる。


 俺の左右にはお肌がツヤッツヤの後輩ちゃんと桜先生。肌を火照らせ、瞳がトロ~ンと蕩けきっている。


 これが朝チュンというやつか? 違う気がするけど。



「あぁー面白かった」



 楓が大きく伸びをして、ホラー映画を停止した。裕也と片付けを始める。


 そう。俺たちは一睡もせずにホラー映画を鑑賞していた。本当に寝ていない。


 恐怖に怯えた俺はもうげっそりしているはずだ。絶対に痩せた。やつれた。喉は悲鳴を上げすぎて掠れている。喉が痛い。喉乾いた。


 気絶をしたかったのだが、後輩ちゃんが選んだホラー映画は、俺が気絶しないギリギリの怖さだった。だから、意識を手放すことができなかった。


 くっ! 後輩ちゃんは俺のことを知りすぎだ! 絶妙な怖さだった。もう嫌。



「はぁ…はぁ…しぇんぱぁいが可愛い…♡」


「うふっ…弟くん…もっと泣き叫んで!」


「…………むり」



 俺はぐったりと脱力する。もう力が入らない。そんな元気ない。


 外が明るくなったことで部屋の中よく見えるようになった。ホラーの飾りがとても怖い。俺はブルブル震えることしかできない。


 後輩ちゃんと桜先生が熱い吐息を漏らす。


 その様子を見て、裕也がドン引きしている。



「もう狂愛ってレベルじゃん」


「えっ? 今更? 元から狂ってるでしょ、この三人。でも、見てる分には楽しいからグッジョブです!」



 何が狂愛だコラ! 俺たちは普通…じゃないな。でも、ちょっと変わってるだけだ! 楓も肯定するな! そして、ニヤニヤ笑顔でサムズアップするな!



「しぇんぱぁい…」


「弟くぅん…」


「「あぁ…可愛い…」」



 それはどうも。俺には言葉を返す元気もありません。


 このホラー部屋怖い。ホラー嫌い。大っ嫌い。


 泣きそう。泣きすぎて脱水症状を引き起こしそう。俺はどうすればいい!?



「もうこの部屋嫌だ…片付けて……はっ!? 片付ける!?」



 そうだ! 片付ければいいんだ! この装飾もゴミだと思えば怖くない…………いや、嘘です。滅茶苦茶怖いです。でも、片付ければ何とかなりそう! 掃除すればよかったんだ!



「よっしゃ! 全部掃除してやる!」


「えぇー! ダメですよ、先輩! 今日はハロウィンなんですからぁ!」


「そうよ、弟くん! 今からが本番よ!」



 お肌がツヤッツヤで元気いっぱいの後輩ちゃんと桜先生に身体を揺さぶられる。脱力しきった俺の身体がグワングワン揺れる。ちょっと気持ち悪い。



「「お掃除しちゃやだやだやだぁ~!」」



 くっ! 可愛すぎる! 可愛らしくおねだりされたら拒否できないじゃないか!


 でも、ここは心を鬼にするんだ。頑張れ俺! 頑張るんだ!


 後輩ちゃんと桜先生が、胸の前で手を合わせ、潤んだ瞳で上目遣いをする。可愛らしいおねだりポーズ。



「先輩」


「弟くん」


「「おねがい♡」」


「ぐはっ!?」



 ひ、卑怯だ。卑怯すぎる。美女と美少女におねだりされて拒否できる男がいたら見てみたい。


 パチパチと瞬かせる二人の綺麗な瞳から目を逸らし、ボソッと呟く。



「…………わかった。掃除しない」


「「わーい!」」



 二人が嬉しそうに抱きついてくる。温かくて甘い香りがして柔らかくて心地いい。



「「「「 (ふっ…チョロい) 」」」」


「誰か何か言った?」



 俺以外の四人がブンブンと激しく首を横に振っている。


 おかしいなぁ。ボソッと誰かが呟いた気がしたんだけど…。もしかして、幽霊の言葉か!? 怖い! 嫌だ! 幽霊怖いよぉ…。


 俺はガタガタと震えながら、後輩ちゃんと桜先生の身体にギュッと抱きついた。


 楓が、カーテンを勢いよく開ける。眩しい太陽光が徹夜明けの目に鋭く突き刺さる。



「おぉー。朝だぞー。お兄ちゃんお腹減ったぁー」


「俺も俺もー!」


「なんか買ってこい。今の俺には作れん」



 寝不足で頭がボーっとし、恐怖と疲労で身体から力が抜けて動けません。料理なんか無理。諦めろ。


 バカップルが頬を膨らませてブーブーとブーイングしてくる。



「葉月ちゃん! 美緒お姉ちゃん! そのえっろい身体でお兄ちゃんを誘惑するのだ!」


「「はーい!」」


「止めろ! 寝てないからどうやっても無理だ! このままだとケーキも作れないぞ!」



 ハッとした四人が何やら視線だけで会話をする。そして、頷き合った。


 一体どんな会話がされたのだろう? 俺には一切わからなかった。とても気になる。



「先輩? 少し寝たら料理を作れますか?」


「たぶんな」


「お姉ちゃんと妹ちゃんが弟くんを癒したら?」


「体力が回復するかもな」


「先輩! 今すぐ寝ましょう! 一緒に寝てあげますので!」


「部屋はお姉ちゃんの部屋を使えばいいわ!」



 元気いっぱいの後輩ちゃんと桜先生が俺の腕を掴み、引きずっていく。


 そ、そうか! 後輩ちゃんや桜先生の部屋は装飾されていないはずだ。二人の部屋のお風呂に入ってベッドで寝ればよかったんだ。何故俺は正直にこの部屋にいたんだろう。ずっと避難しておけばよかった。


 昨日の俺の馬鹿! もっと早く気づけよ!



「さあさあ! 先輩レッツゴーです!」


「二人とも。ちょっと弟くんを借りていくわね。数時間したら戻るから~」


「はーい。ごゆっくり~」


「朝はなんか買ってしのぎますんで、颯をよろしくお願いします。全てはケーキのために!」



 四人全員が心を一つにしてサムズアップをした。余程ケーキが食べたいらしい。


 楓と裕也がにこやかな笑みで手を振って俺を見送る。とても素敵な輝く笑みだった。


 俺はもう抵抗する元気も力もない。されるがままだ。


 後輩ちゃんと桜先生に引っ張られ、桜先生の部屋に行き、二人に抱きつかれて、疲労が一気に襲ってきた俺は、あっさりと意識を手放すのであった。


 やっと寝られる。おやすみなさい。



















<おまけ>


「この後、お兄ちゃんは、滅茶苦茶『S』から始まることをした」


「その『S』から始まる言葉って…」


「『Sleep』に決まってるでしょ! あのヘタレのお兄ちゃんがするわけないじゃん!」


「だよなぁ~。あのヘタレには無理だよなぁ」


「「はぁ…ヘタレ!」」


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