第242話 面倒な奴と後輩ちゃん
昨日、桜先生とキスをしてしまうという事件が起きた。不慮の事故だったけれども。それから桜先生のニヤニヤが止まらない。頬が緩みまくっている。
リビングの床に座り、頬を赤くしながら、ボーっと宙を眺めてポワポワしている。
「うふふ。うふふふふ……」
妖艶にうっとりと微笑んでは、自分の唇を愛おしそうに撫でている。そして、きゃー、と嬉しそうな悲鳴を上げては、両頬に手を当てて、イヤンイヤンと身体をくねらせている。
今度は、リビングの床にゴロンと倒れ込み、ゴロゴロと転がっては手足をばたつかせ、嬉しさに悶えている。
「お姉ちゃん。嬉しそうですね」
「そうだなぁ…」
「気持ちはわかります。私も先輩と初めてキスした後はお姉ちゃんみたいになりました」
「そうなのか?」
思わず隣に立っていた後輩ちゃんを見る。
俺が知っているのは、驚きの声を上げたり、可愛らしくキスのおねだりしたりしてきた後輩ちゃんだ。あんな風に悶えている後輩ちゃんは知らない。悶える可愛い後輩ちゃんを見たかった!
「ファーストキスをした後、自分の部屋に戻って楓ちゃんに報告し、ベッドであんな風に悶えていました」
くそう! 何故俺には見せてくれなかったんだ!
仕方がないから想像しよう。ふむ。とても可愛いです。
俺は少し呆れながら、きゃー、と嬉しそうな声を上げ、バタついている姉に声をかける。
「姉さ~ん。掃除機かけるんで、違う場所で転がってくださ~い!」
「ほーい! じゃあ、ベッドで…」
「今日はシーツとか全部洗濯して干してあるけど」
桜先生が、ガーンと悲壮感と絶望感を漂わせる。顔が真っ青になっている。
「匂いが染みついた物を洗っちゃったの!? 弟くんは鬼なの!?」
はい。洗っちゃいました。そして、俺は鬼ではありません。人間です。
何故洗濯しただけで鬼と言われないといけないんだろう。綺麗にしたほうがいいでしょ。
「安心して、お姉ちゃん! 今日は枕は洗ってないから!」
後輩ちゃんがどこからともなく俺の枕を取り出して、桜先生に見せる。桜先生の顔がパァッと輝いた。
……後輩ちゃん? 今、一体どこから枕を取り出したんだ? 少し前まで持っていなかったよね? 四〇元ポケットでも持ってるの?
桜先生が立ちあがり、後輩ちゃんに抱きつく。俺の枕を二人で抱きかかえ、クンクンと匂いを嗅いでいる。
「……二人とも? 何をしてるんだ?」
「先輩の枕の匂いを嗅いで楽しんでいます」
「安心するわよね、この香り」
「変態っぽいぞ」
「「変態ですが、何か?」」
開き直っちゃったよ、この姉妹! 二人はよく俺の枕に顔を埋めているから、今更ですけども! せめて俺がいないところでコソコソとやって欲しい。
俺は変態姉妹のことを諦め、リビングの掃除を始める。掃除機で綺麗にゴミを吸い取っていく。
この掃除機で、後輩ちゃんと桜先生の汚れた心を吸い取れないかなぁ。無理だよねぇ。誰か開発してくれないかなぁ。
掃除機をかけていると、ピンポーンと部屋のインターフォンが鳴った。宅配便だろうか?
「私が出まーす!」
後輩ちゃんがパタパタと玄関に向かっていった。訪問者は後輩ちゃんに任せて、俺は掃除機をかけ続ける。
すぐに後輩ちゃんは戻ってきた。訪問者を連れて。
「やっほほーい! 来ちゃった♡」
聞きなれた声。見慣れた顔。ウザい存在。我が愚妹の楓だ。
腰に手を当て、天井をビシッと指さして決めポーズを取り、可愛らしくウィンクした。
俺は無言で楓を掃除機で吸い取る。グォォオオオ、と勢いよく掃除機が吸い込み始める。もちろん、吸い込む強さは最大だ。
「ちょっとちょっと! 服が吸い込まれるぅ~! 皺になるぅ~! お兄ちゃん止めてよ!」
「ゴミは吸い込まないと」
「私がゴミっていうの!? この超可愛い妹がっ!?」
「汚れは雑巾で拭いたら綺麗に取り除かれるかな? 洗剤をかけてしばらく放置して、汚れを浮かせないとダメかな?」
「私の存在ってしつこい油汚れなの!? もしくは、お風呂場のカビ!? うわぁ~ん。お姉ちゃ~ん! お兄ちゃんが酷いよぉ~」
楓が桜先生の胸に飛び込んで抱きついた。顔を豊満な胸にグリグリと押し付けて堪能している。両手は桜先生のお尻を撫でて揉みしだいている。
「あぁん♡ はいはい。よしよーし。んんぅっ♡」
桜先生は軽く喘ぎながらも拒絶はせず、優しく楓を慰めている。胸に押し付けた楓の口から、ぐへへ、というくぐもった汚い笑い声が聞こえてきた。
このセクハラ親父のエロ愚妹が! いい加減にしろ!
「愚妹。何の用事で来た?」
「ぐへへ…堪らんのぉ~。この大きなおっぱいは実にけしからん。お尻もエロいのぉ~。うひひひひ…」
俺の言葉はセクハラ中の楓には届かない。訴えてやろうかな。確実に勝てる。
仕方がないので、後輩ちゃんに問いかける。
「なんでコイツが来たのか知ってるか?」
「いいえ、知りません。私もびっくりしました」
「楓の気まぐれ、ということも考えられるが」
「絶対に何かありますよね…」
俺と後輩ちゃんは顔を見合わせて同時にため息をついた。
経験上、ただ喋りに来ただけではないと断言できる。コイツのおかげで何度大変な目に遭ったことか。まあ、その度に後輩ちゃんと仲を深められた気がしなくもないが…。
楓が襲来すると滅茶苦茶疲れるんだよね…。ベッドの洗濯をしなければよかった…。
俺は、桜先生に襲い掛かっている愚妹の頭にチョップを落とした。
「ぐぇっ」
「いい加減にしろ! なんで来たのか理由を言え!」
「もう! 叩くならМっ気がある葉月ちゃんを優しく叩いてよね!」
後輩ちゃんよ。ちょっと期待顔をするのは止めようか? 俺はそういう趣味はないぞ。
自分の頭をナデナデしている楓が、連絡も無しにウチに来た理由を話し始める。
「えーっとねぇ…私の直感が反応したの! 昨日、ここで何かがあったって! 葉月ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんとお姉ちゃんかな? たぶん、チューくらいだと思うんだけど…」
「な、何故わかる!? 後輩ちゃんがバラしたのか!?」
「言ってません言ってません!」
「じゃあ、姉さんか!?」
「言ってないわよ! それどころじゃなかったし…」
後輩ちゃんと桜先生がブンブンと激しく顔を横に振って否定する。
二人が言っていないのなら、何故楓は知っている!?
俺たちの様子をニヤニヤ、ニマニマと笑って眺めていた楓が瞳を輝かせて興味津々で命令する。
「ふっふっふ。私は何でも知ってる妹なのだ! というわけでお兄ちゃん。キスしたときの状況を、心情を交えながら、じっくりねっとりぶちゅっと具体的に詳細に明確に詳しく、原稿用紙5枚以上で述べよ!」
嫌です。絶対に嫌です。帰ってください!
でも、帰ってくれないし、嫌と言っても桜先生が言っちゃうんだろうなぁ。言いたくてウズウズしてるし。
男は女性に勝てない。俺は潔く諦めた。
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