第258話 ホラー仕様と後輩ちゃん

 

「ぴぎゃぁぁあああああああああああああああああああああああ!?」



 後輩ちゃんとのデートから帰った俺は、部屋の中を見ると絶叫した。


 なにこれ!? 何だよこれ!? これは一体何なんだよ!


 俺は恐怖でガクガク震え、へっぴり腰になりながらお隣の後輩ちゃんの腰の辺りに抱きつく。



「あわ……あわわ…!?」


「はぅ…先輩が可愛いですぅ…。こそっと計画した甲斐がありました」



 後輩ちゃんがうっとりと頬を染め、陶酔した表情で俺を見つめている気がするが、今の俺は余裕がない。


 何故俺がこんなにも恐怖をしているのかというと、部屋の中が模様替えされていたからだ。それもホラー仕様に。


 至る所にお札が貼られ、蝋燭に似たライトが薄暗い部屋をほのかに、そして不気味に照らしている。床には魔法陣みたいなマットが敷かれ、簡易な祭壇みたいなものも置かれている。口から血を流し、目を血走らせている首だけのマネキンが俺を睨む。


 そして、極めつけはお化けの仮面をつけ、白いシーツを身体に巻き付けた三人だ。目の穴からギョロリと目玉が覗いている。


 こ、怖い…。怖すぎる。泣いていい? 泣くよ? もう泣いてるよ!



「うぅ…はづゅきぃ~」


「はぅっ♡ な、なんですか?」


「たしゅけて…」


「ぐはっ!? 涙をポロポロ流して縋りついてくる先輩…上目遣いがナイスです! ぐへへ…こりゃたまらんのぉ~。もっと…もっと愛でさせてください…!」



 お化けの三人が一歩足を踏み出した。俺は即座に後輩ちゃんの背中に回り込んで盾にする。後輩ちゃんの柔らかな身体をむぎゅっと抱きしめ、顔を押し付けてお化けを見ないようにする。



「ひゃぅんっ♡ せ、先輩…胸を揉んでます…」


「あわわ…!?」


「んんぅっ♡ 先輩ダメですって…。技術テクが凄すぎ! あぅっ♡ だから先輩……って、聞いてます?」


「あわわ…!?」


「おーい! せんぱーい! 聞こえてますかー?」


「あわわ…!?」


「ああ、うん。聞こえてませんね。存分に揉みしだけばいいですよ。でも、私も成長しました。先輩に胸を揉まれても気絶しません! 先輩を襲う日も近いですね!」



 何か後輩ちゃんが言っている気がするが、恐怖に震える俺には届かない。


 お化け退散! 悪霊退散! お化けも悪霊もホラーも滅んでしまえ!



「襲ってやるぞー弟くん」


「呪ってやるぞーお兄ちゃん」



 気付いたら、二人のお化けが俺を取り囲んでいた。あまりの恐怖で膝から力が抜ける。


 後輩ちゃんの柔らかい身体に顔を擦り付けて必死に目を瞑る。



「ひょわぉっ!? せ、先輩! お尻に顔を押し付けないでください! せ、せめてお風呂の後にお願いします!」


「こ、怖いよぉ~」


「うひょぁっ!? しゃ、喋ったらダメです! 熱い吐息がぁ!?」



 後輩ちゃんが身体をフリフリして俺を引き剥がそうとするが、俺はもっとしがみついて離さない。今後輩ちゃんを離してしまったら俺はどうすればいい!? 泣き叫ぶぞ!



「う~ん…これはこれで見ていたいけど、同じ女の子としては葉月ちゃんと同じ気持ちかなぁ。お兄ちゃん、せめてお風呂に入らせてあげて」



 スポーンっとお化けの仮面を脱ぎ捨てた楓が呆れたように言った。もう一人もスポーンっと仮面を脱ぎ捨てる。



「普段からこんな風に積極的だったらいいのに」



 もう一人のお化けは桜先生だった。落胆のため息をついている。


 俺はポロポロと泣きながら残念な姉と愚妹を見上げる。



「お化けが姉さんと楓? 二人とも死んじゃったの?」


「くひひ! そうだよぉ~! 私、死んじゃったの、お兄ちゃん。くひっ…くひひ」


「いやぁぁああああああああ!? 来るなあぁぁぁあああああああ!?」



 虚ろな瞳でニヤリと笑っている楓がゆらりと近づいて来る。髪を振り乱し、両手を前に突き出して、顔を僅かに傾けている。全てが怖い。そして、くひひ、という笑い声が不気味だ。


 俺は慌てて手を振って追い払う。



「先輩の頭が恐怖で働いていませんね。可愛い!」


「ナイスよ! もっともっとやっちゃって~!」



 追いかけてくる愚妹から逃げていると、床に倒れ伏したお化けがいた。白目をむいてガクガクと痙攣している。滅茶苦茶怖い!



「ひぃっ!?」


「それ、ユウくんだよ。お兄ちゃんが葉月ちゃんにセクハラをし始めたから潰しておいた。実にエロかった」


「よし。死体蹴りしよう」


「なんでっ!? 酷いぞマイブラザー!」



 ガバっと跳ね起きてお化けの仮面を脱ぎ捨てたイケメンが肩を組んでくる。それをペイっと放り捨て、即座に後輩ちゃんの背後に戻って隠れる。


 ガルルルル! イケメン死すべし滅ぶべし! イケメン退散!


 まだ怖いけど、ようやく頭が働いてきた。一体この状況は何なんだ!?



「後輩ちゃん? 説明してくれるか?」


「明日はハロウィンなので、集まってもらいました!」


「「いえーい!」」



 楓と裕也のバカップルが笑顔で仲良くピースサインをする。


 イラッとムカッとした。今すぐ追い出そうかな。



「後輩ちゃん? 今日俺をデートに連れ出したのは…」


「もちろん、この内装にするためです。どうですか? この完璧なおどろおどろしい部屋は! ずっと前からお姉ちゃんや楓ちゃんと計画してたんです! どやぁ!」



 得意げに胸を張ってドヤ顔をするな! ムカつくほど可愛いだろうが!



「先輩。驚きましたか? 怖かったですか? もっと怖がって幼児退行していいんですよ? ほらほら~泣き叫んでくださいよぉ~」


「う、うるさい!」


「弟くん、ばあっ!?」


「きゃぁぁああああああああああああああ!?」



 桜先生がお化けの仮面を被って驚かせてきた。思わず甲高い悲鳴を上げてしまう。


 心臓がバクバクしてる。涙がポロポロと溢れ出す。もう嫌ぁ…。



「くふぅっ♡ しぇんぱいが可愛すぎます…」


「はぁ…。いいわぁ。恐怖する弟くん…いいわぁ♡」


「二人とも良い顔してるねぇ…」


「だなぁ。あのクールビューティーな美緒ちゃん先生まで蕩けた顔してるもんなぁ」



 外野がうるさい。黙っててくれ。恐怖で震える俺はそれどころじゃないんだ!


 もうホラー仕様に装飾されたリビングに居たくない。後輩ちゃんを盾にしたまま寝室に向かおう。


 ヨロヨロと歩いて、寝室のドアを開ける。そして、俺は絶叫した。



「いやぁぁあああああああああああああ!?」


「あっ、弟くん。言い忘れてたけど」


「この部屋全部ホラー仕様にしておいたから。トイレもお風呂も、もちろん愛の巣も!」



 それは早く言ってくれよぉ~! もう嫌ぁ~!


 俺は腰が抜けて床に座り込んで、あまりの恐怖で号泣した。


 それを、後輩ちゃんと桜先生がうっとりと眺め続けていた。


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