第254話 楽しく買い物する後輩ちゃん

 

 桜先生が超安全運転する車に乗り、少し離れた街までやって来た。


 後輩ちゃんと桜先生がカレーをおねだりしたため、昼になってから全員でお買い物に来たのだ。


 普段は家でゴロゴロして動かない超絶インドアの後輩ちゃんが珍しく外出した。


 学校帰りなんかは、よく買い物に付き合ってくれるんだけど、休みの日に出かけるなんて…。


 明日、雨降ったりしないよね? 実に不安だ。



「むぅ! 先輩が失礼なことを考えている気がします」



 勘が鋭い後輩ちゃんが、ムスッとした表情で俺の顔を覗き込んできた。可愛らしく頬がぷくーっと膨れている。


 俺は咄嗟に素知らぬ顔で平然と首を横に振った。



「そ、そんなことないぞー」


「明らかに嘘をついていますが、まあいいでしょう」



 うぐっ! 愛しの彼女さんには全てバレているようだ。反省します。


 後輩ちゃんは俺の腕にギュッと抱きついている。手は指を絡めて恋人つなぎ。腕に当たる柔らかな胸の感触が素晴らしい。ふわっと甘い香りも漂ってくる。



「ふふっ! 二人は仲いいわね」



 クスクスと笑う桜先生も、俺のもう片方の腕に抱きついている。


 超絶可愛い美少女と絶世の美女に抱きしめられている俺。現在進行形で、男女問わず蔑みの視線で睨まれている。他の人から見ると、俺は女誑しの最低ハーレム鬼畜野郎だ。


 うぅ…胃が痛い。キリキリと痛む。ストレスがぁ~。



「大丈夫です、先輩!」


「ストレスがかかっても、お姉ちゃんと妹ちゃんが癒してあげるから!」


「確かに癒されますけど! 出来れば離していただけるとありがたいのですが…」


「「いや!」」



 二人は即座に拒絶する。離れまいと更にギュッと抱きしめてくる。


 周りからの、特に男性からの殺意の視線が酷くなった。俺、殺されそう。



「ほ、ほら! 特に桜先生は教師なんだから、見られたら不味いかと…」


「姉弟なのよ? 何か問題が?」



 俺たち、血も繋がってなければ、義理の姉弟でもありませんよ? 戸籍上では赤の他人ですよ?


 でも、絶対に離れないつもりなんですね? わかりました。もう諦めます。


 夕食の買い出しのためにデパートの食料品コーナーへと向かっていると、三人ほどの若いチャラ男たちが近づいてきた。馴れ馴れしく俺たちに喋りかけてくる。



「なぁなぁ! ちょっといいか?」


「君たち可愛いね。超美人!」


「いくら? 俺たちもっと金出すからさ。相手してくれない?」



 ナンパというか、危ないことを言ってきたチャラ男たち。どうやらお金を払って二人とデートしていると思っているようだ。


 厭らしい視線を二人の身体に向ける。かなりイラッとした。


 無視しようとしたけど、男たちはしつこく付きまとってくる。とてもうざい。かなりうざい。


 怒りのオーラをまき散らしそうになった直前、後輩ちゃんと桜先生が動いた。


 ぎろりとチャラ男たちを睨みつける。



「なんですか?」


「私たちから彼を奪うつもり?」


「「「ひぃっ!?」」」



 男たちが腰を抜かして尻もちをついた。恐怖でガタガタと震えている。


 何故恐怖を感じているかというと、後輩ちゃんと桜先生の顔から感情が抜け落ち、瞳がねっとりとした闇で覆い尽くされているからだ。一言で言えばヤンデレモード。


 暗い地獄から響く冷たい声も合わさって、男たちは恐怖で泡を吹く。


 最後に、ヤンデレと化した瞳で無感情に睨みつけると、俺のほうを向く。その時には、花のような輝く笑顔を浮かべていた。



「さあ、行きましょ!」


「お買い物よー!」



 二人が俺の腕を引っ張って歩き始める。


 チラリと後ろを振り返ってみると、座り込んだチャラ男たちが、同情と憐みの視線で俺を見ていた。


 今度は、二人のヤンデレに好かれている男だと認識されたらしい。ヤンデレじゃないんだけどなぁ。


 心の中で苦笑しつつ、俺たちは食料品コーナーへと到着した。


 後輩ちゃんがとある方向を指さす。



「先輩! お化けです!」


「ひゃうっ!?」



 思わず見てしまってお化けを確認すると、即座に二人の背中に身を隠そうとした。でも、腕を抱きしめられているため、隠れることはできなかった。


 意地悪をしてきた後輩ちゃんが、うっとりと俺の顔を見つめている。



「はぁ~♡ 先輩が可愛いです。ハロウィンの飾り付けがあるだろうと思って、お買い物についてきた甲斐がありました。可愛い先輩をもっと見せてください」


「くっ! 後輩ちゃんはこのために来たのか!?」


「もちろんです!」



 ドヤ顔で断言する後輩ちゃん。とても可愛い。


 そう言えば、いつものスーパーじゃなくて、ここの大きなデパートに行きたいって言ったのも後輩ちゃんだったな。珍しい、と思いつつもスルーしてしまった過去の俺の馬鹿!


 うぅ…お化けがいる場所には近づけない。帰りたい…。



「お化けって言っても、可愛らしいキャラクターじゃない。あとは、おもちゃのマスクよ。ムンクの叫びに似ているわね。何故馬のマスクもあるかわからないけど。これくらい大丈夫でしょ?」


「無理!」


「即答!? で、でも、顔に被るやつよ?」


「最近、誰かさんたちのおかげで、あらゆるホラー関連の物が大嫌いになりました」


「誰ですか、そんな酷いことをしたのは!?」


「お姉ちゃんたちがとっちめてやるわ!」


「後輩ちゃんと姉さんだよ!」



 二人はキョトンとして、訳がわかりません、と可愛らしく惚ける。


 ことあるごとにホラー映画鑑賞をさせられ、最近の俺は超ビクビクしている。ホラーなんて大っ嫌い。滅べばいい!


 後輩ちゃんと桜先生はバレバレだけどコソッと視線を合わせ、グイグイと引っ張って無理やり食料品コーナーへと連れて行く。



「さ、さて! 買う物は何でしょうか?」


「ニンジン、ジャガイモ、タマネギ!」


「お肉は牛肉? 豚? 鶏? それともシーフード?」


「お姉ちゃんはお肉の気分! でも、決められないわね」


「じゃあ、お肉三種類全部で!」



 勝手に買う物が決まっていく。偶には豪華にしてもいいから許しますけど。



「さあさあ先輩! レッツゴー!」


「弟くん! 行くわよ!」


「はいはい。わかったよ」



 俺は両腕を引っ張られながら、カレーの買い出しをするのであった。


 そして、ハロウィン仕様の商品を見て、ビクビクしていたのだった。


 俺が変な叫び声を上げるたびに、後輩ちゃんと桜先生は、とても素敵な笑顔を浮かべていた。



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