第243話 過去と後輩ちゃん
「それでねー! 先輩が私を守ってくれたの! それも超絶本気の先輩が! もう私、おかしくなりそうだったよ」
「ドッキュンドッキュンでゾクゾクでビクンッビクンッですかな?」
「ドッキュンドッキュンでゾクゾクでビクンッビクンッでしたな」
愚妹の楓が突然襲来してきた。そして、桜先生との事故によるキスから、惚屋の事件についても全て報告されてしまった。
俺、超絶恥ずかしい。なに? 俺を殺す気? 公開処刑はもう止めてぇ~!
今は後輩ちゃんが惚屋の事件を話し終わったところだ。
ニマニマ笑顔の楓は超楽しそう。桜先生も超楽しそう。後輩ちゃんは超嬉しそう。
お願いだから、その辺で止めてください。
「弟くんが激怒するなんてねぇ…………そんなにすごかったの?」
桜先生が興味津々で、うっとり顔の後輩ちゃんに問いかける。後輩ちゃんは遠くを熱っぽく見つめて、祈るように胸の前で手を合わせた。
「すごかった…空き教室に連れ込んで襲ってやろうかと思ったくらいにすごかったぁ…」
「ゴクリ…」
「襲えばよかったのに! 次は連れ込んじゃえ!」
愚妹よ。変なことを言うな! そして、後輩ちゃんをけしかけるな!
期待顔の桜先生がじーっと俺を見つめてくる。
「味わってみたい…」
「ダメだよ、お姉ちゃん! あれを味わったら堕ちちゃうから。先輩を問答無用で襲っちゃうから! …………いや待てよ。それはそれでありかも」
「無しだよ! 絶対無しだよ、後輩ちゃん!」
俺は後輩ちゃんの頭にチョップを落とす。あぅ、と可愛らしい声を上げた後輩ちゃんは、叩かれた頭を押さえた。恨みがましく潤んだ上目遣いで睨んでくる。とても可愛い。
「あはは~! どうせすぐに機会があるんじゃない? お兄ちゃんは葉月ちゃんに関しては沸点低いから」
「悪かったな!」
キッと楓を睨むが、ずっと一緒に生活してきた愚妹には効かない。効いた覚えがない。桜先生の胸を揉みながら笑顔で受け流された。
拗ねてぷいっと顔を逸らしたら、後輩ちゃんがスススッと近寄ってきて、綺麗な両手で頬を挟み込まれた。首を動かされ、至近距離で後輩ちゃんと見つめ合う。
綺麗な瞳が俺を射抜いた。
「私のために怒ってくれてるそんな先輩が大好きですよ」
唇にチュッと柔らかな感触がした。しっとりと濡れて柔らかい後輩ちゃんの唇。照れて赤くなった後輩ちゃんがとても可愛い。
俺の顔がカァーっと熱くなるのを感じた。思わず顔を逸らしてしまう。
「う、うるさい!」
「あぁー! 先輩が珍しく照れてます! 可愛いですねぇ~♡」
「後輩ちゃんだって照れてるだろ!」
「もちろんです! 先輩に告白してキスまでしたんですよ! 頑張った私を褒めてください。ハグしてナデナデするのです!」
むぎゅ~と抱きついてきて押し倒された。仕方がないから、後輩ちゃんを抱きしめてナデナデしてあげる。えらいえらい。頑張ったな。
顔を赤くしながらも、幸せそうに、にへら~と頬を緩める後輩ちゃんが可愛すぎる。
そんな俺たちをキラッキラさせた瞳で見つめる女性が二人。一人は鼻血を噴き出している。
「甘い…甘すぎるわよ、弟くんに妹ちゃん! だけど、それがいいわ!」
「ズズッ……ヤバいわ……お兄ちゃんと葉月ちゃんヤバいわ……ズズッ!」
「楓。取り敢えずその鼻血を拭け。ホラーみたいで滅茶苦茶怖い」
常備してあるティッシュを渡すと、楓が鼻血を拭って鼻の穴に詰め込み始めた。両鼻にティッシュを詰め込んだ興奮した妹。正直見たくない。
「全く! そんなに両想いなのにどうして何年も付き合わなかったかね? 毎回毎回葉月ちゃんの告白現場まで付いて行ってたくせに! どうせ高校になってもストーキングしてたんでしょ?」
「ストーキング言うな! あれは後輩ちゃんに頼まれたからで!」
「なにそれ初耳! お姉ちゃんに詳しく聞かせて!」
ずいっと桜先生が身を乗り出した。瞳が興味津々でキラッキラ輝いている。
俺は言いたくない。絶対に言わない。だから楓と後輩ちゃんに任せた。
後輩ちゃんが小さく頷いた。許可が下りたらしい。
楓が俺にキメ顔でサムズアップした。とても可愛いが、とても不安だ。この愚妹に任せたらダメな気がしてきた。
不安なので、抱きついている後輩ちゃんをナデナデして過ごす。
楓が重々しく昔話を語り始める。
「あれは…『さっさとくっつきやがれ! このバカップルがぁ! お兄ちゃんのヘタレ野郎! でも、この甘酸っぱいじれじれは、これはこれであり…』と思っていた中学時代のことだった…」
おいコラ。そんなこと思ってたのか……知ってたけど! 後でお仕置きな。
「うおっ! ゾクッとしたぁ!? お兄ちゃん変なこと考えなかった?」
「何のことだい?」
「その笑顔が怖いんですけど。えーコホン。簡単に言うと、葉月ちゃんって滅茶苦茶モテたんだよね、中学時代も。車に連れ込まれて誘拐されたり、無理やり乱暴されようとしたりしたくらいに…」
「えぇっ!?」
「ありましたねぇ…。だから先輩以外の男性は苦手です」
平気そうな声で言いながらも、後輩ちゃんの手が微かに震えている。俺は優しく抱きしめた。
大丈夫。俺が傍にいる。大丈夫だから。
「まあ、全部未遂で終わりましたけどね。先輩が助けてくれました」
「あの時は大変だったよぉ~。お兄ちゃんが急に怒り出して飛び出して行くんだもん! 何の連絡もなかったのに。お兄ちゃんは超能力者か!って思ってました」
愚妹よ。その言葉、そっくりそのままお返しします。お前は今日の行動を思い出せ。
中学時代はいろいろありました。本当に危ないこともありました。
あの時は、後輩ちゃんが危ないって直感でわかったんだよねぇ。虫の知らせってやつ?
「あんまり思い出したくないのでサラッと終わりますけど、男性からの告白が怖いので、毎回先輩にお願いして傍に居てもらったんです。高校になっても。そんな過去があるので、私がちょっと強引なナンパとか告白とか傷つける行為を見ると、先輩はキレちゃうんです」
「なるほどねぇ~。いろいろと納得したわ。お姉ちゃんがギュ~ってしてあげる! むぎゅ~!」
「わーい! むぎゅ~!」
「ぐぇっ!? 俺が潰れる!」
押し倒されたままだったので、後輩ちゃんの体重に桜先生の体重、何故か楓も乗ってきて、流石に重量オーバーです。苦しい。重い。死ぬ。
慌てて女性陣が退いてくれた。ふぅ~苦しかった。
まあでも、と楓が続ける。ジメジメの梅雨の時期よりもじっとりと濡れたジト目が凄い。
「まあでも、葉月ちゃんを守るためなら付き合ったほうが良かったんじゃないか、と私はお兄ちゃんに言いたい。というか何度も言った」
「うぐっ!? そ、それは…」
「うふふ。私は気にしてませんよ! 先輩後輩以上恋人未満っていう状況も楽しかったですし、今こうして先輩とお付き合いしていますから、私は満足です」
ニコッと輝く笑顔の後輩ちゃん。ヤバい、超絶可愛すぎる。
ねぇ? 今すぐ押し倒しちゃダメかな? それくらい愛しさが溢れ出してるんだけど。
「あっ、やっぱりちょっと満足してません。私を満足させるためにキスを要求します!」
「それくらいなら喜んで! 俺の可愛い彼女さん」
少しリミッターが外れてしまった。瞳に力が入る。
はぅっ、と身体を震わせて真っ赤になった後輩ちゃんの瞳の奥底を見つめ、ゆっくりと顔を近づけ、キスを施した。
力が入っていた後輩ちゃんの身体が、ゆっくりと力が抜けていき、俺にもたれかかってくる。
キスをしながら優しく撫で、甘い香りも、柔らかい身体も、心地良い温もりも、濡れた唇も、後輩ちゃんの全てを感じ取る。
俺は後輩ちゃんだけを見て、キスで愛を伝えるのだった。
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