第245話 仮の衣装と後輩ちゃん
学校の授業が終わった放課後。俺たちのクラスは全員残ることになった。理由は、文化祭の衣装合わせが行われるからだ。
もうある程度衣装は出来上がっているらしい。仮縫いしてあり、今日試着してみて大丈夫そうだったら、このまま仕上げていくそうだ。
流石被服部やコスプレが趣味の女子の皆さんだ。仕事が早い。
試着が終わったら帰っていいらしい。部活がある人や用事がある人が優先で行われていく。場所は家庭科室を借りてある。被服部の活動場所だ。
男子たちが次から次に試着していく。別の部屋で着替えて、制作陣のチェックを受ける。女子から至近距離でチェックされるから、男子たちは嬉しそう。
紳士諸君よ。もう少し欲望を隠したほうがかっこいいぞ。
暇だったので、家事能力皆無で戦力外通告を受けた後輩ちゃんとお喋りをして………いたのだが…。
「それでねー! あんなことがあってこんなことがあって、かくかくしかじかで…」
「へぇー! そうなのねぇ~!」
何故かいつの間にかこの場に来ていた桜先生が、後輩ちゃんと楽しそうにお喋りしている。
俺の喋り相手の後輩ちゃんが取られた。うぅ…寂しい。
教師姿でクールな印象を感じるポンコツ教師をジト目で睨む。
このクールで真面目な桜先生はニセモノだ。本当はダメダメでとてもとても残念なポンコツなのだ。猫を被っているのを俺は知っている。
「…………宅島君? 何やらイラッとしたのだけど?」
「気のせいじゃないですかー?」
「うふふ。そうかもしれないわね」
でも、桜先生の瞳はそうは言っていない。『うふふ。家に帰ったらお仕置きね』とニッコリと微笑んでいる。威圧するように豊満な胸を軽く持ち上げた。あの胸で抱きしめられるかも…。
最近、俺への罰として、胸に押し付けるように抱きしめてくるのだ。息ができないようにするのではなく、逆におっぱいパフパフが俺に効くと学んだらしい。
くっ! こうなったら話を逸らして忘れさせるしかない!
「桜先生はどうしてここにいるんですか?」
「家庭科の先生の代わりよ。お子さんの迎えがあるらしくて定時で帰っちゃったの。家庭科室は先生が一人ついていないと使えないから」
桜先生が家庭科室の鍵を指でクルクルと回す。
なるほど。納得しました。
そうこうしているうちに、俺以外の男子が全て終わった。残りは俺だけだ。
男子の一人が家庭科室を出て行った瞬間、部屋の雰囲気が一変する。まるで、肉食獣の檻に入れられたようだ。直感がけたたましく警報を発する。今すぐ逃げろと本能が叫ぶ。
俺は立ち上がって出口へ向かおうとしたが、腕がガシッと掴まれて、逃走を阻まれた。
後輩ちゃんが俺の腕を掴み、美しくニコッと微笑んだ。綺麗な唇を妖艶にチロリと舐める。
「どこへ行くつもりですか、せんぱぁ~い♡」
「あ、あの…えーっと……」
咄嗟に言い訳が思いつかない。冷や汗が流れる。視線をあっちこっちにキョロキョロさせていると、女子たちがテキパキと行動を開始する。
「総員! かかれっ!」
「「「おぉーっ!」」」
教室のカーテンを全て閉め、ガチャリと鍵を閉める。家庭科室は外側からは鍵が必要だが、内側は手で閉められるのだ。
「み、皆さん? 鍵をかけるのは禁止されていますよ?」
「大丈夫よ。私が許可するわ」
さ、桜先生!? あなたが許可したらダメでしょ! 止めてくださいよ!
ぐへへ、と涎を垂らしそうな女子たちがじりじりとにじり寄ってくる。鼻息が荒い。目は血走っている。完璧に肉食獣と化している。桜先生と後輩ちゃんが一番ひどいかもしれない。
「あ、あの…別室できがえを…」
「却下します! 今ここで脱ぐのです! さあさあ!」
後輩ちゃんが鼻息荒く俺の制服のベルトに手をかけた。桜先生も俺のシャツのボタンに手を伸ばす。女子たちに囲まれた。
「そうだよぉ~ここで脱いでね~!」
「はぁ…はぁ…この日のために頑張ったんだから…」
「こ、これは衣装のためだから、ね? 他意はないよ」
「私たちに颯の筋肉を見せるのだぁ~! あっ、別にポロリしてもいいよ。むしろポロリしろ! 私は見たい!」
「ポロリなんかしねえーよ! あっ、止めて! 後輩ちゃん止めて! 脱げる! 脱げるから! 下着にまで手をかけてるからぁ!」
「先輩手が邪魔です! 脱がせられないじゃないですか! ほら皆も手伝って!」
「淑女ども! 嫁さんの許可が出たぜ! やれやれ~!」
荒ぶる女子どもが一斉に俺に群がってきた。俺は全力で抵抗する。
「や、止めろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」
…………
……
…
~お着替え中~
…
……
…………
「グスン……もうお婿に行けない…」
「大丈夫です! 私のところへお婿に来るのは決定事項ですから!」
後輩ちゃんが笑顔でかっこよくサムズアップする。でも、鼻から覗くティッシュでいろいろと台無しだ。
女性陣は全員後輩ちゃんと同じように鼻にティッシュを詰め込んでいる。
着替え中に何があったのかは絶対に言わない。思い出したくない。俺はもう忘れた。記憶を消去したんだ!
シクシクと泣き真似をしていると、グフッとお腹を殴られたような声が続出する。全員が胸の辺りを押さえて、何かに撃ち抜かれたかのように若干前屈みになっている。鼻を押さえる人も多数発生する。
プルプルと震えて、瞳をトロ~ンと蕩けさせている後輩ちゃんがボソッと呟く。
「ヤバいです……白い着物の雪女の先輩がヤバいです…」
俺が無理やり着せられたのは白い着物…のような服。所々に水色で雪の結晶が描かれている。これでも完成度は高そうに見えるのだが、制作陣は納得していないらしい。
「完全に女装させたらどうなるのでしょう…?」
「お姉ちゃんは女のプライドをへし折られる気がするわ……」
先生モードを脱ぎ捨てて、普段の家のポンコツ姉モードになった桜先生がボケーっと呟く。同意するように女子が全員頷いた。
「本当に女装しなきゃダメ?」
悪戯で、ウルウルとした瞳で上目遣いをしてみたら、女子全員が一斉に床に崩れ落ちた。座り込んでピクピクしている。鼻から鼻血が噴き出す。
「あ、危ないところでした…女装してたらキュン死するところでした…」
「ねえ、これ止めない? 弟くんが危険すぎるんだけど…。見たい気持ちはあるけど、お姉ちゃんは耐えられそうにないわ」
少しは耐性がある後輩ちゃんと桜先生は、ティッシュを交換し始める。その他の女子は恐怖映像になっている。俺、今夜寝られないかも。ちょっと怖い。
「なあ? もういいだろ? ちゃんと身体にも合ってるし、脱いでいいよな?」
「ダ、ダメです! まだ写真を撮ってません!」
「写真は当日でいいだろ?」
「ダメに決まっています! この先輩の可愛い瞬間を撮らなければならないのです! それが私の使命です! ほら皆! 立て! 立つんだ! この先輩を写真に収めなくていいのかぁー!?」
床に座り込んでいた女子たちが、鼻血を垂れ流しながらゆらりと立ち上がる。
怖い。滅茶苦茶怖い。鼻血を出し、瞳は血走せ、にやける口元。恐怖映像だ。俺に近づくなぁー!
「というわけで、先輩♡ ポーズをお願いしますね」
有無を言わせぬ笑顔で微笑まれると、俺は拒否できない。女子たちが怖くて拒否できなかったのもある。
この後、俺は女子たちの気が済むまでポーズを取り続けるのであった。
女子って怖い!
あっ、ちなみに、女性陣の衣装は当日まで秘密らしい。
不公平だ! でも、後輩ちゃんの衣装を楽しみにしてま~す!
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