第255話 美味しくなる魔法と後輩ちゃん
部屋の中にスパイスが効いたカレーの香りが漂い始めた。
匂いだけでも美味しそう。お腹が減る。お腹と背中がくっつく。涎が溢れ出してくる。早く食べたい。
カレーの香りが漂い出したことで、リビングで芸術鑑賞という名のエロ本を読んでいた後輩ちゃんと桜先生が、ゆらりと立ち上がってキッチンに近づいて来る。
くんくん、と匂いを嗅いでいる。
「良い香りです…じゅるり…」
「美味しそう…じゅるり…」
「あの~? 何故俺を見ながら言っているんですかね?」
肉食獣と化した姉妹が瞳をぎらつかせ、溢れ出す涎を拭いながら、カレーの鍋ではなく俺をじーっと見つめている。目が怖い。血走っていてとても怖い。直感が警報を発している。
「良い香りがするものを見ているだけですよ?」
「そうそう。美味しそうなものを見ているだけよ?」
「カレーだよな? カレーのことを言っているよな? 決して俺じゃないよな!? そう言ってくれ!」
後輩ちゃんと桜先生は、無言で美しく微笑むだけだ。
「「うふふふふ」」
俺は、はぁ、とため息をついた。今夜襲われないといいなぁ。
後輩ちゃんと桜先生は俺の背中に抱きつき、ひょいっと顔を出して、煮込まれているカレーのお鍋を観察する。
二人は瞳を輝かせながら、嬉しそうに歌い出す。
「まっだかなぁ~♪ まっだかなぁ~♪」
「もういいかなぁ~♪ もういいかなぁ~♪」
残念ながら、まだです。よくありません。今さっきカレールゥを入れたばかりなので。もう少し煮込む必要があります。それまで大人しく待っててください。
後輩ちゃんがペチペチと俺の身体を叩いてきた。
「ほらほら先輩も!」
「えっ? 俺も歌えって?」
左右の美女と美少女が上目遣いをしながらコクコクと頷いた。とても可愛い。二人に弱い俺は、歌は苦手だけど仕方なく歌う。
「美味しくな~れ♪ 美味しくな~れ♪」
体が熱いのは、コンロの前にいるからだろう。決して恥ずかしいからではない。絶対に違うのだ。うん、違う。
二人はうっとりと俺の顔を見つめると、すぐにカレーのお鍋に視線を戻す。
「「美味しくな~れ♪ 美味しくな~れ♪」」
真似をされた。でも、今日のカレーは何故か美味しくなる気がする。
俺はカレーをかき混ぜながら、一緒に歌い出す。
「「「美味しくな~れ♪ 美味しくな~れ♪」」」
じっくりコトコトとカレーを煮込む。さてさて、そろそろ出来上がったかな?
俺は小皿に軽く掬って味見をする。ふむ。完璧だ。いつもより美味しく感じる。
すると、左右から物凄い視線が…。
後輩ちゃんと桜先生が、じーっと味見をした俺を見つめていた。体中から、食べたい食べたい食べたい、というオーラが迸っている。
「ちょっとだけだからな」
「「わーい!」」
二人にも味見をさせると、幸せそうに頬が緩んだ。見るだけで俺も幸せになる笑顔だった。余程美味しかったのだろう。味見をした小皿を差し出してくる。
「もう一回味見をします!」
「味がよくわからなかったの!」
「嘘つけ! ダメに決まってるだろ!」
「先輩のけちー。へたれ」
「ブーブー! 弟くんの根性なし」
「ヘタレと根性なしは関係ないだろ! 出来立てを食べたい人は、お皿とスプーンの準備をお願いしまーす!」
「「はーい!」」
二人はスタッと敬礼をして、準備を始める。家事能力皆無の二人でもお皿とスプーンの準備くらいはできる。これは家事の範囲には入らないらしい。不思議だ。
今にも飛び掛かってきそうな二人を押しとどめながら、カレーライスを盛りつける。
二人の視線がカレーライスに釘付けだ。瞬きすらしないで見つめ続ける。
淑女なんだから、垂れる涎を何とかしなさい。よく見る光景ですけど。
全員の準備ができて、席に座る。そして、皆で手を合わせて挨拶をする。
「「「いただきまーす」」」
スプーンで掬って一口食べる。後輩ちゃんと桜先生がモグモグしながらうっとりと頬に手を当てる。ほっぺたが落ちそうなくらい美味しかったらしい。
俺も同じような表情になっているだろう。今までで一番の美味しさだ。渾身の出来。お肉を豚、牛、鶏の全部を使ったからか? それとも、後輩ちゃんと桜先生の魔法のおかげか? ……………絶対に後者だな。
俺たちはしばらく無言でパクパクモグモグと食べる。
ふと、俺のお皿に視線を落とした後輩ちゃんが、自分のお皿と何度も見比べる。
「どうした?」
「先輩のお皿のほうが、お肉が沢山入っている気がします」
「そうか? 後輩ちゃんが食べただけじゃないのか?」
たまたまだろ。まあ、盛りつけるときにお肉の数まで気にしていなかったから、多かった可能性もなくはない。
桜先生も俺のお皿を覗き込む。
「本当ねぇ。弟くんのお皿のほうが多い気がするわ」
「でしょでしょ! というわけで、貰います!」
「お姉ちゃんも!」
「あっ、ちょっと!」
二つのスプーンが伸びてきて、止める間もなく俺のお皿から二つのお肉が掬われて消え去った。お肉は美女と美少女の可愛い口の中に消えていった。
何で俺のお皿から奪うんだ! カレーのお鍋の中に沢山入っているだろ!
「先輩のお皿から奪うのが美味しいんですよ…もぐもぐ」
「そうよ…もぐもぐ。あ~んしてくれたらもっと美味しいの…もぐもぐ」
お肉を奪った挙句、あ~んの催促ですか。そうですかそうですか。
俺の心を読んだことはどうでもいい! もう慣れた!
そんなにあ~んして欲しいのなら、条件がある!
「俺にもあ~んをすること! それならしてもいい!」
「「取引成立です!」」
というわけで、あ~んすることが決定しました。
俺は二人にあ~んをして、二人は俺にあ~んをする。
美味しかったカレーが、更に美味しくなった。
後輩ちゃんと桜先生は、料理をすると毒を作り出すが、美味しくする魔法は使えるらしい。
俺たちはイチャイチャしながらカレーを食べさせ合った。
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