第244話 キスの話と後輩ちゃん

 

「ぐふふ…すごかったわねぇ」


「うへへ…すごかったですなぁ」



 鼻にティッシュを詰めたポンコツの姉とウザイ愚妹が、くぐもった声で熱く語り合っている。話す内容は俺と後輩ちゃんのキスやイチャイチャ。俺はちょっと理性が外れて二人の目の前で暴走してしまったのだ。


 恥ずかしいので、ボケーっとしている後輩ちゃんのお腹をフニフニする。今日も素晴らしいお腹だ。



「二人とも、お姉ちゃんがいると遠慮しちゃうのよ。気にしなくていいのに。むしろもっと見たいのに!」


「わかるぅ~! 二人のイチャラブをもっと見たい! 私、ここに住みたいよぉ~。二人のイチャラブえっちをもっと生で見たいよぉ~。おっと鼻血が…」



 とんでもないことを想像したのか鼻血を噴き出した楓が、いそいそとティッシュで拭って再び鼻に詰め始める。


 俺と後輩ちゃんはイチャラブはしているが、えっちなことはしていない…たまにしか。まあ、俺たちは付き合ってますし、後輩ちゃんの特訓のためにも少しはね。というか、俺が後輩ちゃんに襲われる。


 鼻にティッシュを詰めた女性二人がカァッと目を見開いて、俺たちに顔を向ける。



「「今すぐ見せて!」」


「見せるかぁっ!」



 二人の頭に拳骨を落としたいけど、後輩ちゃんが俺を離さないから動けない。ぎゅっと腕に抱きついたままボケーっとしている。


 瞳をギラギラさせた楓と桜先生がムスッと頬を膨らませる。そんなに可愛い顔をしてもダメなものはダメです。



「えぇー! いいじゃんいいじゃん! 見られたら興奮するかもよ?」


「そんな特殊性癖はねぇーよ!」


「ぶぅー! けち!」



 拗ねても無駄です。叩いても無駄です。桜先生の胸やお尻を揉んでもダメです。桜先生の服を脱がせようとするな! って、桜先生はブラをつけろ!


 服をはだけさせた桜先生は、楓の奇行を気にすることなく、羨ましそうな視線を後輩ちゃんに向ける。



「妹ちゃん。幸せそうね」


「それはわかる! 人ってあんなに好き好きオーラを放って蕩けた表情ができるんだねぇ」



 俺は腕に抱きついている後輩ちゃんを見た。頬が朱に染まり、熱っぽく瞳を潤ませ、とろ~んと蕩けた後輩ちゃんの顔。確かに幸せそうだ。



「ほぉ~えぇ~」


「後輩ちゃん? 大丈夫か?」


「…はっ!? 私は何を!?」



 声をかけると、後輩ちゃんがハッと我に返った。キョロキョロを周囲を見渡し、状況を確認している。突然のキスで記憶がぶっ飛んでいたようだ。



「確か…ちょっぴり本気モードになった先輩の発情オーラを至近距離でモロに喰らって…」


「おいコラ。何が発情オーラだ!」


「発情オーラじゃないですか! 先輩の本気は私の中の女を刺激するんです! かっこよすぎる先輩が悪いんです!」



 あまりの迫力に、思わず謝りそうになってしまった。後輩ちゃんは俺を貶しているの? それとも褒めてるの? よくわからん。


 正気に戻った後輩ちゃんが、ニマニマと微笑む二人に気づく。ずっと見られていたことに気づいた後輩ちゃんは、顔が爆発的に真っ赤になった。



「あ、あのっ……もしかして、ずっと見てた?」


「「もちろん! ごちそうさま!」」


「お、お粗末様です…」



 消え入るように小さく呟いた後輩ちゃんは、恥ずかしさに耐えられず、赤くなった顔を俺の身体に押し付けて隠した。


 なにこれ可愛い。楓と桜先生も後輩ちゃんの可愛さに胸を撃ち抜かれた。



「ぐはっ! こ、これは破壊力抜群だね…」


「妹ちゃんが可愛すぎるぅっ!」



 二人は楽しそうだなぁ。仲が良いようで何よりです。



「妹ちゃん? 弟くんのキスってそんなにすごいの? 見ててもすごいんだけど」



 桜先生!? なんてことを聞くんだ!? すごいって言われたら恥ずかしいだろうが! でも、すごくないって言われたら俺は絶望するぞ!


 それに、後輩ちゃんが答えるわけが……。



「本当にすっごいの! 身も心もフワフワ~になって、トロットロに蕩けて、愛が心の奥底からブワァ~って溢れ出して、身体を撫でられてゾクゾクして、胸がキュンキュンして、心臓がドックンドックンして、堕ちて昇天しそうなほどすっごいの!」



 後輩ちゃんがあっさりと答えちゃったよ! まあ、すごいらしく、嫌そうじゃないのでよかったです。安心しました。


 でも、オノマトペが多すぎてよくわからん。それに、堕ちて昇天ってどういうことだ?


 羨ましそうな桜先生に後輩ちゃんがサムズアップする。



「お姉ちゃんも今度先輩にぶちゅ~ってしてみなよ!」


「うん! そうするわ!」


「何言ってんの、後輩ちゃん、姉さん!?」


「くふふふっ! マジでぶっ壊れてるねぇ葉月ちゃんとお姉ちゃん! でも、ナイス! 面白いから私はオーケー! もっとやれ! あはははは!」


「楓は黙ってろ!」


「YOU、やっちゃいなよ!」


「黙れ!」



 部屋の中が混沌カオスだ。常識がぶっ壊れている姉妹二人と、それを止めようともせず、むしろ応援して笑い転げるぶっ壊れた愚妹。誰か何とかしてほしい。



「先輩はお姉ちゃんのファーストキスを奪っちゃったんですから、責任は取らないと! 私は先輩にファーストキスを捧げましたし、先輩のも奪いましたから、責任は取るし、取られるつもりですけど!」



 どやぁ、とドヤ顔をする後輩ちゃん。ムカつくほど可愛い。でも、ドヤ顔で言うセリフじゃないと思います。


 そこへ、ニヤニヤ顔と楓が爆弾を落とす。



「それを言ったら、お兄ちゃんのファーストキスは幼稚園の頃に私がぶっちゅ~と貰ったような気が…」


「えっ? 先輩の初めての相手は私じゃないんですか…?」



 ガビーン、と後輩ちゃんが顔を真っ青にして絶望する。綺麗な瞳からぶわっと涙が溢れ出す。


 おいコラ楓! ヤベッて顔をするくらいなら後輩ちゃんを揶揄うな!



「で、でも、それは家族だからノーカウントじゃないのかなぁ~?」


「兄妹ならキスも性処理も子作りも普通だけど、立派な相手なんだよ! カウントされるに決まってるじゃん! お姉ちゃんもカウントしてるでしょ!」


「うわぁ…こういう時、超面倒くさいねぇ…。面白いからいいけど!」



 面白がるな! 面倒なことになるから今すぐ後輩ちゃんをどうにかしてくれ!


 楓が遠くを見つめて棒読み口調で言う。



「あぁー。そう言えば、私がキスしたのはお兄ちゃんじゃなくて、お父さんだった気がするなぁー。小さい頃だったから間違えちゃったー。てへぺろー」



 何という棒読み口調!? 後輩ちゃんがこれを信じるわけないだろう!?



「ふぅー。良かったです。先輩のファーストキスの相手は私なのです!」



 信じちゃったよ! 安心してホッと息をついてるよ。超ご機嫌になっちゃったよ! 後輩ちゃんチョロい!


 ニヤニヤ顔の楓が後輩ちゃんに問いかける。



「葉月ちゃんはファーストキスだけでいいのかなぁ? DとTのお兄ちゃんの初めてはどうするの~?」


「もちろん私がもらいます! そして、私の処女も貰ってもらいます!」


「お姉ちゃんの処女も弟くんにあげる!」


「だそうですぞ、DとTのヘタレお兄ちゃん殿。YOU、二人まとめてヤッちゃいなよ!」


「うるさい! 楓、お願いだからもう帰ってくれぇぇぇえええええええ!」



 俺の心の底からの叫び声が部屋の中に響き渡る。


 結局、楓はギリギリまで帰ることなく、俺たちの部屋にずっと居座ったとさ。



 …疲れた。二度と来るな!


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