第247話 お弁当箱と美緒ちゃん先生

 

 お昼休み。教室はガヤガヤと騒がしい。椅子や机を移動させて、皆で集まって昼ご飯を食べ始めようとする。


 ウチのクラスは仲がいい。バラバラに集まるのではなく、皆で一つのグループを作ることが多い。


 俺と後輩ちゃんはグループの中心だ。というか、俺たちを囲うように集まってくる。



「先輩? おかずを減らしたりしてませんよね?」



 お隣の後輩ちゃんが訝しげに問いかけてきた。


 昨日、俺は後輩ちゃんに、おかずを減らしてやろうか、と軽く脅しをかけたのだ。効果抜群で泣かれそうだったから、しないって撤回しましたが。



「そんなことしてないぞ。どうせ減らしても、後輩ちゃんは俺の弁当からおかずを奪うだろ?」



 後輩ちゃんが可愛らしくポンッと手を打って納得する。



「おぉ! そうでしたそうでした! 意味がありませんでしたね。なら、今日の夕食は気を付けなければ…」


「そんなことしないから…」



 俺は警戒する後輩ちゃんを密かに愛でながら弁当の包みを開く。俺はいつものお弁当箱だ。でも、今日は後輩ちゃんのお弁当箱は違う。普段は一つなのだが、今日は小さいお弁当箱が二つだ。



「あれっ? いつものお弁当箱じゃない?」


「そうだぞ。どっかの可愛い彼女さんと綺麗なポンコツの姉さんは、お弁当箱を出すのを忘れていたからな。洗えませんでした」


「そ、それはごめんなさい。気をつけます」



 はい、気をつけてください。今朝、学校に行く前に恐る恐るカバンから出しても遅いんですよ。予備があったから何とかなりましたけど。


 でも、気づかなかった俺も悪い。普段は気づくのだが、昨日は放課後の出来事があって、すっかり忘れておりました。


 後輩ちゃんが元気よくお弁当の蓋を開ける。



「今日は何が入っているかなぁ? オープンです! じゃじゃん! …………ほえっ?」



 驚いて呆然とした間抜けな声が聞こえた。どうしたのだろう、と思って後輩ちゃんを見ると、どういうことですか、と無言で言っている綺麗な瞳と視線が合った。


 後輩ちゃんのお弁当を見ると、二つともおかずがぎっしりと詰まっていた。白ご飯が入っていない。



「底のほうにご飯がありますか?」


「いやいや! ちゃんとおかず用とご飯用の二つを用意したんだけど…包み間違えたか」



 両方ともおかずのお弁当。ということは、俺たちじゃないもう一人のお弁当は、両方とも白ご飯だろう。今頃泣いてないといいけど。



「お姉ちゃんに渡しに行きますか。ついでにお姉ちゃんと一緒に食べます?」


「それも良いかもな。んじゃ、さっさと行きますか」



 俺と後輩ちゃんはお弁当を一旦包むと、クラスメイト達に事情を話して桜先生の下へ向かった。


 桜先生が普段居るのは、体育館横の体育教師専用の部屋だ。体育館や運動場にとても近い。


 ドアをトントンとノックして、声をかける。



「失礼しまーす! 桜美緒先生はいらっしゃいますかー?」


「うぅ……ここよ…」



 涙声の小さな声が部屋の奥から聞こえてきた。部屋の中に足を踏み入れると、悲壮感と絶望を漂わせながら背中を丸めて小さくなって桜先生がいた。


 見るからに落ち込んでいる。グスグスと鼻をすする音も聞こえる。どよ~ん、という擬音を幻視してしまった。


 その桜先生の机の上に乗っているのは、白ご飯しか入っていない二つのお弁当。ポロポロと泣きながら、少しずつ食べている。


 周りの先生たちは、桜先生にどう声をかけたらいいのかわからないらしい。



「桜先生」



 俺の声にビクンっと反応した桜先生がハッと振り返る。潤んだ涙目が俺と後輩ちゃんを捉える。ブワッと一気に大きな雫が零れ落ち始めた。



「お、おどうどぐん…お姉ぢゃん…何がじだ…? 謝るがら…白ご飯だけは止めで…! せめておかじゅ一品はぢょうだい…!」



 他の先生もいるのに、俺のお腹の辺りに縋りついて泣きはじめた。余所行きのクールな印象は皆無だ。ポンコツの姉になってしまっている。


 俺は泣いている桜先生の頭を撫でる。他の先生たちが好意的だからいいものの、学校では気をつけて欲しい。お弁当を包み間違えた俺が悪いけどさ。



「あーよしよし。ごめんな。ただ包み間違えただけだからな」


「ぐすっ…本当? おどうどぐん怒ってない?」


「先輩は怒ってないよ。私のほうはおかずだけだったの。だから、持ってきました!」



 後輩ちゃんが手に持ったお弁当をじゃじゃーんとアピールする。桜先生は目元をグシグシと拭った。


 ほらほらダメでしょ。大人なんだから。ハンカチで拭いなさい。俺が拭いてあげるからじっとしてて。あぁもう。化粧がぐちゃぐちゃじゃん!


 桜先生の顔がパァッと明るくなって輝く。そして、俺に抱きつく。



「よかった! よかったぁ! てっきり弟くんを怒らせちゃったと思ったわ!」


「うぷっ! 姉さん…じゃなくて桜先生! 落ち着いてください。周りを見て!」


「あっ…すいません。つい」



 他の先生たちを思い出した桜先生が、ペコペコを頭を下げる。


 先生たちよ。あの桜先生がねぇ…、みたいな顔をして頷かないでくれませんかね? 好意的なのは助かりますけど、お前やるな、ってサムズアップしないでください! 俺と桜先生は姉弟ですから!


 後輩ちゃんが桜先生にニッコリと微笑む。



「一緒にご飯食べよ♪」


「うん! その前に、ちょっとお化粧を直してくるわね!」



 ふんふふ~ん、と鼻歌を歌いながら超ご機嫌で部屋から出て行く桜先生。戻ってきたときには、少し前まで絶望して泣いていたのが嘘のようだった。化粧ってすごい。


 俺たちは、他の先生たちからニヤニヤ笑いをされながら、お弁当を食べるのであった。


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