第251話 後遺症と後輩ちゃん

 

 今日、俺は重大な問題に直面している。


 原因は昨日行ったとあるゲームだ。そのゲームとは『愛してるゲーム』。相手に愛してると言って、反応をしてしまったら負けというゲームだ。


 ゲームはほんの数回で終わった。なのに、人類史上最大の水素爆弾ツァーリ・ボンバ以上の爆弾を俺の心に落として終了したのだ。


 超絶可愛い美少女の彼女と絶世の美女の姉に、耳元で甘く『愛してる』と囁かれた俺は死んだと思った。キュン死したかと思った。死因は愛。


 その後の記憶はない。目が覚めたら朝で、ベッドの上で後輩ちゃんと桜先生に抱きつかれていた。


 普段と同じように後輩ちゃんと手を繋いで学校に登校したのだが、今日はほんのちょっとだけ後輩ちゃんと距離を取ってしまった。後輩ちゃんの顔も見ることができない。よそよそしい態度になってしまう。


 昨日のことが原因で、今までにないくらい超意識してしまっているのだ!


 後輩ちゃんと上手く喋ることもできない。普段はどうやって喋っていたっけ? どんなことを喋っていたっけ? 全然わからない。


 ほとんど無言のまま教室へと到着した。


 クラスメイト達が俺たちに気づいて挨拶しようと手を挙げて固まった。瞳をパチクリとして、一人の女子が立ちあがる。



「女子しゅーごー!」



 俺たちは女子たちに服を掴まれて引っ張られ、無理やり席に座らせられて、女子全員に囲まれ、事情聴取という名の尋問が開始された。もう何度目だろう。



「バカ夫婦さんよぉ~。今度は何したんだ? さっさと白状しろよ。ネタは上がってんだぜ」


「自白したほうが罪は軽くなるよぉ~」


「さぁさぁ! キリキリ吐きやがれ!」



 なんだこの冤罪が巻き起こりそうな取調べ方は。心なしか、古いドラマの警察官のような印象を受ける。



「田舎のお袋さんが悲しむぞ?」


「カツ丼、喰うか?」



 うん、絶対に意識してやってるな。皆とても楽しそう。


 俺たちの母親は悲しまない。むしろ嬉々として揶揄ってきそう。そして、カツ丼は食べません。今さっき朝食を食べたばっかりでお腹はいっぱいです。


 どう説明しようかと迷い、後輩ちゃんの顔をちらっと見つめたけど、すぐに恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。


 その僅かな仕草も女子たちは見逃さない。



「やっぱりおかしい。何やった? ナニやった?」


「ヤッたのか? ついに卒業したのかぁ!?」


「その割には葉月ちゃんは普通に歩いてたけど」



 じーっと女子たちから観察される。全身くまなくじっくりねっとりと舐めるように見られた。何故か危険と恐怖を感じて背筋がゾクッとする。


 お隣の席に座った後輩ちゃんがおっとりとした声音で暴露し始めた。



「実はね…」



 女子たちが後輩ちゃんに集中する。一言一句聞き漏らさないようにと、見たこともないほど真剣な顔をしている。授業中もそんなに集中すればいいのに。


 後輩ちゃんが嬉しそうに簡潔に述べた。



「実は昨日、先輩と愛してるゲームをしたのです!」



 女子たちの時が止まる。そして、全員一斉に落胆のため息をついた。


 呆れと納得のジト目で見つめられている気がする。



「愛してるゲームって、愛してるって言い合って、反応したら負けってゲームよね?」


「バカ夫婦はしたらダメなゲームじゃん。いや、バカ夫婦だからこそ面白いかも。実際、今二人は見てて面白いし」


「もう勝敗わかるじゃん。先攻の勝ちじゃん」


「だから颯くんがよそよそしくて、葉月ちゃんはそれをうっとりと愛でているのね。バカ夫婦らしいというか何というか…」


「「「ヘタレ!」」」



 うるさいわ! ヘタレで悪かったな!


 というか、後輩ちゃんがうっとりと愛でているというのは……。


 俺は勇気を出してお隣の後輩ちゃんに視線を向けた。すると、楽しさや、愛しさや、揶揄いや、優越感や、色んな感情を混ぜ、うっとりと俺を見つめている後輩ちゃんと目が合った。


 後輩ちゃんが頬杖をついて、口元をニヤリと妖艶に緩ませる。綺麗で艶やかなピンク色の唇がゆっくりと開く。



「私を超意識する先輩はとっても可愛かったですよ♡」



 甘く艶美に囁かれて、俺の心臓がドクンっと跳ねた。顔が真っ赤になるのを感じる。滅茶苦茶熱い。反論の言葉が思いつかない。顔を背けるだけで精一杯だった。


 くそう! 後輩ちゃんが可愛すぎる!


 恥ずかしがる俺の太ももに後輩ちゃんが座ってきた。両手を首に回され、至近距離で見つめられる。お尻の柔らかな感触が気持ちいい。



「うふふ。本当に可愛すぎです。私をどれだけ惚れさせてキュンキュンさせれば気が済むんですか?」


「……………いくらでも」


「そうですかそうですか。じゃあ、もっと先輩を好きになってキュンキュンしなければなりませんね」



 後輩ちゃんはとても嬉しそうで楽しそう。俺の両頬を手で包み込んでくる。顔を逸らしたいのだが逸らせない。後輩ちゃんの綺麗な瞳に吸い込まれる。



「先輩。だ~い好きです」


「うっ!?」


「あぁもう可愛い! 好き好き! 大好きです!」


「うぐっ! や、止めろ!」


「止めませ~ん! 好きですよ~! 愛してます!」


「お願いだから止めてくれ~!」



 もう恥ずかしくて死にそう! お願いだから言うのを止めてくれ! 今の俺は正常じゃないんだから!


 体中が熱い。顔からじゃなくて全身から火を噴きそう。


 後輩ちゃんが愛おしげに綺麗な唇から言葉を紡ぐ。



「先輩。好き」



 後輩ちゃんのばかぁぁあああああああああああああああ!?


 その日の俺は、授業に集中することができなかったとさ。



















<おまけ>



「せ~んぱぁ~い! 大好きですよぉ~!」


「後輩ちゃん止めてくれ! せめて家で言ってくれ!」


「へっ? ……………あっ! ここ家じゃなかったぁぁああああああ!」


 学校の教室だということに気づいた後輩ちゃんが、周りに気づいて絶叫する。


 女子たちが床に座り込んで胃の辺りを撫で、甘ったるそうな顔で手を合わせた。



「「「ごちそうさまでした」」」


「今の忘れてぇぇえええええ! 違うの! これは違うのぉぉぉおおおお!」



 後輩ちゃんが顔を真っ赤にして恥ずかしそうに絶叫する。


 その日の後輩ちゃんも授業に集中できなかったとさ。

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