第260話 連行される俺
俺は、頑張って夕食を作った。恐怖を押し殺し、目に涙を浮かべ、ガクガクブルブルと震えながら、作りましたよ!
美味しそうに食べてくれたのはいいけど、お化けの仮面をテーブルの上に置かないで欲しかった。電気も消さないで欲しかった。味が全然わからなかったです。
うぅ…滅茶苦茶怖かった。
皆が食べ終わったので、後輩ちゃんと桜先生に背中を抱きしめてもらいながらお皿を洗い、食器乾燥機に入れ終わって、俺はリビングに…向かわない! だって怖いから!
後輩ちゃんと桜先生がひょいっと顔を覗き込んでくる。
「先輩? どうしましたか?」
「早くリビングでまったりしましょ?」
「嫌だ! ホラー化してるだろ! 絶対に行かない!」
二人が顔を見合わせた。そして、悪女のようにニヤリと笑う。
俺の直感が警報を発した。生命の危機を感じる。咄嗟に逃げようとしたけど、部屋全体がホラー化しているため逃げ場はない。あっさりと両腕を掴まれて連行される。
「さあさあレッツゴー!」
「一名様ご案な~い!」
「い~や~!」
ギュッと目を瞑る。絶対に見ない。俺は絶対に目を開けないぞ!
後輩ちゃんと桜先生にされるがまま座る。俺は手探りで二人の身体を見つけ、ギュッと抱きしめた。二人の甘い香りがふわっと漂ってくる。顔を押し付けて隠すと、とても柔らかかった。
「うわぁー。お兄ちゃんが二人のおっぱいに顔を埋めてる。グッジョブ!」
「ハーレム街道まっしぐらだな!」
何やら外野がうるさい。今の俺は恐怖で反論どころではない。勝手に言ってろ。
ガクガクブルブルと震えながら、後輩ちゃんと桜先生の身体を抱きしめ続ける。優しく撫でてくれるのがありがたい。
でも、俺は忘れない。この状況を作り出したのは二人なのだ。愛すると同時に恨んでやる。
ふと、俺はこれからのことを考えた。夕食も終わった。今から夜だ。お風呂に入って寝なければならない。でも、寝室はホラー化して、お風呂は血の池地獄。
俺、どうすればいい?
「後輩ちゃん後輩ちゃん」
「はい。何でしょうか?」
「俺、これからどうすればいい?」
「目を開けて、怖がって、幼児退行して、泣き叫べばいいと思います」
「そういうことじゃない!」
全く! 後輩ちゃんめ! 俺は絶対に目を開けないぞ。二人の身体に顔を隠したまま動かさないぞ。絶対にしないからな!
「風呂とか寝るところだよ!」
「大丈夫です! 私が一緒にお風呂に入ってあげます!」
「お姉ちゃんも!」
「「おぉ!」」
少し得意げな後輩ちゃんと桜先生の声と、盛り上がるバカップルの歓声が聞こえた。よくぞ言った、とパチパチ拍手する音が聞こえる。
「一緒にお風呂に入ったりするのか?」
裕也の問いに、何故か妹の楓が答える。
「してるよ~。私もこの前一緒に入ったもん。お兄ちゃんは鼻血を噴き出したけど。湯船が鮮血で真っ赤に染まりました。ホラーだったよ」
「ヘタレだなl。でも、あの美緒ちゃん先生とも一緒にお風呂に入るとは。学校の男子が知ったら殺されるぞ? チクってやろうか?」
「マジで止めろ! 絶対に止めろ! ただでさえ今でも殺されそうなのに」
皆のアイドルである桜先生。学校では男女問わず人気だ。熱狂的なファンもいる。そんな奴らに知られてしまったら……確実にこの世から消される。
「でも、聞いて! 最近、弟くんったら裸でも許してくれるようになったの!」
「颯マジで死ね! 美緒ちゃん先生と裸でお風呂とか死ね! 地獄に堕ちろ!」
即座に裕也からの罵倒。でも、すぐにバコンと殴られた音がした。顔を隠して目を瞑っている俺には何が起こったのかわからない。しかし、これだけはわかる。制裁されたな。
「葉月ちゃんはどうなの? 水着卒業できた?」
「まだまだ! 無理だよそんなの! 気絶しちゃう」
「ポロリしてみたら?」
「………ありだね。頑張ってみようかな」
「楓。後輩ちゃんに変なこと吹き込むな! 後輩ちゃんも真剣に悩まないでください。次から突撃してきても追い出してやるぞ」
ポロリなんて…滅茶苦茶いいじゃないか! おっと。つい本音が。
鼻血を噴き出したり、お風呂で気絶して溺死しそうなので止めてください。お願いします。
「お兄ちゃんのヘタレ」
「先輩のヘタレ」
「弟くんのヘタレ」
うっさい。俺はヘタレでいいの。少しずつでいいの。どうせ後輩ちゃんも気絶するでしょうが!
俺は後輩ちゃんと桜先生の身体に顔を埋めたまま、楓に質問する。
「楓たちはどうするんだ? 楓は良いとして、裕也が風呂に入るのは許さんぞ。風呂のお湯を入れ替えるんだったら許すけど」
「なんで俺はダメなんだよ!」
おっ? いつの間にか裕也は復活していたようだ。全然見えないからわからなかった。最近復活が早くなっていませんか? 楓の制裁に慣れ始めたのか?
「当たり前だろ。お前が入った風呂に後輩ちゃんと姉さんを入れるつもりはないし、二人の残り湯に入らせるつもりもない!」
「酷い……と思いかけたが、普通か。俺も颯の立場だったら許さんな」
だろ? それに俺は後輩ちゃんと桜先生は許可しないと言ったが、楓までは言ってない。
どうせもうお風呂に入ったりしてるんだろ? 楓とは勝手にイチャラブしてくださいな。
「まあ、そこは心配すんな。元から俺と楓ちゃんは近くの銭湯に行くつもりだ」
「そうなの! だから、三人はゆっくりのんびり激しくお風呂で汗を流してくださいな」
楓よ。矛盾してないか? ゆっくりのんびり激しくってどういうことだ? 問い詰めたいところだが、変な回答が返ってきそうなので止めておきます。
「ユウくん。そろそろ行く?」
「そうだな。三人を邪魔したら悪いからな。ということで、俺たちはお風呂に行ってきまーす」
二人が立ちあがって、荷物を持って部屋から出て行く気配がする。すぐに玄関のドアが開く音がした。
二人がいなくなっただけで、妙に静かに感じる部屋の中。とても不気味だ。
後輩ちゃんと桜先生が、俺の両腕を掴む。
「じゃあ、先輩。お風呂に入りましょうか」
「い、いやだ! 今日は風呂に入らない!」
「ダメよ、弟くん。目を瞑っててもいいから! お着替えも身体を洗うのもお姉ちゃんたちに任せてちょうだい!」
一瞬、それならいいかも、と思ってしまった。今日の俺は恐怖でおかしくなっているらしい。
必死に抵抗するが、二対一だと勝ち目はない。それに、俺は二人に弱い。身体が無意識に従ってしまう。
後輩ちゃんと桜先生はとても楽しそうだ。
「さあさあ! 血の池地獄へレッツゴー!」
「地獄へようこそ!」
「嫌だぁぁあああああああああああ!」
俺の叫び声が部屋の中に響き渡る。
抵抗虚しく、俺は地獄へと案内する鬼…いや、悪魔に血の池地獄へと連行されていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます